artscapeレビュー

デザインに関するレビュー/プレビュー

こどもとファッション ─小さな人たちへのまなざし

会期:2016/04/23~2016/06/05

神戸ファッション美術館[兵庫県]

子供が「発見」されたのは、17世紀以降のこととされる。それまでの子供は、不完全な「小さな大人」として扱われていたから「子供服」と呼ぶべきものは当然なく、成人のファッションの縮小版を纏っていた。大人と区別される「純粋無垢で守り育てるべき子供」という考え方は、近代になって生まれた。本展は、子供服を通して近代における子供観の形成を探求するもの。近代西欧・日本の子供服から、同時代の風俗を伝えるファッション・プレート、ポスター等の関連資料を含む約180点あまりが展示されている。18世紀後半以降、ぴったりとして窮屈な成人服とは異なる、子供期の活動に合わせた服、例えば男児用スケルトン・スーツ(ロンパースのようなつなぎ服)や女児用シュミーズのような新しいスタイルの服が登場する。ゆったりとしたシルエットの子供服のスタイルが、今度は成人のファッションに影響を与えることになる。19世紀になると、大人の服を小さくした子供のファッションという揺り返しが起こるのも興味深いところだ。また本展の面白さは、西洋の事例に加えて、明治期以降の子供服の誕生と変遷にも目配りがされているところにもある。西洋の日本への服飾の影響、さらには、近代の衛生観念の発展と服の関係、子供用絵本がファッションに及ぼした影響、マスメディアとコマーシャリズムの発達による子供服市場の成立など、さまざまな文化現象についての示唆を与えてくれる。[竹内有子]

2015/05/05(木)(SYNK)

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横尾忠則 展「カット&ペースト」

会期:2015/04/18~2015/07/20

横尾忠則現代美術館[兵庫県]

1980年代末から90年代初めの時期にかけて描かれた横尾忠則の絵画作品を「カット&ペースト」をキーワードに読み解く展覧会。私たちが日ごろPCで常用する操作「カット&ペースト」を、たんなる手法というより、むしろ芸術上の重要な概念として、横尾が先取りしていたという点が非常に興味深い。そしてこれが、グラフィックデザイナーから出発した彼の職能(版下作りの経験等)に由来しているという。80年代後期の作品は、画面を20センチ幅に切り、古典的絵画や映画等の多様な図像を描いた細長い布を編み物状に貼り付け、元のキャンヴァス上の図像とはまったく異なるコンテクストをもたらす試みを特徴とする。そこでは同時に、切り裂かれた布の物質性を強調するがごとく、垂れ下がった糸やねじって転回された様態で張り付けられ、画面に新しい次元がもたらされていた。90年代になると、CGの技法を用いた作品、「テクナメーション」(テクニックとアニメーションをかけた造語)が登場する。過剰なまでにカット&ペーストされた多様なイメージの集積とアニメのように動く水流で構成される仮想空間は、まるで万華鏡のような効果をもたらしている。ちょうど、DTPがグラフィックデザインに普及したのがこのころ。横尾が創り出す奇想でありながら洗練された概念的なアートに見惚れた。[竹内有子]

2015/05/04(月)(SYNK)

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ガウディ×井上雄彦──シンクロする創造の源泉

会期:2015/03/21~2015/05/24

兵庫県立美術館[兵庫県]

不思議な展覧会というのが第一印象だ。19世紀から20世紀にかけてスペイン・バルセロナで活動し、サグラダ・ファミリア聖堂やカサ・ミラの設計で知られる建築家、アントニ・ガウディ(1852~1926)と『SLAM DUNK』をはじめ数々の人気マンガを生み出した、漫画家、井上雄彦(1967~)の展覧会である。ちらしによると「奇跡のコラボレーション」だそうだ。ガウディに関しては、彼が携わった建築の図面や写真、模型などの資料をはじめ、ガウディの弟子であったジョアン・マタマラによる肖像画などおよそ100点が、井上の作品は書き下ろしの画、およそ40点が展示されている。昨年7月の東京展にはじまり、金沢展、長崎展を経て神戸での開催となった。このあと、せんだいメディアテークでの仙台展へと巡回する。
コラボレーションというよりも、井上がガウディからインスピレーションを得たといったほうが相応しいだろう。それほどまでに、本展での井上は挑戦的だった。井上は2011年にバルセロナでガウディの足跡を辿り、その作品から「謙虚さ」を感じたという。翌年から本展の企画がスタートし、2014年には井上は1カ月間サグラダ・ファミリアの前のアパートに滞在しカサ・ミラの一室にアトリエを構えて創作に励んだという。和紙に墨というスタイルで、ガウディの肖像や彼の少年期、青年期、老年期のエピソードをマンガ風に描いた。圧巻は、高さ200センチ幅200センチの墨染めの手漉き和紙に、白く浮かび上がるガウディ最晩年の顔を描いた一枚、そして、高さ330センチ幅1,070センチの広大な画面のなかに、生まれたばかりのひとりの赤ん坊を描いた一枚である。墨黒の闇と白い光のコントラスト、そして紙の質感、漫画家として培ってきた感性が惜しみなく発揮されている。さらにいえば、ガウディの死のあとに赤ん坊の誕生で展示を締めくくるというストーリー仕立ての劇的な演出も漫画家らしい。漫画家として、創作家として持てる力をすべて投入する、本展にむかう井上の、そんな謙虚な姿勢もガウディの影響だろうか。
ガウディは90年ほど前に亡くなった、すでに地位や評価が確立した偉人である。とはいえ、代表作のサグラダ・ファミリア聖堂はいまだ建築中だから未完の建築家ともいえる。そこに未知の残余があるからこそ、本展のような実験的な企画が成立したように思う。[平光睦子]

2015/05/04(月)(SYNK)

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ボンボニエール──掌上の皇室文化

会期:2015/04/04~2015/06/06

学習院大学史料館[東京都]

ボンボニエールとは、皇室の慶事、饗宴の際に列席者に配られる小さな菓子器。その名称はフランス語のボンボン入れ(bonbonniére)に由来するが、日本では中に金平糖が入れられることが多い(ミント菓子の例もあるという)。戦前期のそれはおもに銀製で雛道具のようなミニチュアの器だったり、実用的な形をしているものもあるが、兜や飛行機を模した器とはいえないような造形もあり、工芸品としてもとても魅力的なオブジェである。今回の展覧会では、学習院大学史料館が所蔵するボンボニエール約250点のなかから、時代や形を特徴付ける70点が出品され、時代による素材の変遷、造形のヴァリエーション、ボンボニエールを引き出物として配布する行為の皇室以外への拡がりが示されている。また、同型のボンボニエールの製作者による違いも紹介されている。
 本展を企画した長佐古美奈子学芸員によれば、皇室の慶事にボンボニエールが配布された最初の公的な記録は、明治27年3月に行なわれた「明治天皇大婚二十五年祝典」だという。「式典挙行に際し、各国駐在公使がヨーロッパ王室の銀婚式儀礼を調査し、周到な準備がなされた」。そしてこのときに、「この饗宴に招かれ、陪席した六二一人には『岩上の鶴亀を付した』銀製菓子器が配られ、立食の宴に参加した一二〇八人には『鶴亀の彫刻ある銀製菓子器』が配られた」という。明治維新後の「欧化政策」のなかで宮中の饗宴が外交手段の一翼を担うようになったこと、日本における引出物・引菓子の風習、ヨーロッパで慶事の際に砂糖菓子を贈る習慣、明治の輸出工芸にも現われた小型の銀製容器、こうした諸条件を満たす配布物がボンボニエールだったのではないかと長佐古学芸員は推察している★1。こうして見てくると、ボンボニエールは見て楽しい工芸品であるばかりではなく、その登場、素材や意匠の変遷は、明治以来の日本の外交政策のあり方、社会・経済の状況と密接に結びついた歴史の証人でもあるのだ。[新川徳彦]

★1──長佐古美奈子「ボンボニエールを読み解く──歴史資料としての視点から」(『学習院大学史料館紀要』第21号、2015)。

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学習院大学史料館開館35周年記念コレクション展「是(これ)!」展:artscapeレビュー|美術館・アート情報 artscape

2015/04/25(土)(SYNK)

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杉並にあった映画館

会期:2015/03/28~2015/05/10

杉並区立郷土博物館分館[東京都]

日本の映画全盛期の昭和34年、杉並区には中央線の四つの駅の周辺を中心に20館以上の映画館が存在したという。本展は、いまはなき映画館の開館・閉館年、座席数、所在地、立地の特徴などの調査と、写真資料、各館で独自に制作された映画プログラム、映画会社が制作したポスターなどによってこれら映画館の盛衰を辿り、また杉並区にゆかりのある映画関係者を紹介する企画。なかでも関心を惹かれた展示は、かつて存在した映画館の所在を示した地図である。この地図には銭湯の所在も合わせて示されており、多くの場所において映画館と銭湯が近接して立地していたことが指摘されている。ただしその理由は明確ではない。いずれも駅に近く、人の行き来が多い地域、繁華街であると想像されるが、それ以外にも映画館と銭湯が近接する理由はあったのだろうか。地図上に示された映画館は開館時期別に色分けされており、銭湯も同様に開設時期を示したならば、もう少し両者の関係がはっきりするかも知れない。出品されている映画ポスターは区内在住の匿名コレクター氏の蒐集品。映画会社が制作したポスターは全国共通のものであるが、1000を超えるというコレクションのなかから区内の映画館で上映された作品と、杉並区にゆかりのある映画制作者・原作者の作品をピックアップすることで、地域に根差した博物館らしい展示が実現されている。[新川徳彦]

2015/04/23(木)(SYNK)