2014年12月15日号:号で見る|美術館・アート情報 artscape

2018年08月01日号
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artscapeレビュー

2014年12月15日号のレビュー/プレビュー

3.11以後の建築

会期:2014/11/01~2015/05/10

金沢21世紀美術館[石川県]

休日の金沢21世紀美術館を体験したが、その混みようは半端ない。もちろん、兼六園の斜め前という絶好のロケーションもあるが、そのポテンシャルを最大限以上に引き出したSANAAの開放的な空間の成果だろう。この同じ敷地に筆者が以前通っていた中学校が存在していたが、美術館に変えて正解だと思う。チケット売り場は長蛇の行列ができており、展示物の模型が破損しそうな勢いで、次々と人が入る。家族連れが少なくない。しかも、明らかに建築展を目的に訪れた人ではなく、金沢21世紀美術館に立ち寄ったついでに展覧会を見ている。パリのポンピドゥーやNYのMoMAも普段美術展を見ない人が入場するわけだが、日本でもそれが起きている。

トラフ建築設計事務所+石巻工房による展示風景。奥の壁は岡啓輔の蟻鱒鳶ル。


アーキエイドの展示風景

2014/11/01(土)(五十嵐太郎)

ジャパン・アーキテクツ 1945-2010

会期:2014/11/01~2015/03/15

金沢21世紀美術館[石川県]

「ジャパン・アーキテクツ1945─2010」は、金沢21世紀美術館の開館以来初の博物館型の展示であり、膨大な近現代建築の図面や模型を並べる。ポンピドゥー美術館のフレデリック・ミゲルーのキュレーションによって、時代の変化を色で示す。敗戦後の破壊「黒」から始まり、モダニズムの「灰」を経て、万博、メタボリズムと近代への疑義を提示するカラーとノン・カラーの部屋。そして最後は非物質的な空間となる「白」という流れだ。ミゲルーの講演会で示されたデータをみると、今回の展覧会は2010年までを扱うが、企画立案から実現までが長かったせいだろうが、当初、1945年から2005年までで時代を区切った企画だったことがうかがえる。

メタボリズムの部屋で説明するミゲルー

黒の部屋における鈴木了二のインスタレーション

2014/11/01(土)(五十嵐太郎)

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岡本光博「マックロポップ」

会期:2014/10/25~2014/11/22

eitoeiko[東京都]

青森県立美術館学芸員の工藤健志キュレーションによる、東京では21年ぶりの個展。なわけで東京では岡本光博というと、有名ブランドのバッグの生地を使ってバッタのかたちに縫製した「バッタもん」でLV社と小競り合いを繰り広げたり、京都にアートスペース「クンストアルツト」を開いて若手作家を支援したり、なんとなく「社会派」みたいなイメージがあるが(ぼくだけかもしれないが)、この個展を見る限りすがすがしいほど「ふざけた野郎」だ。青森県立美術館から巡回中の「美少女の美術史」展にも出ていた内藤ルネ風のイチゴを散らせた女子パンティを思わせる逆三角形の絵をはじめ、女の子の縮れ毛が入ってる《まんげ鏡》、「バックします」の警告音を聞きながら鑑賞する後背位の絵、自称「マグナム」のイチモツを上から目線で撮ってプリントしたネクタイ、針が6時を指すと同心円に毛の生えたマ○コ印になる時計など、基本的にドエロの下ネタばかりで安心した。もちろん社会風刺的な作品もあるけれど、正義より悪戯を、「白い偽善より黒い偽悪」(工藤健志)を重んじる。「マックロポップ」たるゆえんである。

2014/11/01(土)(村田真)

赤瀬川原平の芸術原論展──1960年代から現在まで

会期:2014/10/28~2014/12/23

千葉市美術館[千葉県]

訃報の2日後に始まった大回顧展。初期の油絵から読売アンデパンダン、ネオ・ダダ、ハイレッド・センター、模型千円札までの前衛芸術を経て、超芸術トマソン、路上観察学会、ライカ同盟、老人力まで、約半世紀の活動から500点を超える作品・資料を集めている。これを見ると希代の芸術家にして趣味人、赤瀬川原平の全体とまではいかなくてもその輪郭がわかるし、そこに日本の前衛芸術の縮図を見ることができるような気もする。たとえば《宇宙の梱包》。梱包作品をつくってるうちに、このままだと包むものがどんどん大きくなり、しまいに宇宙まで包まなければならなくなると考え、カニ缶を買って中身を食べ、ラベルを内側に貼り替えて内外を逆転させたという代物。同じ梱包芸術でも半世紀以上にわたって愚直に巨大化させていったクリストとは対照的に、プロセスをすっ飛ばしていきなり結論を出してしまったわけだ。明解ではあるが、「芸術」との悪戦格闘を避け、いわばトンチで解決してしまったといえなくもない。こういう逆転の発想は、路上の無意味なものに意味を見出す「超芸術トマソン」や、心身の衰えをプラスに転化する「老人力」にも生かされている。いや待てよ、高松次郎の「影」や「単体」シリーズも、河原温の「日付絵画」シリーズも、関根伸夫の「位相─大地」も、日本の前衛芸術のすべてとはいわないまでも相当な数はトンチの発想じゃないか、とさえ思えてくるのだ。ところが美術界ではトンチが利いても、まったく通じない世界もあった。司法だ。「千円札裁判」は無粋なことに、前衛芸術におけるトンチの魔法を解いてしまったのだ。以後、赤瀬川は前衛芸術の一線から降りてしまう。でもそれ以降の活動のほうがよっぽどポピュラリティに富んでいたけどね。

2014/11/01(土)(村田真)

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セイアンアーツアテンションVOL.6現代における信仰とは?「私の神さま|あなたの神さま」

会期:2014/10/03~2014/11/23

成安造形大学「キャンパスが美術館」、三井寺、ホテルアンテルーム京都(Gallery 9.5)[滋賀県、京都府]


成安造形大学~三井寺~アンテルームと午前中から車で移動しながら観覧。同大学「キャンパスが美術館」は、のんびり琵琶湖を見渡せる場所だけに、時間や意識、気配といったものをまるで空間にドローイングしたかのような久門剛史作品の余韻を味わうのにはとてもいい。
前田征紀は、三井寺にある湧き水と連動した作品を制作。実物がそこにない、その場所にいないことのほうがより意識の幅を拡張していけるような想像力の感覚を再認識。作品が配置された場所がギャラリーのバックヤードで真っ暗になっていたのも効果的だった。そうして三井寺へ。うかがった当日大法会が行われた後で境内は人も多く、別の写真展が行われていたり、収蔵庫がオープンしているなどあってにぎやかだっただけに、本展は少し地味だった。が、境内で飼われているクジャクとともに静かに佇む前田征紀の宙づりの作品(クジャクとの交流を試みていたらしい)や、お経を安置するための一切経堂、回転式の巨大な八角輪蔵に配された森千裕、金氏徹平の映像作品、シュール気味な居村浩平の映像作品など、展覧会という枠組みをはっきり主張しすぎるものではないが、存在感は強め。アンテルームに向かう頃には日は落ちていた。いっそ最後はここに泊まる、という鑑賞方法も面白いかも。ツアーとしてのしくみの必要性も考えてしまう。

2014/11/02(土)(松永大地)

2014年12月15日号の
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