artscapeレビュー
美術に関するレビュー/プレビュー
石川賢治「月光浴 青い星」
会期:2017/04/27~2017/06/19
キヤノンギャラリーS[東京都]
石川賢治は1984年に広告写真の仕事で訪れたハワイ・カウアイ島で、明るい満月の夜に空を飛ぶ鳥を見た。それを何気なく撮影したことから、33年にわたる「月光浴」の旅が始まる。大きな反響を呼んだ最初の写真集『月光浴』(小学館、1990)で、彼の月の夜の写真の魅力にはまった人も多いのではないだろうか。今回のキヤノンギャラリーSでの展示は、「パラオの海底からチョモランマまで」、世界中で撮影された同シリーズの集大成といえるもので、デジタルカメラによる新作も含めて、約90点の作品が闇の中で発光するように壁に掛けられていた。
石川の写真の最大の魅力は、青という色のヴァリエーションの豊かさではないだろうか。むろん、実際に月の光を浴びても、写真に写り込んでいる青い色を直接的に体験できるわけではない。それはむしろ、写真という媒体に変換することで、初めてあらわれてくる色である。とはいえ、その深みのある色相に包み込まれていると、古来、われわれが月に寄せてきたさまざまな感情が、そこに集約されて形を取っているという、強い思いが湧き上がってくる。石川の「月光浴」が、彼の個人的な体験を超えた普遍的な力を備えているのはそのためだろう。個人的には、月の光を浴びてひそやかに息づいている、花やキノコたちにうっとりとさせられた。それらはすべて魔術的な次元に移行していて、昼とはまったく違う顔つきを見せているのだ。月光の下での植物や菌類の美しさ、艶かしさはただ事ではない。
なお展覧会に合わせて、小学館から同名の写真集が刊行されている。収録されている作品の数が展示よりも増えているので、より厚みのある「月光浴」の世界を堪能することができる。
2017/05/16(火)(飯沢耕太郎)
舟田亜耶子展 Catch the pie in the sky
会期:2017/05/13~2017/06/03
CAS[大阪府]
華やかなプリント柄のワンピースや、カラフルなハイヒールを着用した女性たちを、ファッション写真さながらのポーズで撮影した写真作品。でも、何かがおかしい。服と靴が舞台の書き割りのように平板なのだ。じつはこれらは、ファッション雑誌に掲載された服や靴をトレースした絵を元に拡大プリントしたパネルである。なるほどこの方法なら、どんな服でも着せ替え人形のように身に着けられる。憧れのファッションブランドも思いのままだ。フェイクだけど……。舟田の作品は、消費の欲望を「絵に描いた餅」として提示し、ブランド信仰を軽やかに皮肉っているところが面白い。そういえばずいぶん昔に、本作と似たエピソードを雑誌かテレビで見たことがある。とある女子高生が体育館シューズにサインペンでシャネルのロゴマークを手描きして履いていたのだ。この行為をアートに昇華すると本展になるということか。
2017/05/15(月)(小吹隆文)
蜷川実花「うつくしい日々」
会期:2017/05/10~2017/05/19
原美術館[東京都]
いい写真家は大抵そうなのだが、物事を「呼び寄せる」力を備えている。蜷川実花もむろんその一人で、今回の展覧会の会期の決まり方は、普通ではとても考えられないものだったと聞いた。河出書房新社から刊行された同名の写真集の企画が先行していて、発売に合わせて展覧会の開催が急遽決まり、会場を探したところ、たまたま原美術館が展示の入れ替えの時期で空いていたのだという。2年前に同美術館で個展「Self-image」を開催しており、父の演出家、蜷川幸雄の死の前後を撮影した今回の作品には、まさにぴったりの場所だった。しかも、5月12日のオープニングレセプションの日は、蜷川幸雄の命日でもあった。でき過ぎた話だが、蜷川実花ならあり得ると思わせるのが、彼女の引きの力の強さだろう。
横位置のそれほど大きくない写真が淡々と並ぶ「うつくしい日々」の会場を巡りながら、蜷川が写真家としての階梯をまたひとつ上ったのではないかと感じた。病室の場面もあるが、選ばれている写真の多くは、仕事中や、父が入院している病院に向かう前に、近所を散歩している時などに撮影されたものだ。いつもの彼女の、やや大仰な身振りやビザールな被写体への偏愛は抑制され、そこにあるものを静かに受け容れる姿勢が貫かれている。むろん「風船が萎むみたいに」悪化していく父の病状はつねに頭の片隅にあるのだが、それ以上に目の前にある世界の眩しさ、美しさに素直に驚きの目を見張っている様子が伝わってくる。「三菱東京UFJ銀行」の看板やコンビニの女性雑誌の表紙など、普段は絶対に選ばないはずの写真が入っていることに胸を突かれる。生の世界を輝かせているのは、むしろ死の影であり、蜷川はそのことに無意識のレベルで反応しているのだ。
これまでの蜷川には、仕事としての写真と、写真作家としての作品を潔癖に分けて考えるところがあった。だが、「うつくしい日々」を見ると、彼女自身の生と写真とが一体化した境地に達しつつあるのではないかと思う。東松照明は、沖縄に移住して撮影した「太陽の鉛筆」(1972~73)の写真について、「撮るのではなく、撮らされた」と語ったことがある。「うつくしい日々」はまさに「撮らされた」写真群だが、そこに彼女の写真家としての未来を賭けてもいいのではないかとさえ思える。
2017/05/14(日)(飯沢耕太郎)
Vibrant Metropolis / Idyllic Nature. Kirchner ─The Berlin Years
会期:2017/02/10~2017/05/21
チューリッヒ美術館[スイス]
チューリッヒ美術館へ。ドイツ表現主義を代表するエルンスト・キルヒナーのベルリン時代に焦点をあてた企画展を開催していた。彼は建築を学んで画家になり、夜の街と女たちを独特の筆致で描いていた。が、第一次世界大戦に従軍し、心を病み、療養生活に入ったところまでが紹介されていた。そして常設展示のエリアがかなり広い。スイスにゆかりが深い、幻想的なヨハン・ハインリッヒ・フュースリ、象徴主義のアーノルド・ベックリン、世紀末に活躍したフェルディナンド・ホドラー、アルプスを描いたジョバンニ・セガンティーニなどが充実している。特にホドラーの部屋は、その空間デザインも含め、緊張感がみなぎっていた。
写真:左中=エルンスト・キルヒナー 左下=ホドラーの部屋 右上から=チッパーフィールドの新美術館プロジェクト、ジャコメッティ、セガンティーニ
2017/05/12(金)(五十嵐太郎)
佐伯慎亮「リバーサイド」
会期:2017/05/12~2017/05/21
KanZan Gallery[東京都]
赤々舎から8年ぶりの新作写真集『リバーサイド』を刊行した佐伯慎亮が、東京でお披露目の展覧会を開催した。同写真集からピックアップされた30点の展示は、引き締まった内容で、なかなか見応えがあった。
佐伯は本作からデジタルカメラを使い始めたのだという。彼のクリアーで、コントラストが鮮やかな写真のスタイルは、むしろデジタルのほうが向いているのかもしれない。もうひとつ感じたのは、彼の写真に東洋的な美意識がかなり深く浸透していることだった。「リバーサイド」のシリーズは元々「此の岸」というタイトルで構想されていたのだという。つまり「リバーサイド」というのは此岸と彼岸の境界の領域ということであり、そこには仏教的な死生観が投影されている。だが、それだけではなく、画面構成や被写体のフォルムの捕まえ方にも、日本や中国の伝統絵画に通じるところがありそうだ。画面の中の空白の部分、つまり「間」の活かし方、輪郭線を強調するカリグラフィー的な被写体の捉え方は、けっして付け焼き刃ではなく、むしろ天性のものだろう。内容と形式とが無理なく一体化しているために、「リバーサイド」はどっしりと安定感のあるシリーズに仕上がっていた。
本人は写真家としての将来に不安を抱え込んでいるようだが、心配することはないと思う。5~10年に一作というような、ゆったりとしたペースで、作品を発表していけば、彼自身の生の流れに自然に寄り沿うかたちで、厚みのある作品世界が構築されていくのではないだろうか。
2017/05/12(金)(飯沢耕太郎)