artscapeレビュー
澤田知子「狐の嫁いり」
2021年04月01日号
会期:2021/03/02~2021/05/09
東京都写真美術館2階展示室[東京都]
いいタイトルだと思う。「狐の嫁いり」は、本当にあったのかどうかよくわからない奇妙な怪異現象だが、澤田知子の写真作品にもそんなところがある。そこにはたしかに、ファニー・フェイスの女性の顔がずらっと並んでいるのだが、彼女は一体何者なのか、なぜこんなふうに写っているのかと考えだすと、何だかたぶらかされているような気がしてくる。というのは、そこに写っている彼女は、まさに仮面を取っ替え引っ替えしているように千変万化で、どれが本当の顔なのかはよくわからないからだ。すべてが「澤田知子」であるとともに、どれもが「澤田知子」ではないような気もしてくる。今回、東京都写真美術館で開催された「初公開の初めてのセルフポートレートから証明写真で撮影したID400のオリジナルプリント、最新作のReflectionまで複数のシリーズを〈狐の嫁いり〉という新作として構成した」展覧会を見て、まさに狐に化かされているように感じる人も多いだろう。
それにしても1990年代に、まだ成安造形大学写真クラスの学生だった澤田のセルフポートレート作品を初めて見たときには、彼女がここまでやり続けるとはとても思えなかった。卓抜な発想と粘り強い思考力を合体させて、写真を通じて「私とは何か?」を問い続ける行為は、年ごとに厚みを増し、思いがけない方向に枝分かれし、圧倒的な質と量を備えるようになった。デビュー当時から作品を見続けている一人として、感慨深いものがある。澤田の作品にはナルシシズムのかけらもない。かといって、自傷行為のような痛々しさも感じない。「私」を素材として客観的に見つめつつ、取り替え不可能な存在としてリスペクトし、他者=世界に惜しみなく開いていこうという姿勢が徹底しているからだろう。これから先も(永遠にとは言わないが)、チャーミングでスペクタクルな「狐の嫁いり」を見せ続けてくれるのではないだろうか。
2021/03/05(金)(飯沢耕太郎)