2018年06月15日号
次回7月2日更新予定

artscapeレビュー

建築に関するレビュー/プレビュー

《鈴木大拙館》

鈴木大拙館[石川県]

21世紀美術館のシンポジウムの昼休みが2時間あったので、徒歩10分ほどの《鈴木大拙館》へ行ってみる。鈴木大拙はいわずと知れた「禅」を世界中に広めた仏教哲学者で、同館の近くで生まれた縁で建てられたらしい。館の設計は谷口吉生。敷地全体に比べて、書籍や原稿、書などのコレクションを公開する展示室は小さく、「水鏡の庭」と名づけた屋外の池と、その池をながめながら思索するキューブ状の「思索空間」の比重が大きい。記念館と銘打たなかったのはそのためだろう、大拙の思想を象徴的に表わそうとした建築だ。2011年の竣工だからまだ新しく、垂直・水平の直線だけで構成されたミニマルなデザインは、ほかの目立ちたがりの建築とは比べようもないほど端正で気品にあふれている。思索空間でしばし呆ける。


《鈴木大拙館》(奥は思索空間)

2017/12/16(土)(村田真)

京都鉄道博物館

京都鉄道博物館[京都府]

日曜に京都鉄道博物館を訪れたら、従来の鉄道ファンに加え、やはり家族連れが多く、とても賑わっていた。大空間の吹抜けに数多くの懐かしい実物の車両を並べたり(食堂車で弁当を食べることも可能だった!)、大きな鉄道ジオラマがあるなど、一見、名古屋のリニア・鉄道館と似ているが、決定的に違うのは建築や場所性だろう。リニア・鉄道館が名古屋の海沿い(レゴランドの隣である)という鉄道と関係ない立地であるのに対し、京都鉄道博物館は屋上から隣接して走る東海道新幹線がよく見えたり、営業線と連結しているだけでなく(屋外で往復1kmを走るSLスチーム号に体験乗車できる)、それ自体が歴史的な価値をもつ旧二条駅舎や扇形車庫が展示に組み込まれているからだ。ゆえに、建築ファンとしてもかなり楽しめる。また企画展でも駅舎の展示が多く、鉄道の開通に合わせて建設されたホテルや昔の標準駅舎プランなどが紹介されている。

旧二条駅は博物館のルートから言うと出口にあたり、ミュージアムショップが設置されている。館の入口があまりに素っ気ないだけにこれが出口というのは少々もったいない気もするが、最初にこれが出迎えると、あまりにレトロ過ぎるのだろう。ともあれ、1904年に建設された木造駅舎であり、瓦屋根を載せた和風のデザインが目立つ。一方で、鉄筋コンクリート造の扇形車庫はいわゆる有名な建築家が手がけたものではないが、求められる機能をストレートに造形化しており、文句なしにカッコよい。現在は耐震補強のために斜めのブレスが加えられているが、まぎれもなく、モダニズムのデザインである。中央に蒸気機関車を回転させる転車台を据え、それを扇形の車庫や検修車が取り囲む。それぞれの車庫には、大きな開口やトップライトのほか、おそらく蒸気を屋外にはき出させるための煙突が屋根から突き出す。扇形車庫に蒸気機関車がずらりと並ぶ姿は壮観である。


旧二条駅舎

扇形車庫

2017/12/10(日)(五十嵐太郎)

都市活性装置としてのシティハブ重松象平氏公開レクチャ

せんだいメディアテーク 7F スタジオシアター[宮城県]

仙台で実際に市庁舎の建替えプロジェクトが動いていることから、今年の東北大の修士課程ではこれを設計課題に取り上げている。いつもとは格段にスケールが違う巨大な規模の施設であるため、前期はプレデザイン、後期は具体的なデザインというふうに分け、通年のプログラムとしたが、それでも学生たちはかなり苦労していた。そして後期は11月の中間講評に日建設計の勝矢武之氏、12月の最終講評にOMAニューヨーク代表の重松象平氏をゲストクリティックに招いた。講評の後は、せんだいメディアテークで重松氏の公開レクチャーも行なわれた。まず現在のOMAの組織がどうなっているか。OMAニューヨークはいわゆる支部というよりも、世界各地のそれぞれの事務所が、ロッテルダムのコールハースと対等の関係をもち、個別に自主的な活動をしているという。こうした組織のあり方は、かつてのMVRDVやBIGなどのように、優秀なOMAの子どもたちが独立してライバルにならないよう、引き留めておく側面もあるようだ。

重松のレクチャーは、決して早口のマシンガントークではないのに、高密度な内容だった。おそらく無駄がない効率的かつユーモアのあるプレゼンテーションだからだろう。そしてワシントンDCのXブリッジのプロジェクト、メトロポリタンミュージアムの展示デザイン、マイアミのアートフェア、facebookの社屋、ケベック国立美術館の新館、虎ノ門ヒルズ ステーションタワー、福岡の天神ビジネスセンターなど、社会を観察しつつ、いまという時代を意識したOMAニューヨークのエッジが鋭いデザインが示された。学生の保守的な課題案よりも、ラディカルなリアル・プロジェクトの数々は、確かにOMAの遺伝子を継承している。そして従来は建築分野とされないことにも切り込み、新しい領野を意欲的に開拓していた。特にハーバード大学の大学院スタジオでは、食をテーマにしたリサーチを行なっており、今後の展開が興味深い。なお、質疑応答では、自らが帰国子女枠を使いながら、日本で大型のプロジェクトを進めていることのほか、現在の日本の状況に腐らず、建築の可能性を探究すべきであることが語られた。

2017/12/08(金)(五十嵐太郎)

安藤忠雄展─挑戦─

会期:2017/09/27~2017/12/18

国立新美術館[東京都]

安藤忠雄と言えば、1990年代の中頃だったか、学生時代に聴いた彼の講演会をいまも鮮明に憶えている。スクリーンに映し出された画像は、京都は木屋町に安藤が建てた商業施設。近接する高瀬川の川面とテラスをほとんど同じレベルに合わせた点が大きな特徴だと安藤は誇らしげに語った。ただ、この計画案に対して、当初、安全上の理由から反対意見があったようだ。曰く、「子どもが川に降りて溺死する可能性を否定できない」。むろん安藤はただちに次のように反論したという。「水深がせいぜい10センチか20センチの川で溺れ死ぬような生命力に乏しい子は、いっそ死んだらええんちゃいますか」。プロボクサーから独学で建築を学び、いまや世界的な大建築家となった安藤忠雄の原点とも言うべき「野性」を、そのとき垣間見たような気がしたのである。
本展は建築家・安藤忠雄の本格的な回顧展。これまでの作品をスケッチ、ドローイング、設計図、マケット、写真、映像など、およそ200点の資料によって振り返った。広大な会場に大小さまざまな資料を抑揚をつけながら展示した構成は、確かにすばらしい。だが本展の最大の見どころは、館外の野外展示場に原寸大で再現された《光の教会》である。
《光の教会》とは、1989年に大阪府茨木市の茨木春日丘教会に建てられた礼拝堂。打ちっぱなしのコンクリートで構成した大空間の一面にスリットで十字架を表わした作品で、安藤の代表作のひとつとして高く評価されている。本展で再現された作品に立ち入ると、長椅子の数こそ少ないものの、正面にそびえ立つ光の十字架はまさしく教会そのものである。晩秋の柔らかな光が描き出す十字架はもちろん、側面の壁に現われる光と影のコントラストも非常に美しい。大半の来場者は荘厳な雰囲気に言葉を失っていた。
この再現された《光の教会》が優れているのは、建築展のある種の「常識」を裏切っているからだ。通常、建築展で見せられる展示物は実物の建築の縮小された再現物であることが多い。建築物そのものを美術館内に移動することはきわめて難しいがゆえに、マケットや設計図、写真、映像などのメディアによって実物を可能な限り再現することを余儀なくされているわけだ。だが安藤は原寸大の《光の教会》を美術館の敷地内にそっくりそのまま再現することで、こうした建築展の規範をあっさり転覆してみせた。
それだけではない。現在、茨木の《光の教会》の十字架にはガラスがはめられているが、そもそも安藤の建築案では何もはめられていなかったという。光だけでなく風も、温度や湿度も、自然を直接的に体感できる建築として構想されていたわけだ。ところが、それでは室内の快適性を担保できないという理由で事後的にガラスがあてがわれた。翻って本展の《光の教会》の十字架にはガラスも何も設置されていない。したがって来場者は光の温かさも風の冷たさも、文字どおり全身で感知することができる。つまり、本展における再現物は実物以上に建築家のオリジナリティを忠実に体現した作品なのだ。
安藤忠雄の本質的な「野性」は、自然との共生やら調和やらの美辞麗句のなかにあるのではない。それは、並大抵の建築家では決してなしえない、このような力業をある種強引に現実化させるところにあるのだ。

2017/11/13(月)(福住廉)

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木村松本建築設計事務所《house A / shop B》/小松一平《あやめ池の家》/畑友洋《舞多聞の家》

[京都府、奈良県、兵庫県]

日本建築設計学会では、若い世代に希望と勇気を与える賞を目指して、2年に1度、公募によって学会賞を決定する。2016年の第1回は、島田陽が設計した石切の住居が選ばれた。特徴的なのは、東日本と西日本からそれぞれ2名の選考委員が用意され、自分が居住しないエリアの作品の現地審査を行なうことだ。すなわち、筆者の場合は、普段あまり会わない西日本の建築家の作品を見学する。そこで11月12日に関西でまとめて3つの住宅をまわった。木村松本建築設計事務所の《house A / shop B》は、いかにも京都らしい間口3.8m×奥行き14m弱の細長い敷地である。が、さらにそれを身廊と側廊(片側のみ)のように細分化し、5mの天井高の非住宅的なプロポーションの空間を生む。これは木造軸組とラーメン構造の組み合わせから導く形式だという。プログラムは下部の道路側が金物屋、奥がカフェ、上部が住宅であり、京都の現代的な町屋を提案している。

続いて訪れた小松一平の《あやめ池の家》は、奈良・西大寺のオールド・ニュータウンであり、実家の建替えだった。U-30展に彼が出品したときは、傾斜地の擁壁を崩して建築化するアイデアが印象的だったが、現地ではスラブを積層し、フロアごとに斜めの方角を切り替えながら、大胆に開放しつつ眺望を楽しむ空間だ。また住宅地においてまわりの家の視線も巧みにかわす。最後は神戸で、ピカピカの真新しいニュータウンに建つ畑友洋による《舞多聞の家》を見学した。傾斜地に建ち、道路側は窓なしだが、下の森林に向かって全面ガラスの直方体が飛び込む。周囲の建売住宅群が嘘のような自然を享受する家である。室内はあちこちにハンモックなども吊る。前回の設計学会賞の審査で見学した彼の《元斜面の家》が依頼のきっかけだったらしい。いずれも若手建築家による意欲的な住宅作品であり、それぞれの場所性を巧みに読み込み、空間化していることに好感をもった。


木村松本建築設計事務所《house A / shop B》


小松一平《あやめ池の家》


畑友洋《舞多聞の家》

2017/11/12(日)(五十嵐太郎)

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