artscapeレビュー

江本弘 オンライン・レクチャー

2020年07月15日号

会期:2020/06/04

東日本大震災で東北大の建築棟が大破し、しばらく教室や研究室がまったく使えなくなったとき、教員と学生さえいれば教育は維持できると考え、漂流教室と銘打って、建築家が設計した住宅やシェアハウスなど、さまざまな場所で実験的にゼミを開催した。しかし、今回のコロナ禍は建物に被害を与えない代わりに、人が集まることを困難にしている。その結果、大学では講義、ゼミ、委員会など、あらゆる活動がオンライン化した。

奇妙なのは、近くの学生とはリアルで会えないが、海外滞在中の在学生や日本に戻れない留学生など、遠くにいる学生は参加しやすくなったこと。そこで今回は東京や海外で働いているOB、OGに声がけし、毎週のゼミの後、ミニ・レクチャーのシリーズを始めた。また助教の市川紘司が主宰する五十嵐研のサブ・ゼミでも、「建築概念の受容と変質」、「表象と建築」、「都市の読み方」といったテーマを設定し、それぞれの内容にあわせて、江本弘、本田晃子、石榑督和らの若手の研究者によるオンライン・レクチャーを企画している。

第1回目は、江本弘のレクチャーだった。彼は立原道造の卒業論文から出発し、そこからジョン・ラスキンの受容をめぐる研究に展開し、アメリカなどの海外で調査した経緯を語ってくれた。興味深いのは、対象そのものへの価値判断をせず、ひたすらその受容を追いかけていくこと。もちろん、井上章一も1980年代以降、桂離宮や法隆寺に対し、こうした手法のメタ建築史を試み、ポストモダン的、もしくは構造主義風とでもいうべき相対化を行なったが、井上の場合、つむじ曲がりの性格をベースにしていたのに対し、江本はそういう感じではない。

筆者は彼の著作『歴史の建設:アメリカ近代建築論壇とラスキン受容』(東京大学出版会、2019)の書評を『東京人』に寄稿した際、江本がどうやって膨大な資料を収集したのかと不思議に思っていたが、謎が解けた。データベース化された文献資料を徹底的に活用し、きわめて効率的に調査していた。まさに現代の情報環境が可能にした研究だった。現在は建築における「シブイ」や「ジャポニカ」などの概念に注目しているという。日本国内の言説に閉じず、国際的な流通を調査している点も、新しい世代の建築史家として高く評価できるだろう。


江本弘によるオンライン・レクチャーの模様

2020/06/04(木) (五十嵐太郎)

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