artscapeレビュー
村田真のレビュー/プレビュー
水野里奈「思わず、たち止まざるをえない。」
会期:2019/07/12~2019/07/28
ポーラ ミュージアム アネックス[東京都]
見て楽しめる絵画というのは、ありそうで意外と少ない。あっても中身が薄いとか思想性に欠けるとかいわれそう。でも、思わず立ち止まって見入ってしまうような絵が描ければ、とりあえず勝ちだ。どうやら水野里奈は、タイトルにもあるように、立ち止まらざるをえない絵画を目指しているらしい。
水野の作品はどれも、波打ち渦巻くような黒い線描が縦横に走り、その隙間に中東あるいは中華風の色鮮やかな花模様や虹のパターンが現出し、ところどころキャンバス地(余白)が顔を出している。水野によれば、「中東の細密画の装飾性・伊東若冲の水墨画・キャンバス地そのもの」の3点セットだ。大雑把なモノクロのブラッシュストロークと、細密でカラフルな植物画という対照的な要素が画面に同居し、日本的とも西洋的ともアジア的ともいいがたい独自の空気とダイナミズムを生み出している。その情報量の多さと多彩さゆえ、見ていて飽きることがない。
今回は幅5メートルを超す巨大絵画を掛けた壁面にも、墨でウォール・ドローイングを施している。画面内の形態が一部そのまま壁につながるように周囲に伸びているため、絵画の中身が壁面にジワリと浸透していくような印象だ。その壁面のドローイングは大きく渦巻き、若冲もさることながら蕭白の運筆を彷彿させる。これはアッパレ!
2019/07/20(土)(村田真)
宮本隆司 いまだ見えざるところ
会期:2019/05/14~2019/07/15
東京都写真美術館[東京都]
展示はシリーズごとに5つに分かれている。まずネパール北部の農村ロー・マンタンを撮ったシリーズ。高地で乾燥しているせいか白黒のコントラストが強く、土壁の建物や路地ばかりで人がほとんど写っていない。次が、香港やバンコクやホーチミンなどアジアの都市風景。こちらは人や物があふれていて濃密な空気が漂っている。次に、最初の写真集『建築の黙示録』から、サッポロビール恵比寿工場の解体現場。これは写真美術館のある恵比寿ガーデンプレイスの開発前の姿。このころ宮本は、すぐ近くの再開発を見下ろすマンションに住んでいた。その次が東京スカイツリーを撮ったピンホールカメラのシリーズ。縦長の画面の上半分にスカイツリーを電信柱とともに写した奇妙な写真だ。あれ? 1点だけ電信柱のみでスカイツリーが写っていない写真があるが、これは徳之島の電信柱。
ここまでが前半で、後半はすべて徳之島を撮った《シマというところ》。宮本の両親は徳之島の出身で、彼自身も生後4カ月から2歳までこの島で暮らしたそうだ。もちろん記憶はないが、だからこそある程度年がいってから気になり始めたのだろう。近年はしばしば島を訪れるという。その写真には、海岸や田畑、ソテツ、じいさんばあさん、お祭り、ウミガメの産卵などが写されていて、明らかに前半の写真とは違う。「廃墟の宮本」像が崩れてしまいかねないほど違う。なにが違うかというと、たぶん温度だ。シマとは島ではなく、小さな共同体のこと。だからぬるい。写真がぬるいのではなく、ぬるさを写している。そのぬるさは幼少期の身体を包んでいた空気のような、あるいはひょっとして、羊水のようなぬるさかもしれない。
2019/07/14(日)(村田真)
原三溪の美術 伝説の大コレクション
会期:2019/07/13~2019/09/01
横浜美術館[神奈川県]
開館30年を迎えた横浜美術館では今年、コレクションを巡る3本の企画展を並べた。1発目は6月まで開かれていた「Meet the Collection」で、自館の収集作品を紹介するもの。2発目が、今回の原三溪(1868-1939)が集めた「伝説のコレクション」の全貌に迫ろうという展覧会。そして3発目が秋の「オランジュリー美術館コレクション」展だ。人が入りそうなのはルノワールを目玉にした「オランジュリー」だが、展覧会としてはなんといっても「原三渓」がおもしろそう。たまたま同時期に国立西洋美術館で開かれている「松方コレクション展」と同じく、大コレクションを築きながら歴史の波に飲まれて大半を失ってしまうという波乱のドラマが秘められているからだ。
原三溪こと青木富太郎は、横浜で生糸業を営む原家に婿入りし、生糸の貿易や銀行業にも事業を拡大する一方、社会貢献として古美術品の収集と公開、美術家への支援にも熱心に取り組んだ実業家。もともと美濃の豪農の家に生まれた青木は、南画家だった母方の祖父や伯父に幼少期から絵画や詩文を学んだというから、彼自身も美術家(のはしくれ)だった。だから彼のコレクションは、ありがちなようにだれかの入れ知恵で集めたものではなく、みずからの趣味と審美眼で選んだものなのだ。また、同世代の岡倉天心(1863-1913)とも親交を結び、日本美術院を支援。さらに、当時の成功した実業家の常として茶の湯に親しみ、茶道具を集め、茶会を催し、茶人としても名を成していく。
こうしたことから同展では、三渓の全貌を「コレクター」「茶人」「アーティスト」「パトロン」という4つの側面に分けて紹介する構成となっている。ちなみに「アーティスト三溪」の章には50歳をすぎてからの書画が何点か出ているが、彼が集めた鉄斎などに比べれば児戯に等しい。まあ比べるのも酷だけど、まだ16歳時の手習いの水墨画のほうが一途に描いていて好感が持てる。
ともあれ、三溪のこうした文化活動も関東大震災により自粛せざるをえなくなり、復興事業に専念することになる。こうして彼の集めた5千点以上ともいわれるコレクションは、ひとつの美術館に収まることなく散逸し、現在は東博や京博をはじめ根津美術館、大和文華館、ミホミュージアムなど各地の美術館に収まっている。これを見ながら、やはり同世代の松方幸次郎(1866-1950)を思い出してしまった。松方も社会貢献として西洋絵画を集めたものの、不況と大震災によってコレクションを散逸させてしまったところは同じ。大きな違いは、松方がおもに西洋の近代美術を集めたのに対し、三溪は日本の古美術に特化していたこと。しかし、西洋美術を日本人に見せようと美術館の建設を計画した松方の野望も、廃仏毀釈から古美術を守り、近代日本画を後押しした三溪の信念も、明治・大正期の実業家が共通して持っていたフィランソロピー精神に根ざしたものに違いない。いや、もっと砕いていえば、旦那の心意気ってやつか。
2019/07/12(金)(村田真)
ジョシュ・スパーリング「Summertime」
会期:2019/07/03~2019/08/10
ペロタン東京[東京都]
4つの壁面に、パステルカラーに塗り分けた弧や波形のキャンバスを適度の余裕をもって敷き詰め、太い角柱の3面にも波形のキャンバスを貼り付けている。見た目は「のたうつミミズ」だが、美学的に言えば、シェイプト・キャンバスをポップ化したパロディとも言えるし、壁面を1枚のキャンバスに見立てたレリーフ画と見ることもできる。
まずグラフィックデザインのソフトウェアを使って形態を決め、合板をレリーフ状にくり抜き、キャンバス布を貼り、中間色の色彩を施すという手の込んだ作業を経るというだけあって、仕上がりは完璧。ただの思いつきではなく、ちゃんと絵画制作の手続きを踏まえているのだ。奥の部屋には彩色した円形をベースに正方形、三角形、弧をはめ込んだ複合パネルの絵画が6点。表面にわずかに凹凸があり、70年代のステラの作品や、エットーレ・ソットサスのデザインを思い出す。いずれも美術史を参照し、相対化し、骨抜きにして工芸化した作品と言えばいいか。でも、これって絵画なのか?
2019/07/06(土)(村田真)
坂本夏子個展「迷いの尺度─シグナルたちの星屑に輪郭をさがして」
会期:2019/06/08~2019/07/06
ANOMALY[東京都]
坂本夏子といえば、河原温の《浴室》シリーズみたいな(ぜんぜん違うけど)タイル貼りの部屋の中に人物がたたずむ絵しか知らなかったけど、おもしろい視点を持った作家だ。今回は絵画だけでなく、スケッチや立体も展示している。絵画の方は画面の一部または全部が網目やモザイクや格子模様で覆われていて、どこか上空から眺めた地上の姿にも見え、アボリジニの世界観をマッピングしたドリーミング絵画を思わせる。
興味深いのは《ペインティング・ボックス》という立体で、商品の箱の表面を彩色し、蓋を開けて中を見られるようにしたオブジェ。内部には紙細工や粘土細工、プラスチックの小物などが配置され、ジョセフ・コーネルの「箱」を彷彿させるが、鑑賞方法はまったく異なる。《ペインティング・ボックス》の場合、内部を見るには蓋を開けるという行為を伴うこと、そして卓上に置かれた箱の中身を、コーネルのように水平の視線ではなく、上から見下ろすということ。だとすれば、中身も俯瞰されるように配置されているはずで、それは構成というよりマッピングに近い作業ではないかと思うのだ。
2019/07/05(金)(村田真)