artscapeレビュー

デザインに関するレビュー/プレビュー

「スピード太郎」とその時代

会期:2015/04/04~2015/07/05

川崎市市民ミュージアム[神奈川県]

大正から昭和初期にかけて活躍した漫画家・宍戸左行(1888-1969)の仕事を、左行の遺族から川崎市市民ミュージアムに寄贈された原画や関連資料、そして同時代の他の漫画家などの作品などによって位置づける企画。左行の代表作である『スピード太郎』を中心に、展示は概ね時系列に構成されている。宍戸左行は旧制中学を卒業後に洋画を学ぶために渡米(その時期、期間については諸説あるらしい)。アメリカではアルバイトをしながら画塾に通い、漫画の通信教育を試したという。帰国後は各種漫画雑誌に漫画を発表、新聞に政治・風刺漫画を描くほか、舞台デザイン、書籍の装幀・挿絵を手がけた。左行が留学時代にどのような作品に影響を受けたのかはわかっていないそうだが、ここでは左行も目にしたであろう同時代のアメリカのコミック、日本の漫画が紹介される。
 昭和5年(1930)年12月、左行は読売新聞日曜版付録に『スピード太郎』の連載を開始。昭和9(1934)年2月まで3年余にわたって連載は続く。物語は少年・太郎が「ドルマニア国」の内紛と隣国「クロコダイア国」との戦争に巻き込まれ、クマとサルを仲間に、自動車や飛行機、船、潜水艦、ロケットなどの空想科学的な乗り物や道具を駆使して縦横無尽に活躍する冒険活劇。人気を呼んだ連載は昭和10(1935)年10月には四色刷クロス製本で箱入りの豪華版単行本として発売され、大ヒットとなっている。出版元は長谷川巳之吉(1893-1973)が創業し、おもに豪華な造本の文学書を出版していた「伝説の出版社」第一書房。そのような出版社がなぜ子供向けの漫画本を刊行したのか。古い新聞をあたってみると、長谷川がその理由を述べた文章があった。曰く「これは過去の漫画の域を全く超越して、子供の世界に大きなイメージを与えるのみならず、大人が見ても色々な思慮と暗示とを受ける点に、非常に傑れたもののあることを発見」し、「過去の漫画の概念を一変せしめるのではないか」と。作品を描いた宍戸左行、掲載した読売新聞がはたしてそれを意図したのか、あるいは当時の一般的な読者がどのように読んだのかは不明だが、長谷川は「『スピード太郎』は、子供の童心の中に発展する強い正義感と勇敢な機知とが打って一丸となる美しい詩だと思っている」と高く評価している(読売新聞、昭和10年10月13日広告)。展示されている第一書房版のカラー原稿はとても状態がよい。登場人物のアメリカ的な衣装、奇想天外な道具だて、躍動的なストーリーと構図に魅了される。昭和初期にこのようなスタイルの漫画表現があったとは恥ずかしながら知らなかった。原画のほかには、「流線型」や「スピード」など、当時世界的に流行していたイメージが解説され、また同時代の漫画家たちの作品が出品されている。
 戦後のコーナーは、復刊された『スピード太郎』や昭和30年代初期までに描かれた左行の漫画作品の紹介、そして手塚治虫『新宝島』(昭和22年)の表現の「新しさ」を巡る近年の議論のなかでの『スピード太郎』の位置づけと再評価へと至る。すなわち手塚作品に見られるクローズアップや俯瞰的構図の多用とその映画的なストーリー構成には、すでに戦前期に優れた先行事例が存在したのではないかという指摘である。この点については論評が掲載された雑誌等の当該ページが展示されているが、漫画史に明るくない者にとっては、議論の具体的な内容も示して欲しかったところである。[新川徳彦]


『スピード太郎』単行本
提供=川崎市市民ミュージアム

関連レビュー

ニッポンの少女まんがの元祖だヨ!:松本かつぢ展:artscapeレビュー|美術館・アート情報 artscape

2015/05/23(土)(SYNK)

単位展──あれくらい それくらい どれくらい?

会期:2015/02/20~2015/05/31

21_21 DESIGN SIGHT[東京都]

あるモノを実際よりも巨大に、あるいはミニチュアにして人々の感覚とのあいだにズレを生じさせる手法は、アートではしばしば見られるところ。しかし他方でモノの実際のサイズや、重さ、時間の長さなどのスケール感覚は人によってまちまちで、そのものに日常的に親しんでいない限り、差異は必ずしも人に違和感をもたらすとは限らない。PCやスマートフォン、タブレットの普及で、私たちはモノのスケールに関して、ミクロとマクロのあいだを自由に行き来できるようになり、あるいは居ながらにして世界の美術品工芸品を見ることができるようになり、それはそれで「便利」なのだけれども、そこでみたモノと、自身の身体を基準としたリアルなスケール感とが結びつきづらくなっているように思う。そうした人々のスケール感の違いを共通の基準に揃えることが「単位」の役目で、実際に基準となる物差しを示されると、自身に内在する基準と「単位」とのズレに驚かされる。単位展の展示で興味深いのは、ひとつには重さや時間、速さの「単位」と私たちの感覚とのずれを教えてくれるさまざまな仕掛け。もうひとつ興味深かったのは、効率的にスケールを計るための道具たち。例えば「ガラスシクネスゲージ」はガラスに45度の角度で当てて映り込んだ線の位置で厚さを測定する道具。窓枠にはまったままの状態で計ることができる。恥ずかしながら曲尺の使いかたも初めて知った。専門家が使う機能性を極めた測るための道具は、それ自体のデザインもまた魅力的だ。[新川徳彦]

2015/05/22(金)(SYNK)

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長野訓子作品展

会期:2015/05/18~2015/05/26

The14th moon LIMITED[大阪府]

刺繍家、長野訓子の個展。出品作は、オリジナルのアクセサリー・ブランド「ga.la」のネックレスやイヤリング、ブローチなどの新作をはじめ、大塚呉服店とのコラボレーションによる帯、インセンスショップ・リスンとのコラボレーション・ワーク、新宿伊勢丹のカタログ撮影のための作品など勢いのある近作が揃っている。
刺繍というからには、作品の大部分は糸と布でできている。柔らかく、優しく、あたたかみのある素材だが、機械刺繍を用いる長野の作品からは明快でシャープな印象をうける。例えば、アクセサリーは青、黒、黄色、ベージュ、グレー、白という引き締まった彩りで女性的というよりはむしろ中性的である。オーガンジーに上下左右相似形の模様を刺繍した作品は、糸で綴った模様をガラス板に挟んで額装したというたいへん繊細なものだが、どこか金属細工のような趣がある。また、インセンスショップ・リスンとのコラボレーション・ワーク「Dream and Color」という幻想的なテーマの連作のなかで、本展に出品された作品は大きなもので1メートルもあろうかという赤い布の花々を吊って濃密な空間をつくりだしたもので、刺繍布のおおらかでのびのびした一面を提示している。
機械刺繍に特有の均質さや硬質さを魅力的に見せる、その作風が多様なコラボレーションを可能にしているのだと思う。同時にある程度の量産ができることで、作品でありながら製品でもありうる。だからこそ、アクセサリーや衣服として、額装された平面作品として、そしてショップの空間ディスプレイとして、あらゆる場面に入り込んでいくことができるのだと思う。もちろん、それ以前に創造力という作家のエネルギーがあってのことではあるが。[平光睦子]


展示風景


2015/05/19(火)(SYNK)

フランス国立ギメ東洋美術館・写真コレクション Last Samurais, First Photographs──サムライの残像

会期:2015/04/18~2015/05/31

虎屋 京都ギャラリー[京都府]

「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」の会場のひとつ、虎屋 京都ギャラリーでは、幕末から明治期に消え行く侍たちを撮影した写真が展示されている。ギメ美術館の創立者、エミール・ギメは1876年に日本を訪れ、写本や書籍、版画、磁器、仏教彫刻などをフランスへ持ち帰った。その後、ギメのコレクションを継承してきた同館では、現在、19,000枚以上の日本関連の写真を収蔵しているという。本展には、そのなかのおよそ20点が展示されている。ベアト、シュティルフリート、パーカーら異国人であるヨーロッパの写真家が撮影したものもあれば、日下部金兵衛、小川一真ら日本人写真家が撮影したものもある。
なかでも感慨深いのは、英国海軍の文官、サットンが撮影した、最後の将軍、徳川慶喜の肖像である。普段着の帯刀した羽織袴姿の一点と礼装である直衣姿の一点で、どちらも座した両膝の上に握りしめられた二つの拳と斜め遠方にむけられた堅い眼差しが印象的だ。緊張感漂う慶喜の姿とは対照的に、「将軍」というタイトルの写真には将軍の地位を示す舞台衣装と小物を身につけた歌舞伎役者がぼんやりとした表情で佇んでいる。2枚の写真の隔たりはおそらく20年から30年。この短いあいだに、将軍は実像からステレオタイプ化して虚像へと変化したのである。
激動の時代、写真はその変化を生きた日本人の姿をつぶさに伝えている。[平光睦子]

2015/05/18(月)(SYNK)

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「燕子花と紅白梅──光琳デザインの秘密」展

会期:2015/04/18~2015/05/17

根津美術館[東京都]

琳派の祖・本阿弥光悦が洛北・鷹峰に光悦村(芸術村)を開いて今年で400年。さらに尾形光琳の300年忌にあたることもあって、「琳派」に関する展覧会が目白押しである。そのなかでも本展は「デザイナー」としての光琳の意匠に光を当てることに特色がある。なんといっても見どころは二つの国宝《燕子花図屏風》と《紅白梅図屏風》が並んで展示されること。そのほかにも、光悦や俵屋宗達・尾形乾山を含めた重要文化財の出品作がたくさんある。光琳が生家である京都の呉服商「雁金屋」で育ち、図案(模様)に深くかかわっていたこと、また縁戚にもあたる光悦や宗達らのジャンルを越えた装飾芸術への影響などから、デザイン性を昇華させていったことが展示品(屏風・扇・蒔絵・陶器・香包)を通じて明らかにされる。弟の陶工・乾山が、光琳の気に入っていたモチーフをアレンジして使った作品なども展観され、兄弟間の意匠の共通性についてもよくわかる。美術館の庭園にはカキツバタの群生が見頃を迎え、出品された屏風と併せて、なんとも贅沢な競演であった。[竹内有子]

2015/05/10(土)(SYNK)

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