artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

笠間悠貴「雲が山を越えるとき気流に姿を変える」

会期:2017/11/22~2017/12/06

photographers’ gallery[東京都]

笠間悠貴は1980年、大阪府生まれ。2013年の個展「顫え」(コバヤシ画廊)以後、大判カメラを使って「気象、特に風をテーマ」に撮影した作品を発表してきた。その作品世界が、photographers’ galleryでの何回かの展示を経て、今回の「雲が山を越えるとき気流に姿を変える」で大きく開花しつつある。
本展に出品されている8点の作品は、南米・アンデス山脈の標高4800メートルを超える高地で、8×10インチ判のカメラを使って撮影されたものだ。上昇気流によってつねに霧や雲が発生し、絶えず姿を変えていくような場所で、扱いにくい大判カメラで撮影するのは困難を極めるはずだ。だが、あえて過酷な条件を課すことによって、これまでにない新たな風景写真、山岳写真の可能性が拓かれてきたのではないかと思う。
笠間が心がけているのは「形のないものをあえてテーマにすることで、写真のフレームの外側について思考する」ということである。その狙いはとてもうまくいっていて、普通なら中心的な被写体であるはずの山の姿は霧や雲の中にほとんど隠れてしまい、むしろ「フレームの外側」に伸び広がっていく「気流」のあり方が、大きく引き伸ばされたモノクロームの画像によって浮かび上がってくる。この方向をさらに突き詰めていけば、自然条件によって流動的に変化していく「形のないもの」の地形図を緻密に描き出していく作業は、よりスケールアップし、実りのあるものになっていくだろう。次の展開も期待したい。

2017/11/28(火)(飯沢耕太郎)

星玄人「WHISTLE 口笛」

会期:2017/11/28~2017/12/10

サードディストリクトギャラリー[東京都]

ストリート・スナップを撮影・発表している写真家はたくさんいるが、いま一番面白い仕事をしているのは星玄人ではないだろうか。アメリカのLITTLE BIG MAN社から同名の写真集が出版されたのを期して開催された彼の個展「WHISTLE 口笛」を見て、あらためてそう思った。
星は2007年に『街の火』(ガレリアQ)という写真集を刊行している。そこでも、新宿界隈を中心に撮影した凄みのある写真群を見ることができたのだが、その後モノクローム写真がカラーに変わったことで、より臨場感、客観性が強まり、ほかに類を見ない、独特のスナップショットが形をとってきた。何よりもそこに写っている、一癖も二癖もある人物たちの身振りや表情から滲み出てくる、不穏としか言いようのない雰囲気がただごとではない。星がカメラを向ける対象にはどこか共通性があり、真っ当な生のあり方から否応なしに外れてしまったような人物たちの気配を、鋭敏に嗅ぎあてているとしか思えない。とはいえ、彼らを突き放して見ているわけではなく、卑小さも、いかがわしさも、胡散臭さも全部ひっくるめて受け入れているのではないだろうか。そのような非情さと感情移入との絶妙なバランスが、彼の写真にはつねにあらわれていて、見る者の目を捉えて離さない不思議な魅力を発している。
スナップショットの面白さに取り憑かれてしまった星のような写真家は、これから先も、同じように路上を徘徊して撮り続けていくしかないのだろう。だが、今回ひとつの区切りがついたことで、新たな方向を見出して行くこともできそうな気がする。例えば、彼の写真の登場人物の一人にスポットを当てて、さらに深く撮り進めていくような仕事も見てみたいものだ。

2017/11/28(火)(飯沢耕太郎)

渡部敏哉「Somewhere not Here」

会期:2017/11/04~2017/12/03

POETIC SCAPE[東京都]

渡部敏哉は1966年福島県生まれ。多摩美術大学在学中の1990年に「期待される若手写真家20人展」(PARCO主催)に選出されるなど注目を集めるが、同大学卒業後は広告代理店に勤めて、しばらく写真作品を発表しない時期もあった。2013年、東日本大震災後に故郷の福島県浪江町をカラー写真で撮影した「18 months」のシリーズをPOETIC SCAPEで展示して「再デビュー」を果たす。
今回発表された「Somewhere not Here」は、2010年頃から撮り続けられているモノクローム作品である。「18 months」が、原発事故によって立ち入りが制限されて非日常化した街並を、むしろ平静に日常的な視点で捉えたシリーズであるのに対して、「Somewhere not Here」では「日常を被写体としながらも、その奥底に見え隠れする不明瞭なもの」を浮かび上がらせようとしている。具体的な方法論としては、デジタルカメラの画素をわざと荒らしたり、フィルターによる赤外線撮影を試みたりすることで、見慣れた眺めを、どこか不吉な空気感が漂う「ここではないどこか」の光景に変質させている。そのような、一見対照的なアプローチを同時に展開しているところに、渡部の写真家としての奥行の深さを見ることができるだろう。
ただ、2016年に「Steidl Book Award Japan」に選出され、2018年に写真集が刊行される予定という「18 months」と比較すると、「Somewhere not Here」はまだ完成途上という印象を受ける。一点一点がかなり独立しており、それぞれに物語性を感じるので、それら全体を統合するテキストをつけるということも考えられるのではないだろうか。

2017/11/26(日)(飯沢耕太郎)

鈴木サトシ「わかれ道」

会期:2017/11/22~2017/11/28

銀座ニコンサロン[東京都]

鈴木サトシは1936年、広島県尾道市生まれ、岡山県瀬戸内市牛窓町在住の写真家である。石津良介に師事して、1970年代から作家活動を開始し、ニコンサロンやほかのギャラリーでたびたび個展を開催している。90年代に発表した「近視眼」シリーズは、日常の事物をひと捻りして「現実にないオブジェ」に変貌させて撮影したユニークな作品だった(日本カメラ社から写真集『近視眼』、『近視眼サクヒンX』として刊行)。
6回目になるという今回の銀座ニコンサロンでの個展でも、独特の視点で切り取られた写真が並んでいた。ここ数年、両親、親友、愛猫などの死去が相次いだのだが、そんななかで「わかれ道」の光景が気になりだしたのだという。たしかに、道が二つに分かれている場所に立つと、どこか宙吊りになったような不思議な気分を感じることがある。鈴木の写真に写っている「わかれ道」は、左右だけでなく上下に分かれていたり、さらに3本、4本と枝分かれしていたりして、それぞれに固有の表情があり、じつに味わい深い眺めになっていた。展示されていた36点のなかに、1枚だけモノクロームではなくカラー写真が混じっている。画面の中央に赤い鳥居があるので、あえてカラーでプリントしたのだという。そんな融通無碍のアプローチを含めて、一点一点見ていくと、じわじわと面白味が増してくる。80歳を超えても、柔軟な思考力、創造力に衰えはないようだ。なお、本展は12月21日~29日に大阪ニコンサロンに巡回する。

2017/11/22(水)(飯沢耕太郎)

渡辺眸「TEKIYA 香具師」

会期:2017/11/18~2017/12/22

ZEN FOTO GALLERY[東京都]

渡辺眸は東京綜合写真専門学校写真芸術第二学科(夜間部)に在学中に、ふとしたきっかけから「TEKIYA」を撮影するようになった。テキヤ=香具師(やし)とは、いうまでもなく祭りや縁日などに移動式の屋台を出して商売する商人たちだが、アウトロー集団との強いつながりを持つことが多く、一般的にはやや危険でいかがわしい存在とされている。渡辺は「うずまく男たちの熱気と狂気と惰気」に惹かれて、彼らを撮り始めるのだが、当然ながらその過程では一筋縄ではいかない出来事がいろいろあったようだ。
だが、4年間撮り続けた写真群をまとめた今回のZEN FOTO GALLERYでの写真展、および地湧社から刊行された同名の写真集を見ると、彼女が取り立てて身構えることなく、絶妙の距離感を保って彼らに接していることがわかる。渡辺のカメラワークは、ほかの写真家たちとやや違ったところがあって、新宿の雑踏や東大闘争の現場のような、沸騰するエネルギーの渦中にあればあるほど、淡々とした日常の空気感が浮かび上がってくるような写真を撮ることができる。とはいえ、冷ややかに醒め切っているのかといえばけっしてそうではなく、体温を感じ取ることができる関係のあり方はきちんとキープしている。「TEKIYA」のシリーズでいえば、写真に写る男女の表情や身振りから滲み出てくる、エロティックとしか言いようのない気配が印象的だった。
「TEKIYA」は渡辺の実質的なデビュー作というべきシリーズである。今回の展覧会と写真集によって、1960年代後半の東京の空気感を体現する貴重なドキュメントでもある本作が、初めてまとまったかたちで発表されたのはとてもよかった。

2017/11/21(火)(飯沢耕太郎)