artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

普後均、魚本勝之「at the same time」

会期:2021/02/27~2021/03/14

MEM[東京都]

普後均と魚本勝之は、2018年に面白い写真のプロジェクトを開始した。それぞれ自分がいる場所で、同じ時刻に写真を撮るという試みである。遠く離れた場所、たとえば稚内と沖縄、シエナと東京でシャッターを切る場合もあるし、国内の比較的近い場所で撮る場合もある。いつ、どこで撮影するかは、ほとんど思いつきと偶然の産物だ。そうやって撮りためた写真は、2020年春までに2枚1組で40点ほどになった。今回のMEMでの二人展には、そのうち12点が展示されていた。

コンセプトは単純だが、結果はなかなか含蓄が深いものになった。DMに使った、魚本が台風で倒れた樹を東京で、普後が窓越しの樹木をボローニャで撮影した写真のように、微妙なシンクロニシティを感じさせるものもある。だが大部分は、まったく関係がない2つの場面が写っているだけだ。とはいえ写真を見る者は、二人の写真家がなぜその場所にいて、この眺めを撮ったのかと疑問に思うのではないだろうか。写真を撮るという行為そのものに潜む「魔」のようなものが、ふと顔を覗かせているようにも見えてくる。魚本は元々普後が主宰するワークショップで写真を学んだということだが、グラフィック・デザイナーとして経験を積んでおり、その撮影の技術はかなり高い。二人の写真のクオリティの高さ(的確な構図、シャッターチャンス)が、このプロジェクトの支えになっていることは間違いない。

まだ続きそうではあるが、逆にあまり長く続けると、二人の写真のこの絶妙なバランスが崩れてしまいそうでもある。今回の展覧会をひとつの区切りとして、別なやり方を考えてみてもいいかもしれない。

2021/03/05(金)(飯沢耕太郎)

澤田知子「狐の嫁いり」

会期:2021/03/02~2021/05/09

東京都写真美術館2階展示室[東京都]

いいタイトルだと思う。「狐の嫁いり」は、本当にあったのかどうかよくわからない奇妙な怪異現象だが、澤田知子の写真作品にもそんなところがある。そこにはたしかに、ファニー・フェイスの女性の顔がずらっと並んでいるのだが、彼女は一体何者なのか、なぜこんなふうに写っているのかと考えだすと、何だかたぶらかされているような気がしてくる。というのは、そこに写っている彼女は、まさに仮面を取っ替え引っ替えしているように千変万化で、どれが本当の顔なのかはよくわからないからだ。すべてが「澤田知子」であるとともに、どれもが「澤田知子」ではないような気もしてくる。今回、東京都写真美術館で開催された「初公開の初めてのセルフポートレートから証明写真で撮影したID400のオリジナルプリント、最新作のReflectionまで複数のシリーズを〈狐の嫁いり〉という新作として構成した」展覧会を見て、まさに狐に化かされているように感じる人も多いだろう。

それにしても1990年代に、まだ成安造形大学写真クラスの学生だった澤田のセルフポートレート作品を初めて見たときには、彼女がここまでやり続けるとはとても思えなかった。卓抜な発想と粘り強い思考力を合体させて、写真を通じて「私とは何か?」を問い続ける行為は、年ごとに厚みを増し、思いがけない方向に枝分かれし、圧倒的な質と量を備えるようになった。デビュー当時から作品を見続けている一人として、感慨深いものがある。澤田の作品にはナルシシズムのかけらもない。かといって、自傷行為のような痛々しさも感じない。「私」を素材として客観的に見つめつつ、取り替え不可能な存在としてリスペクトし、他者=世界に惜しみなく開いていこうという姿勢が徹底しているからだろう。これから先も(永遠にとは言わないが)、チャーミングでスペクタクルな「狐の嫁いり」を見せ続けてくれるのではないだろうか。

2021/03/05(金)(飯沢耕太郎)

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亀山亮「メキシコ・日常の暴力と死」

会期:2021/02/18~2021/03/14

スタジオ35分[東京都]

亀山亮は20歳の時に「土方で稼いだ1万ドルとフイルム二百本を大きなザックに入れて」、しばらく日本に帰らないという覚悟でメキシコに旅立った。メキシコはフォト・ジャーナリストとしての亀山の原点となる場所となり、「第2の故郷」という思いを抱き続けてきたのだという。その彼が、久しぶりにメキシコを再訪したのは2017年で、冤罪で刑務所に入っていた友人のジャーナリストが、6年ぶりに出所してくると聞いたからだった。

メキシコでは麻薬カルテル同士の抗争が激化し、政治を巻き込んで暴力と死が日常茶飯事になっていた。今回の東京・新井薬師前のスタジオ35分での個展には、独自のルートを辿ってカルテルのメンバーとコンタクトをとって撮影した、腰の据わったルポルタージュが並んでいた。亀山の黒白写真のプリントを見ると、被写体となる現実に向き合う姿勢が真っ直ぐで、揺るぎないものであることがわかる。非常事態が日常化した状況において、これだけの透徹した眼差しを保ち続けるのは大変なことだ。むしろ、やや距離を置いて撮影したさりげない光景に凄みを感じる。

いい仕事だと思うのだが、フォト・ジャーナリズムの現場を考えると、このような写真をどう発表していくのかということについてはやや暗い気持ちになる。雑誌メディアがほぼ壊滅状態という状況で、写真展や写真集の可能性を探るということになるが、それも心許ない。亀山は展覧会に寄せたコメントに「メキシコでの低強度の戦争は今の経済システムが破綻して欲望のドグマが大爆発した結果でそれは翻って、日本に住んでいる自分たちにも深くつながっている問題だと感じる」と書いている。まったくその通りだが、メキシコの「日常の暴力と死」と「日本に住んでいる自分たち」の状況とを、どのように接続していくのかという問題の答えが用意されているようには見えなかった。

亀山は2014年に、いま住んでいる八丈島を撮影した写真集『DAY OF STORM』(SLANT)を刊行している。たとえば、八丈島とメキシコを結ぶ回路を設定することはできないのだろうか。

2021/03/04(木)(飯沢耕太郎)

川口翼「THE NEGATIVE〜ネ我より月面〜」

会期:2021/02/23~2021/02/28

TOTEM POLE PHOTO GALLERY[東京都]

毎年この時期になると、各写真学校、大学の写真学科の学生たちの卒業制作の審査、講評の日程が組まれる。本年度は新型コロナウイルス感染症の拡大で、学生たちも大きな影響を受けた。自宅待機を余儀なくされ、対面授業がまったくできない時期もあったはずだ。だが、どうやらそのことがポジティブに働いたのではないだろうか。写真についてもう一度きちんと考え、自分のやるべきことを見直すことができたからだ。そのためか、各学校の卒業制作にはかなりレベルの高い作品が目立った。コロナ禍の緊張感が、逆にプラスになったということだろう。

先日おこなわれた東京ビジュアルアーツ写真学科の卒業制作の審査でも、テンションの高いいい作品が多かったのだが、その中でも特に目を引き、最終的に最も点数の高い作品に与えられるグランプリを受賞したのが川口翼である。トランクに20冊余りの手作りのZineを詰め込んだ「どうしやうもない私が歩いている」、スクラップ帖にトランプ大の小さな写真をびっしりと貼り込み、イラストや言葉で余白を埋め尽くした「SCRAP!」など、まずはその意欲の高さと旺盛な生産力に驚かされた。その川口は、ちょうど同校の講師でもある有元伸也が主宰するTOTEM POLE PHOTO GALLERYで初個展を開催していた。既に会期は終わっていたのだが、特別に開けてもらって展示を見ることができた。

出品作の「THE NEGATIVE〜ネ我より月面〜」は、プリントした写真の明暗、色相を反転させて、ネガの状態にして壁に貼り巡らしたシリーズである。体の一部、風景、ほとんど抽象化されたモノなど、被写体の幅はかなり広いが、触覚的な要素を強調した写真の選択と配置はかなりコントロールが効いている。会場全体を赤いライトで照らし出し、暗室の中にいるような雰囲気を作り出すとともに、プリントの色味をかなりドラスティックに変化させた。一見衝動に身をまかせているようで、何をどのように見せるのかを、きちんと考えていることが伝わってきた。

21歳という若さを考えると、今はやりたいことをやりたいようにやっていっていい時期だと思う。だが、すぐにセンスのよさだけでは限界が来るはずだ。ロジカルな思考力に、より磨きをかけるとともに、垂れ流しではなく、写真集や写真展の形で集中した作品づくりをしていく必要がある。深瀬昌久、鈴木清など、自らの生のあり方と作品とを密接に結びつけ、制作活動を展開してきた日本の写真家たちの伝統を、しっかりと受け継いでいる彼には、さらなる飛躍を期待したい。

2021/03/01(月)(飯沢耕太郎)

「写真の都」物語 —名古屋写真運動史:1911-1972—

会期:2021/02/6~2021/03/28

名古屋市美術館[愛知県]

「『写真の都』物語」という展覧会のタイトルは、大正~昭和初期に、ゴム印画法による繊細で優美な風景写真で知られた日高長太郎の「そして共に倶に進んで写真の都!!名古屋たらしめたい」という言葉に由来するという。今回の展示を見ると、愛友写真倶楽部の中心メンバーで、名古屋における「芸術写真」の草分けの一人でもあった日高の願いが、その後に多くの写真家たちによって受け継がれ、発展させられていったことがよくわかる。

本展は「写真芸術のはじめ―日高長太郎と〈愛友写真倶楽部〉」「モダン都市の位相―「新興写真」の台頭と実験」「シュルレアリスムかアブストラクトか―「前衛写真」の興隆と分裂」「“客観と主観の交錯”―戦後のリアリズムと主観主義写真の対抗」「東松照明の登場―リアリズムを超えて」「〈中部学生写真連盟〉―集団と個人、写真を巡る青春の模索」の6部構成で、雑誌等の複写や資料展示を含めて、まさに「名古屋の写真運動史」の総ざらいというべき内容だった。これまで名古屋市美術館では、学芸員の竹葉丈の企画で、愛友写真倶楽部、坂田稔、山本悍右らの前衛写真、東松照明などの写真展が開催されてきたが、今回はその集大成と言ってよいだろう。どうしても東京や大阪、神戸などの関西エリアの写真家たちの活動の間に埋もれがちな「名古屋の写真運動」の厚みと質の高さに、あらためて瞠目させられた。

個人的に特に興味深かったのは、最後のパートの「〈中部学生写真連盟〉―集団と個人、写真を巡る青春の模索」である。大学や高校の写真部の学生たちが組織した全日本学生写真連盟は、1965年から写真評論家の福島辰夫の指導の下に、共通のテーマで写真を撮影していく「集団撮影行動」を基軸とした政治性の強い写真表現を模索し始める。それに応える形で、全日本学生写真連盟の支部、中部学生写真連盟に属する大学、および高校の写真サークルの学生たちも、「集団撮影行動」を推し進めていった。今回の展覧会には、名古屋電気高等学校写真部の石原輝雄や杉浦幼治らによる写真集『大須』(1969)、名古屋女子大学写真部のメンバーによる「郡上」(1968~70)などのプリントが展示されていた。全日本学生写真連盟による「集団撮影行動」の成果、『10・21とは何か』(1969)、『ヒロシマ・広島・hírou-ʃímə』(1972)なども含めて、揺れ動く政治状況を背景にしたこの時期の学生たちの「写真を巡る青春の模索」は、注目すべき内容を含んでいる。写真集の復刻や新たな資料の掘り起こしを含めた展覧会を企画するべきではないだろうか。

2021/02/28(日)(飯沢耕太郎)

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