artscapeレビュー

福住廉のレビュー/プレビュー

船田玉樹 展

会期:2013/01/21~2013/02/20

広島県立美術館[広島県]

日本画のアヴァンギャルド、船田玉樹の本格的な回顧展。広島に生まれ、速水御舟と小林古径に学び、やがて日本画をもとにしながら前衛的な表現を追及していく画業の全貌に、およそ230点の作品から迫った。
玉樹が盛んに描いていたのは、主に花や樹木などの植物。しかしそれは、いわゆる花鳥風月を描く日本画とは大きく異なっている。代表作のひとつである《花の夕》は、艶やかな紅色で咲き乱れる桃の花を描いた屏風絵だが、一つひとつの花弁をぼってりとした絵具の塊で表現しているため、花の色とかたちが現実的にはありえないほどの強度で見る者に迫ってくる。《枝垂れ桜》にしても、クローズアップでとらえた桜の枝と花のなかに見る者を巻き込むかのような迫力が感じられる。玉樹が描いたのは、花鳥風月のように安全に鑑賞することを許す美しさではなく、見る者を力づくで圧倒する美しさだった。
玉樹の画才が最も凝縮しているのは、《松》である。鬱蒼とした松林が、巨大な画面からあふれるほどに描かれている。不穏な空気感に息が詰まるような気がしてならない。しかも下から見上げる構図だから、まるで暗い松林に迷い込んでしまったような焦燥感すら覚える。植物を描いただけの一枚の絵から、これほど感情の振幅を経験することは、かつてなかった。
とはいえ改めて振り返ってみると、そもそも植物や自然は人間にとって最も遠い他者であるから、それらをまっとうに描こうとするのであれば、必ずしも人間にとって心地よい美しさだけが描写の対象となるとはかぎらない。むしろ、恐怖や不安、ないしはそれらに由来する高揚感を実感させてはじめて、植物や自然を描写したと言えるのだろう。玉樹は崇高の画家なのかもしれない。

2013/01/26(土)(福住廉)

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路上と観察をめぐる表現史──考現学以後

会期:2013/01/26~2013/04/07

広島市現代美術館[広島県]


考現学から路上観察学会へ至る表現活動を歴史化した展覧会。大正時代における今和次郎や吉田謙吉らによる考現学にはじまり、50年代の木村荘八、岡本太郎、60年代末から70年代にかけてのコンペイトウ、遺留品研究所、そして80年代の路上観察学会、大竹伸朗、都築響一、さらに90年代のチーム・メイド・イン・トーキョー、ログズギャラリー、00年代の下道基行まで、文字どおり路上と観察をめぐる表現の系譜を描いてみせた。従来のモダニズム一辺倒の歴史観に対して、オルタナティヴな歴史のありようを提示した、きわめて画期的な展覧会である。
展示されたのは「作品」には違いないが、それは自己表現の産物としての「作品」というより、むしろ「路上」の「観察」にもとづいた「報告」に近い。だから、考現学にしろ路上観察学会にしろ遺留品研究所にしろ、それらの「作品」には非常に微細な情報が盛り込まれており、来場者はひとつずつ丁寧にそれらを読み解くことになる。その膨大な情報量は心地よい疲労感を味わわせるほどで、見れば見るほど、いや読めば読むほど、じつに楽しい。
だからといって、それらがたんなる「報告」に過ぎないかと言えば、必ずしもそうとは限らない。今和次郎や吉田謙吉らによるスケッチは構図や線、色、絵と文字のバランスなどが秀逸であるし、そうした手わざの技術的センスは写真が代行することよって次第に失われていくが、シャッターを切るべき対象を見抜く視線のセンスは、路上観察学会や都築響一、下道基行による写真を見る限り、考現学以後もたしかに継承されていることがよくわかる。平たく言えば、おもしろい物なり人なりを「発見」する研ぎ澄まされた感性こそ、路上と観察をめぐる表現史の核心なのだ。
歩行と発見、観察、記録。このような表現のありようは、現代アートにおいて自明視されている、自我の内発的な必然性から表出された自己表現という表現の様態とは、明らかに異なっている。これを、たしかな歴史的な背景とともに打ち出したことの意義はとてつもなく大きい。自己表現の隘路と限界に苛まれている私たちに、それはもうひとつの選択肢を提供するからだ。本展には含まれていなかったにせよ、たとえば現在の坂口恭平や山下陽光らによる「発見」のアートは、間違いなくこのような歴史的系譜に位置づけられるのである。
とはいえ、細部の構成については難点がないわけではない。本展において考現学のスケッチは、木村荘八や岡本太郎らによる写真に一気に飛躍するかたちで継承されていたが、この手わざと写真撮影のあいだには、じつはイラストレーションにおける豊かな成果が隠されている。60年代後半に「イラスト・ルポ」を確立した小林泰彦や70年代に「エアログラム」を制作した堀内誠一、「河童が覗いた」シリーズの妹尾河童などは、考現学的な視線と手わざの忠実な後継者として考えられるからだ。とりわけ、小林泰彦は本画とともに挿絵画家としても知られた木村荘八に私淑していたのだから(『美術手帖』2010年1月号、p.111)、木村/小林ラインの欠落は否応なく気になる。
路上と観察をめぐる表現史には、少なくとも戦後美術を再構成する契機がある。その可能性をできるだけ押し広げていくことが、本展以後の課題なのだろう。

2013/01/26(土)(福住廉)

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岩隈力也 展 LAUNDRY

会期:2013/01/07~2013/01/19

コバヤシ画廊[東京都]

岩隈力也は、生粋の平面作家である。VOCA展に二度出品し、2011年には「ARTIST FILE」展(国立新美術館)にも参加した。色彩の美しい流動性によって対象を描く平面作家として高く評価されてきたと言ってよいだろう。ところが、今回の個展で発表された新作は、これまでの作品と激変していたので驚いた。展示されていたのは、空中にぶら下がった大小さまざまな布の数々。わずかに色が残されているのがわかるが、いずれも皺くちゃに捩れており、「LAUNDRY」というタイトルに示されているように、その見た目はまるで物干し竿に干された洗濯物のようだ。描かれていたのは、犯罪被害者や加害者、そして死者の顔。いずれも水で洗い流しているので、残された図像をはっきりと確認することは難しい。おぼろげに浮かんでくる人の顔が、薄れゆく死者の記憶と照応しているようで、思わず背筋に戦慄が走る。絵画は、描くことではなく消すことによっても成立しうる。むしろそのことに今日的なリアリティーがあることを岩隈は示してみせた。

2013/01/19(土)(福住廉)

風間サチコ展「没落 THIRD FIRE」

会期:2012/12/08~2013/01/19

無人島プロダクション/SNAC[東京都]

風間サチコほど同時代と向き合い、それを表現しようと格闘しているアーティストはいないのではないか。東日本大震災以後、原子力発電所という戦後日本にとっての内なる敵を表現するアーティストは依然として数少ないが、そうしたなか風間こそ最も突出してすぐれたアーティストであることを、本展は証明した。
その理由は、同時代の主題に取り組む類まれな粘り強さが、作品の端々からにじみ出ており、それが見る者にたしかに伝わってくるからだ。それは版画というメディアに由来する制作技法上の持久力ばかりではない。風間は作品を制作する前に徹底したリサーチを繰り返しており、歴史の知られざる事実を掘り起こすことで、それらを作品のなかに巧みに取り込んでいる。原発事故を起こした福島第一原発が建つ土地には、かつて陸軍磐城飛行場があり、多くの若者たちが特攻隊員として戦場に飛び立っていた。しかも長崎に原爆が落とされた1945年8月9日、米軍による空爆によってこの基地は壊滅したのである。
風間サチコの版画作品には、こうした歴史的事実と時事的な出来事が造形面でみごとに融合しているが、その根底には言いようのない怒りが満ち溢れている。それは、原爆を日本人の頭上に落としたばかりか、それと同じ原子力の平和利用を嘯きながら原発を日本に売りつけた米国への怒りであり、それを積極的に受容して、原発事故以後も強引に再稼働を推し進めようとする財界人への怒りであり、こうした事態をみすみす甘受してしまっている私たち自身への怒りでもある。
《噫!怒涛の閉塞艦》は、風間の粘り強い怒りがみごとに昇華した傑作である。横幅4メートルを超える大作で、荒波のなかを突き進む戦艦を描いているが、その艦上には水素爆発した福島第一原発と東京電力の本店が見えている。後景には広島と長崎の原爆によるキノコ雲と、1954年にアメリカの水爆実験によって被曝した第五福竜丸、そして日本初の原子力船である「むつ」の亡霊。それらを飲み込むほど迫力のある荒々しい海波は、戦時中の軍艦を勇ましく描いた絵はがきから引用されたという。つまり、戦争に突き進む高揚感と破滅を重ねあわせながら原子力をめぐるクロニクルを描き出したのである。
この戦艦が向かう先は目に見えている。これを止めるには、私たちは「怒りの持久力」をもっと学ばなければならない。

2013/01/17(木)(福住廉)

アルゴ

会期:2012/10/26

ヒューマントラストシネマ渋谷[東京都]

「007スカイフォール」と対照的だったのが、ベン・アフレック監督主演の「アルゴ」。イラン革命の1979年、在イランのアメリカ大使館を舞台にした一大脱出劇をアメリカ人の視点から描いた。大使館を占拠したイラン市民から逃れた大使館員を「映画の撮影」というトリックを用いて救出するという物語は、たしかに痛快ではある。ところが、暴徒と化したイラン人はおろか、街中で米国人を取り囲むイラン人すら凶暴に描き出すなど、その視点があまりにも米国側に偏重しているため、映画をみずから陳腐にしてしまっている。「敵」はあくまでもイランであるという前提は決して揺るがないのである。これほど居直った態度でステレオタイプをなぞる映画は珍しいが、このような一方的な自己肯定を楽しむ余裕は、もはや現代人にはない。

2013/01/16(水)(福住廉)