artscapeレビュー
五十嵐太郎のレビュー/プレビュー
庭劇団ペニノ「地獄谷温泉 無明ノ宿」
会期:2017/11/04~2017/11/12
KAAT 神奈川芸術劇場[神奈川県]
じつは第60回岸田國士戯曲賞を受賞した後、書籍をぱらぱらめくったときは、あまりピンとこなかった作品だが、本物の演劇は凄まじいものだった。山里の、家主がいない、ひなびた宿で、それぞれ何かが欠けた人物たちが交差する、異様な一夜を恐るべき実在感で演劇化していたからである。東京からやってきた人形遣いの謎の親子(小人症の父と母がいない息子)をはじめとして、目が不自由な男、言葉を発しない宿の三助、そして疑似家族的な老女と年が離れた2人組の芸妓など、あまりにシュールな設定に思われるのだが、確かに彼らはここにいると感じさせる演技だった。つまり、舞台では演劇という形式でしか立ち現われないものが表現されており、それは脚本を読む行為とは別物である。筆者が観劇した国内最終公演では、息子役の俳優が体調不良につき、代役を立てていたことを考えると、本来のメンバーならば、さらに迫力を増していたのだろう。ともあれ、父役を演じるマメ山田は、当て書きの脚本であり、彼以外の配役を想像しがたい。
物語が進行していくと、親子は言いしれぬ闇を抱えていることがうかがえ、彼らの子どもの人形による劇もあまりに不気味なもので、不穏な雰囲気が漂うなか、朝を迎えるまでに決定的な事件が起きるのではないかという緊張感を観客に強いる。さて、建築の立場からは、四場面(宿の玄関、上下の部屋、脱衣場、浴場)を体験できる回り舞台が素晴らしい。これは単に素早く場面の数を増やす装置というだけではなく、部屋から部屋への移動によって空間的な連鎖が巧みに演出されていた。そして温泉で本当に役者たちが裸になって入浴するシーンも忘れがたい。まさに裸で勝負する本気の舞台であることにあっけにとられた。公演は海外にもっていった後、舞台装置を解体するらしい。小人症の俳優が必要であることに加え、大がかりなセットだけに、将来の再演が難しそうな怪作である。
2017/11/07(火)(五十嵐太郎)
三井嶺《神宮前スタジオ A-gallery》
[東京都]
筆者が公募の審査を担当した今年のU-35展において、ゴールドメダルに選ばれた建築家の三井嶺が設計した《神宮前スタジオ A-gallery》に立ち寄る。裏原宿から少し奥に入ったところに建てられた1970年代のモダンな住宅のリノベーションである。外観はほとんど手を加えず、本棚、和風の意匠、コンクリートの基礎の一部を残しつつ、床を外して吹抜けを設けている。が、なんといっても最大の特徴は、ステンレス鋳物による列柱を階段の両側に挿入したことだろう。柱は極細だが、決してミニマルなデザインではなく、エンタシスがつき、ゆるやかにふくらみ、柱の上下にも家具的な装飾をもつ。あまり見たことがない構造柱の意匠とプロポーションだ。なお、鋳物による構造補強は、彼がU-35展に出品した江戸切子店の《華硝》でもパラメトリック・デザインを用いながら、効果的に挿入されている。ともあれ、いずれも人間が手で持って搬入できるメリットがあるという。
U-35展のシンポジウムにおいて、三井は空間よりも、構造と装飾に興味があると発言したことが印象的だった。が、彼が東京大学の藤井研で日本建築史を修士課程まで学び、茶室の論文を執筆し、それから構造がユニークな坂茂の事務所で働いた経歴を踏まえると、納得させられる。微細な装飾をもつ鋳物の柱は、モノであることを強調し、現在の流行とまったく違う。それゆえに、もし遠い将来に鋳物の柱だけが遺跡のように発掘されたら、未来の歴史家はおそらく時代判定を見誤るだろうと、彼は述べている。身近な周辺環境やコミュニティばかりが注目されるなか、こうした超長期的な視野をもった建築家は貴重だろう。また看板建築の補強や家屋のリノベーションにパラメトリック・デザインを絡ませるのも、新しい感覚である。なお、神宮前スタジオの柱は、構造力学上、中央の一番太い部分の直径が重要であり、上下の両端は細くても強度を落とさないという。
2017/11/03(金)(五十嵐太郎)
「移動する建築」都市設計コンペ&「みんなのヒミツ基地」まちづくりアイデア募集 二次審査会&表彰式
坂の上の雲ミュージアム[愛媛県]
松山の駅前の花園町通りやロープウェー通りなどを見る。ストリート沿いに良好な景観や歩行者の空間をつくりながら、照明やファニチャーによって、デザイン性も確保している。さて、今回の松山訪問の目的は、アイデア・コンペではなく、花園町通りや温泉エリアで実際に制作する「移動する建築」都市設計コンペの6組の二次審査を行なうためだった。会場は坂の上の雲ミュージアムであり、モバイル茶室、帯、円筒、屋台、マルシェ、雲など、多様な案がそろった。審査の結果、花園町通りではキム・テボンによるまちを旅する4つの屋台が、飛鳥乃温泉エリアではバンバタカユキらによる浮かぶ雲のプロジェクトが最優秀に選ばれた。
写真:上・中=花園町通り 下=ロープウェー通り
2017/10/29(日)(五十嵐太郎)
《はーばりー》《今治市公会堂》《愛媛信用金庫今治支店》
[愛媛県]
今治にて、昨年はオープン前で外観のみ見学した原広司のみなと交流センター《はーばりー》を訪問する。実際に屋上のデッキまで歩くと、本当に船のイメージであることがわかる。宇宙船みたいな図書館とか、ロケット発射場みたいな高層ビルとか、ある種の浪漫主義的なテイストが原建築に感じられる。昨年は内部に入れなかった丹下健三の《今治市公会堂》も、ちょうど子どものダンス・コンテストのリハーサル中で見ることができた。天井は構造があらわになったオリジナルの形状を維持しつつ、座席は現代の仕様に変えられていた。また丹下による《愛媛信用金庫今治支店》は、遠景から見ると、頂部の持ち上げた屋根の造形がカッコいい。
写真:上=《はーばりー》 中=《今治市公会堂》 下=《愛媛信用金庫今治支店》
2017/10/28(土)(五十嵐太郎)
飛鳥乃湯泉、道後温泉本館
[愛媛県]
松山にて、アーバン・デザイン・センターのスタッフの案内により、道後温泉のエリアをまわる。まちづくりの現在をうかがいつつ、オープンしたばかりの飛鳥乃湯泉を見学した。聖徳太子の伝説に基づき、外観はまさかの日本古代の様式! である。内部に伝統工芸の技を散りばめる。この向かいの商店群では、浅子佳英がリノベーション・デザインを計画中らしい。今度修復保全の工事に入るという道後温泉の本館は、かなり細かく内部のあちこちを見学する。これも新築一発では不可能な空間、というか現行の法規では無理だろう。が、それこそが最大の魅力である。ギヤマンのガラスをはめた塔屋から見下ろすと、つぎはぎ建築の隙間に銭湯施設の機械設備が見え、和とメカのハイブリッド感にしびれる。
写真:上・中=飛鳥乃湯泉 下=道後温泉本館
2017/10/28(土)(五十嵐太郎)