artscapeレビュー
村田真のレビュー/プレビュー
カンディダ・ヘーファー「The Large and The Small─The Still and The Moving 」
会期:2019/06/08~2019/08/03
ユカ・ツルノ・ギャラリー[東京都]
デュッセルドルフの芸術アカデミーでトーマス・ルフ、アンドレアス・グルスキーらとともにベッヒャー夫妻のもとに学んだ、いわゆるベッヒャー・シューレのひとり。今回は図書館、劇場、そして近作の抽象的な写真シリーズの展示。
図書館シリーズはまず被写体そのものに驚く。宮殿のように絢爛豪華な装飾が施されていたり、丸天井が美しい弧を描くヨーロッパの図書館は、それだけでも見る欲望を刺激してやまないが、それをヘーファーは、何千冊とある本の背表紙の文字まで判読できるほどではないものの、視覚の容量を超えた情報をダダ盛りにして見る者に差し出してくるのだ。ある図書館は天井に丸い天井画が描かれ、それを囲むようにレリーフ状の装飾が施されているが、ある部分は本物のレリーフで、別の部分はレリーフに見せかけただまし絵だったりする。それらを1枚の平面に定着させたこの写真は、二重のだまし絵ともいえる。これは欲しくなるが、サイズがでかすぎる。でも小さくしたら解像度が落ちて意味がなくなる。ま、どっちにしろ買えないけどね。
2019/07/05(金)(村田真)
80年代の美術3 諏訪直樹
会期:2019/06/17~2019/06/29
コバヤシ画廊[東京都]
来年、没後30年を迎える諏訪の晩年の絵画を展示。晩年といってもまだ30代半ば、力は衰えていないばかりかむしろピークに達していたように思う。作品は、四曲一双の屏風絵や掛軸など日本画の形式を借りた「抽象表現山水画」とでも呼ぶべき絵画で、画面を三角に分割する幾何学的抽象と、金や群青の顔料を用いた激しい筆づかいによる表現主義の混淆した独自のもの。
諏訪はポストもの派の代表的作家のひとりに数えられるが、それは先行するもの派がゼロにまで還元してしまった美術表現を、もういちど1から立ち上げようと試行錯誤したからだ。そのため彼は、日本の伝統絵画の形式やアメリカの抽象表現主義を参照し、80年代の10年間をかけてこのような形式を完成させていった。しかしいま改めて見ると、良くも悪くも80年代のマニエリスムというか、絵画におけるガラパゴス現象という印象は否めない。
余談だが、意味のないこととは承知の上で、それでも彼がもし生きていたらどんな絵を描いていただろうと、同い年としてはつい想像してしまうのだ。このまま突き進んで日本ならではのガラパゴス絵画を打ち立てたか、あるいはまったく異なるスタイルに宗旨替えしたか。ひょっとしたら筆を置いて、お父さんのように牧師を継いでいたかもしれない。
2019/06/25(火)(村田真)
モダン・ウーマン─フィンランド美術を彩った女性芸術家たち
会期:2019/06/18~2019/09/23
国立西洋美術館[東京都]
「松方コレクション展」を見た後で常設展を訪れたら、やっていた。フィンランドの女性芸術家たちによる絵画、版画、彫刻、素描などの展示。なぜフィンランドなのかといえば、日本との外交関係樹立100周年だからだそうだが、なぜ女性だけなのかといえば、なんでだろう? もうひとつ気になったのは、サブタイトルに「フィンランド美術を彩った」とあること。「築いた」でも「背負った」でもなく、「彩った」のは女性だからか? やはり「築いた」り「背負った」りしたのは男性芸術家たちなのか? ぼくはフェミニストではないし、おそらく事実上「築いた」というより「彩った」のだろうけど、ちょっと引っかかる。
出品作家はだれひとり知らないが(男性作家も知らない)、作品はある意味とても興味深かった。それは描かれたものが、自画像をはじめ母子像や家族の肖像、日常生活、風景など身近なモチーフばかりであること、逆に、戦争画や歴史画といった重くて勇ましい大作が皆無であることだ。フィンランドでは19世紀半ばに設立された最初の美術学校が、当時としては珍しく男女平等の教育を奨励したというが、あまり効果はなかったようだ。時代的には彼女たちより少し前のメアリー・カサットやベルト・モリゾら印象派の女性画家たちが、やはり子どもや友人、身近な風景しか描かなかった(描けなかった)のと変わりがない。女性の社会進出が著しい北欧のフィンランドでさえ、1世紀前はこんなもんだったのだ。「彩った」と書かざるをえないゆえんだろう。
2019/06/21(金)(村田真)
国立西洋美術館開館60周年記念 松方コレクション展
会期:2019/06/11~2019/09/23
国立西洋美術館[東京都]
国立西洋美術館で「松方コレクション展」て、珍しくもなんともないじゃん。と思ったら大間違い。現在の松方コレクションは、かつて松方幸次郎が集めた全コレクションのごく一部にすぎないのだ。今回は開館60周年記念ということで、その幻の全貌に迫ろうというもの。
簡略に言うと、松方コレクションは川崎造船所の社長だった松方幸次郎が、第一次世界大戦で莫大な利益を得、そのお金を使ってヨーロッパで買い集めた全1万点を超す美術コレクションのこと。そのうち日本に輸入した1万点に及ぶ(浮世絵8千点を含む)作品は、大戦後の不況に関東大震災も重なって散逸。これを「旧松方コレクション」という。一方、ロンドンに残した約900点(従来300点余りといわれていたが、版画1点1点を数えれば900点以上)は倉庫の火事で焼失し、パリの約400点のみが残ったものの、紆余曲折を経て第二次大戦後フランス政府に没収されてしまう。この約400点がサンフランシスコ講和条約締結後、美術館を建てるという条件つきで返還されることになり(フランス側は「寄贈」を主張したため「寄贈返還」という曖昧な表現となった)、これを受け入れる国立西洋美術館が建てられたというわけ。しかも重要作品はフランス政府に抜かれたため、引き渡されたのは375点だった。二度の大戦に振り回された激動の20世紀前半を象徴するコレクションといえる。
同展では、この未曾有のコレクションがいかに形成され、散逸していったかを、収集したロンドンとパリの画廊や協力者、二度の大戦との関わりなど8章に分けてたどっている。出品は、モネの《舟遊び》(1887)やロダンの彫刻群など開館当初の「松方コレクション」、マネ《自画像》など散逸した「旧松方コレクション」、クリヴェッリ《聖アウグスティヌス》(1487/88頃)など「旧コレクション」から買い戻した作品、ゴッホ《アルルの寝室》(1889)など寄贈返還時に抜かれた作品、そして近年フランスで再発見されて初公開となったモネ《睡蓮、柳の反映》(1916)まで、150点以上に及ぶ。
ところで、松方コレクションといえば印象派のイメージが強いが、意外にも海戦画をはじめとする戦争画が相当数あることに驚いた。でも考えてみれば、松方は造船所の社長だし、第一次大戦中にヨーロッパを訪れたし、最初に買った作品がのちに最大の協力者となるブラングィンの造船所の絵だったから、意外でもなんでもなく、むしろ当然のなりゆきだったのかもしれない。あまり常設展で見た覚えはないけど。
2019/06/21(金)(村田真)
塩田千春展:魂がふるえる
会期:2019/06/20~2019/10/27
森美術館[東京都]
まだ40代のアーティスト、塩田千春の代表的な作品を網羅した大規模な個展。最初の大きなギャラリーに入ると、2015年のヴェネツィア・ビエンナーレで発表したのと同じく、何艘かの舟(ただし骨組みのみ)から無数の赤い糸が宙に広がるインスタレーション《不確かな旅》に圧倒される。1本の赤い糸といえば男女間のつながりを暗示するが、これだけ大量にあると、舟から立ち上る炎か血しぶきにも感じられる。
会場を進むと、焼けたピアノと客席から黒い糸が立ち上る《静けさの中で》、古い木枠の窓を重ねた《内と外》、たくさんの古いトランクを赤い糸で吊るした《集積─目的地を求めて》など、大がかりなインスタレーションが次々と展開していく。半分くらいはどこかで見たことあるが、しかしコンセプトやタイトルは同じでも、素材やサイズや形状は多少なりとも違うわけで、これらを同じ作品と見ていいのだろうかと疑問が湧く。ひと言で言えば「リメイク」ということだろうが、じゃあリメイクばかりで回顧展は可能なのか、ましてや本人がいなくなったらリメイクできるのかと、インスタレーション作家ならではのジレンマに直面する。見る分には別に構わないけどね。
初期の活動も紹介されていた。5歳のときの「ひまわり」の絵はご愛嬌として、学生時代の油絵はド・スタールばりの抽象画で、時代遅れではあるけれどなかなかの力量だ。その隣にパフォーマンスの記録写真があるのだが、これがサイズといい赤い色といい油絵とよく似ている。思いがけないアナロジーにうなってしまった。
2019/06/19(水)(村田真)