artscapeレビュー
美術に関するレビュー/プレビュー
ベルギー奇想の系譜展 ボスからマグリット、ヤン・ファーブルまで
会期:2017/05/20~2017/07/09
兵庫県立美術館[兵庫県]
15世紀後半から16世紀初頭に活躍したヒエロニムス・ボスから、現代のヤン・ファーブルまで、約500年間にわたり脈々と受け継がれてきたベルギーの奇想画の系譜をたどる展覧会。第1章では、ボス、ブリューゲル(父)、ルーベンスなど主に16世紀の作品が登場し、第2章では、ロップス、クノップフ、スピリアールト、アンソールなど、19世紀末から20世紀初頭の象徴主義を中心とした作家が並んでいる。そして第3章はデルヴォーやマグリットなどのシュルレアリスムから、ブロータールス、パナマレンコ、ヤン・ファーブルなど現代の作品までが。ルーベンスを奇想画に入れるのか?と思ったし、現代作家は何でもありな感じがしないでもないが、ベルギーの美術に一貫した流れがあるのは間違いない。奇想画というのは洋の東西を問わずどこの国でもあるものだが、担当学芸員によると、ベルギーはその傾向が抜きん出ているという。理由を訊ねたところ「ベルギーは19世紀にやっと独立国になったが、それまでの過程で何度も支配者が変わり、戦争が起こるなど複雑な歴史を抱えている。その影響が芸術表現に現われているのではないか」とのこと。あるいは、英仏独という大国に挟まれ、各国の文化が流入しやすい地理的特性が、奇想画の系譜を生み出したのかもしれない。ベルギー名物といえばビールとチョコレートだが、美術史においても独自の存在感を示していたのだなと、改めて思った。
2017/05/19(金)(小吹隆文)
異郷のモダニズム─満洲写真全史─
会期:2017/04/29~2017/06/25
名古屋市美術館[愛知県]
1932(昭和7)年に中国東北部に建国された満洲国については、どうしても負のイメージがまつわり付いている。「五族協和」や「王道楽土」といった耳障りのいいスローガンを掲げていたにもかかわらず、実質的には日本の傀儡国家であったことは明らかだからだ。だがその満洲の地に、独特の色合いを帯びた写真文化が花開いていたことは、それほど知られていないのではないだろうか。今回、名古屋市美術館で開催された「異郷のモダニズム─満洲写真全史─」展は、まさにその「満洲写真」研究の集大成というべき展覧会である。
じつは「異郷のモダニズム」と題する展覧会は、1994年に同美術館ですでに開催されている。そのときには、1928年に南満州鉄道(満鉄)弘報課嘱託として渡満し、1932年に「満洲写真作家協会」を組織した淵上白陽を中心とした、馬場八潮、米城善右衛門、土肥雄二、岡田中治らの、ピクトリアリズムとリアリズムを融合した作品群が中心に展示されていた。だが今回は、その前後の時期の写真も取り上げられている。
具体的には宮城県出身の櫻井一郎が、自ら撮影した写真印画を頒布する目的で1926年に組織した「亜東印画協会」の活動、さらにアメリカの戦後対日賠償に関する調査団(「ポーレー・ミッション」)の報告書に掲載された、満洲国崩壊直後の工場、工業施設の記録写真がそうである。これらの写真群によって、「満洲写真」はさらなる厚みと奥行きを備えて立ち上がってきたといえるだろう。約450点(展示替えの分を含めると約600点)の写真が放つ熱量はまさに圧倒的なものだった。長年にわたって調査・研究を進めてきた同館学芸員の竹葉丈の力業に敬意を表したい。
なお、展覧会に合わせて、貴重な図版や資料を多数収録した同名の写真集(カタログ)が国書刊行会から出版されている。
2017/05/18(木)(飯沢耕太郎)
森山大道「Pretty Woman & Pantomime」
会期:2017/05/02~2017/06/02
ビジュアルアーツギャラリー[大阪府]
ビジュアルアーツギャラリーは、大阪市北区のビジュアルアーツ専門学校・大阪のなかにある写真作品の専門ギャラリー。1999年から、ほぼ月に一度のペースで企画展を開催しており、今回の「Pretty Woman & Pantomime」展で179回目になる。毎回、意欲的なラインナップを組んでいるのだが、今回の森山大道の展示は特に見応えがあった。
最初のパートに並んでいるのは「ぼくが25歳でフリーの写真家になって一等最初に」撮影した「Pantomime」のシリーズ。近所の産科医院からホルマリン漬けの胎児の標本を借り受けて撮影し、『現代の眼』(1965年2月号)に「無言劇」というタイトルで発表した、まさに彼の処女作というべき作品である。今回の展示には未発表だったカットも含まれており、あらためて森山の原風景というべき謎めいた写真群が、どのように形成されていったのかを辿り直すことができた。
さらに「昨年の春ごろから今年の1月まで、主に東京の路上でスナップした」写真を再構成した「Pretty Woman」のシリーズがそれに続く。こちらはカラー写真が中心で、路上を疾走してイメージを捕獲していく森山の能力が、デジタルカメラを使うことで、衰えるどころか、さらに高まっていることが示されていた。どちらかといえば、モノよりも人間のほうに被写体としての比重がかかっており、2020年の東京オリンピックに向けて、増殖する腫瘍のようにグロテスクに変容しつつある東京の空気感が、見事にすくい取られていた。まさに「処女作と最新作」の2本立て興行であり、現役の写真家による、このようなヴィヴィッドな展示を直接見ることは、写真学科の学生たちにとっても大きな刺激になるのではないだろうか。
2017/05/17(水)(飯沢耕太郎)
むらたちひろ internal works / 水面にしみる舟底
会期:2017/05/16~2017/05/28
ギャラリー揺[京都府]
身近な風景を撮影した画像のネガを、インクジェット捺染でプリントした染色作品。エッジがぼやけた画像が、意識の底に沈殿した記憶を連想させる。作品はダブルイメージになっており、最初は布の表と裏からプリントしているのかと思った。実際は、プリントしていない面を表側にして、部分的に水をかけているそうだ。水の影響で裏面にプリントされた像が滲みながら浮かび上がり、白昼夢のような不思議な光景が出現する。作家にとってこれらのイメージは、「確かにあるけれど触れることができない存在(=記憶の断片や肉体を失った後の人)」や「他者の喜びや悲しみ(=完全には分かち合えない感覚)」に通じるとのこと。染色という物理的な現象を用いて、人間の繊細極まりない感覚を具現化した手腕に、静かな感動を覚えた。
2017/05/17(水)(小吹隆文)
YCC Temporary 大巻伸嗣
会期:2017/04/14~2017/06/04
YCC ヨコハマ創造都市センター[神奈川県]
この場所において現代アートを展示する新シリーズの第一弾である。過去に震災と戦争を経験した横浜の昔の地図を床いっぱいに描きながら、両サイドに被災と失われた眞葛焼のイメージ、そして奥にかつてこの建物がキャバレーとして使われた記憶を重ねる。さらに15分の照明の変化によって、鑑賞者が時間/歴史を追体験する気合の入ったインスタレーションだ。なお、ヨコハマ創造都市センターのすぐ近くに槇文彦による新しい市庁舎が完成する予定で、そうなると、このエリアが一気に大勢の人で賑わう未来が待っている。
2017/05/16(火)(五十嵐太郎)