artscapeレビュー

村田真のレビュー/プレビュー

リヒテンシュタイン侯爵家の至宝展

会期:2019/10/12~2019/12/23

Bunkamuraザ・ミュージアム[東京都]

リヒテンシュタインといえばモナコ、サンマリノなどと並ぶ最小国のひとつだが、こんな名画を秘蔵していたとは知らなかった。と驚いたのは6年前に開かれた「リヒテンシュタイン 華麗なる侯爵家の秘宝」展のとき。タイトルはたいして代わり映えしないが、前回がルーベンスをはじめとするバロック絵画に焦点を当てたハイライト展だったとすれば、今回は東洋磁器も多数出ていて、より繊細な工芸的作品が見どころとなっている。ま、小粒になったともいえるが。

繊細といえば、フランツ・クリストフ・ヤネックの《室内コンサート》や、ヨハン・ゲオルク・プラッツァーの《雅な宴》などロココ期の雅宴画が目を引く。これらの繊細で艶やかなマチエールはどこから来るのかと思ったら、銅板に油彩で描いているせいだった。もっと驚くべきは、19世紀のビーダーマイヤー期の細密画。とりわけヴァルトミュラーの《磁器の花瓶の花、燭台、銀器》は、みんな目が釘付けになっていた。素っ気ないタイトルからは想像できないほど細密かつ華麗な描写は、芸術を通り越してもはやキッチュの領域にはみ出している。ちなみに、同作品の制作年はダゲールが写真を発明したのと同じ1839年のことだが、写真がこの作品を超えるクォリティを獲得するには150年を要した。ビーダーマイヤー様式は美術史の主流からは完全に外れているが、もっと光が当たってもいい。

2019/10/11(金)(村田真)

ゴッホ展

会期:2019/10/11~2020/1/13

上野の森美術館[東京都]

生誕何年でも日蘭友好何年でもなく、サブタイトルもないストレートな「ゴッホ展」。ただ「人生を変えたふたつの出会い」というキャッチコピーがあるだけ。「ふたつの出会い」とは、ひとつは、さまざまな職業を転々とした後、画家として再出発して間もないころのハーグ派との出会いであり、もうひとつは、パリに出てからの印象派との出会いだ。同展はこの二つの出会いを軸に、両派の作品も交えて構成されている。ゴッホがいわゆるゴッホらしい絵を描くようになるのは、パリを経て南仏アルルに旅立ってからのことだから、この展覧会はいわゆるゴッホらしさが発揮される以前の初期作品に焦点を当てたものといえる。だから特に前半は、いわゆるゴッホ好きには物足りないかもしれないが、もっと奥を知りたい人には向いているかもしれない。

展示は初期のころのドローイングから始まる。労働者や農民らの貧しい生活を描いた拙い絵は、作者がゴッホでなければとっくに捨てられていただろう。急にうまくなったと思ったら、ヨゼフ・イスラエルスやアントン・マウフェ、アントン・ファン・ラッパルトといった、ゴッホの伝記にも名前が出てくるハーグ派の画家たちだった。パリに出ると色彩は徐々に明るくなっていくが、ここでもモンティセリ、モネ、ゴーガンら影響を受けた画家たちの作品が並んでいる。そして最後のほうはアルル以降のよく知られたゴッホだ。

これまで大がかりな「ゴッホ展」といえば、ゴッホのコレクションで知られるファン・ゴッホ美術館かクレラー・ミュラー美術館からごっそり借りてきたものが多かったが、初期の作品が中心の今回は、ハーグ美術館からの作品が24点、全体の3分の1強を占める。ちなみにファン・ゴッホ美術館からは1点、クレラー・ミュラーからは7点で、いずれも晩年の作品だ。

2019/10/10(木)(村田真)

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バスキア展 メイド・イン・ジャパン

会期:2019/09/21~2019/11/17

森アーツセンターギャラリー[東京都]

最近、1980年代の美術が見直されているが、世界(欧米)的にいうと、モダンアートが行き詰まった70年代の後を受けて、ポストモダンな新表現主義が唐突に花開いた時代。そこに合流したのが、アンダーグラウンドなグラフィティから浮上したジャン=ミシェル・バスキアだ。でも彼はアートワールドに食い込んでいったとはいえ、ゲームとしての新表現主義とは一線を画し、アフリカ系でグラフィティ出身という出自を作品に反映させた。その結果、新表現主義の画家の多くが21世紀を迎える前に消えていったのに対し(その代表がシュナーベルだが、彼が90年代に映画監督に転身して『バスキア』を撮ったのは示唆的だ)、バスキアは本人が消えても、作品は消えるどころかますます評価が高まり、世界各地の美術館で回顧展が開かれるようになった。もちろん単に作品が再評価されたというだけではなく、差別に苦しみ、わずか27歳で夭逝したという伝説も再評価に貢献しているはすだが。

バスキアの絵画のいちばんの特徴は、画像と文字が共存していること。もともとグラフィティは文字をデフォルメすることから始まったが、バスキアの文字はデフォルメされず、むしろ画像のほうが記号化しており、両者の関係はつかず離れず曖昧だ。なんとなく絵画というより書画と呼びたくなってくる。その画像は即興性やスピード感にあふれ、表現主義的というより「落書き」的といったほうがふさわしい。既成のキャンバスだけでなく、ドアに描いたり、木枠を井桁に組んで布を張った上に描いたり、ストリート感も満載。しかしそれも初期の一時期に限られている。作品の制作年を見ると1981-85年が多く、晩年の1986-88年はわずかしかない。とりわけ1982-83年に集中し、質的にも高い。それ以降はコピーやコラージュを多用し、画面の密度も薄くなり、明らかに失速していくのがわかる。

展覧会のタイトルは「メイド・イン・ジャパン」。約123億円で作品を購入した前澤友作氏をはじめ、日本人コレクターや日本の美術館のコレクションが出品されていること、五重塔や空手、マンガのキャラクター、「YEN」など日本ゆかりのモチーフを描いた作品も多く出ていることによる。ゴッホもそうだったように、100年後のバスキアも日本に憧れていたのか。

2019/10/08(火)(村田真)

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CAF賞 2019

会期:2019/10/01~2019/10/06

ヒルサイドフォーラム[東京都]

全国の美大をはじめとする学生を対象にしたアートアワードの6回目。主催は前澤友作氏が会長を務める現代芸術振興財団で、最優秀賞に選ばれれば賞金100万円のほか、個展開催の機会が与えられる。ジャンルは絵画、彫刻、インスタレーション、メディアアートなど多彩で、審査員はなにを基準に選んでいいのか迷うだろう。今回の入選作家は12人だが、東京芸大と武蔵野美大が各5人を占めている。偶然にしては偏りすぎてないか。

いくつか目についた作品を挙げると、自転車を漕ぐのではなく、自転車自体を回転させる東弘一郎《他転車》、パリの美術学校で男性彫刻の下腹部に欠けている突起を勝手に付け加える敷根功士朗の映像、四畳半の和室をしつらえ、その奥にひと回り小さな部屋をつくり、さらにその奥にもひと回り小さな部屋をつくり……を4回繰り返す浅野ひかり《四畳半を想う》、50個の青いチープなハンガーを曲げて人の手のようにし、その上に卵を置いたサカイケイタ《命がけ》。これらはいい悪いという以前に、しっかりつくっていて好感が持てた。

2019/10/04(金)(村田真)

戸谷成雄「視線体」

会期:2019/09/21~2019/10/19

シュウゴアーツ[東京都]

手前のギャラリーには岩石のような彫刻が9点並んでいる。どれも表面がジグザグに切り刻まれ、戸谷がチェーンソウで切り込みを入れた木の固まりであることがわかる。奥のギャラリーには中央に木の立方体が置かれているが、その各面は激しく切り込みを入れられ、かろうじて立方体を保っている。壁には、こうした作業過程で出た数百もの木っ端を斜めに幾条も並べている。この斜めに交差する線条はチェーンソウによる切り込みを表しており、われわれの視線はこうした切り込みに沿って動く。つまり視線は彫刻をなぞるわけで、逆にいえば彫刻は視線の集積によって生み出される。これがタイトルの「視線体」の意味だ。「彫刻」とはなにかを追求し続けてきた戸谷のひとつの答えだろう。

2019/10/01(火)(村田真)