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東京芸術祭2016 ワン・チョン『中年人』

2016年12月01日号

会期:2016/11/18~2016/11/19

東京芸術劇場シアターウエスト[東京都]

めちゃめちゃ面白かった。出演者のオススメで観に行った東京芸術祭の一プログラム、アジア舞台芸術人材育成部門2016(のうちの国際共同制作ワークショップ上演会)のなかの一作。プロデューサーは宮城聰。「アジアの若い演劇人が出会う土俵(リング)」(宮城)に、アジアの若い演出家、役者、ダンサー、パフォーマーが集まり、クリエイションを展開するという企画。異なる国籍の演劇人が集まり、20分ほどの上演作品を作るのは、それだけで苦労を伴う活動だろう。けれども、異なる国籍の演劇人が集まれば自ずと面白い作品ができるなんてはずはなく、結局は個々の作家の力量にすべてはかかっている。その点で、ワン・チョンのチームは圧倒的だった。20分ほどの上演で行なうのはほぼひとつ、三人の男と一人の女がひたすらキスしまくるのだ。冒頭、男と男が道端でがんつけ合う。むき出しの感情が顔を近づける。一触即発!と思うと二人はキスしてしまう。「なに? これ!」の事態に観客は戸惑い、失笑。しかし、これは序曲。別の男二人が現れ、二人も友達の挨拶みたいにキスする。男と女も濃厚なキスを挨拶みたいにする。「キス」は演劇におけるありふれた仕草のひとつ。しかし、それは大抵「男女の宥和」や「クライマックス」「ハッピーエンド」の記号であって、キスそのものが取り上げられ、繰り返されることは珍しい。例外を探すなら、ピナ・バウシュのレパートリーにはありそうだ。それでいえば、かつて三浦大輔がほとんど「している」のではと思われる劇を作ったことも思い出す。性器を展示することよりも穏便な行為に思われるかもしれないが、「キス」は実際かなり効果的だ。男と男が、男と女が、おじさんと若者がむちゅむちゅやっていると、こちらの気持ちがムズムズしてくる。途中には、観客にキスの相手を求める場面があって、一人の巨体の男性が立候補したり、そればかりか、アフタートークの際には、演出家のチョンにキスしたいと舞台に上がる男性が出てきたりと、若干乱行的な状態に近づきもする。チャンが宗教家だったら、そうした社会的自制の解除を人心掌握に利用するのだろうが、これは演劇であり、架空の設定を用いて自分たちの生を振り返るという演劇らしい機能を十分に活かす作品だった。焦点はコミュニケーションにあった。コミュニケーションの微妙な軋轢や行き違いが、キスという手段のみで進められるとしたら? そもそも誰とでもキスする社会はユートピアか、デストピアか。始終爆笑しながら、観客はその架空の世界にのめり込む。最後に生きた犬が現れ、犬と人とのキスへと展開するとさらに大きな笑いに包まれた。「ジェンダー」のみならず人と動物にまでキスが拡大したわけだ。私たちはどこまでキスできるのか? これは比喩的で架空の(つまり演劇上の)問いではあるが、キスは私たちの肉体で行なう現実のものでもある。だから、私たちの現実に突きつけられた問いでもある。良い作品とはこういう作品だ。

2016/11/19(土)(木村覚)

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