artscapeレビュー

写真に関するレビュー/プレビュー

菱田雄介『border | korea』

発行所:リブロアルテ

発行日:2017/12/13

北朝鮮の核ミサイル開発にともなう政治的な緊張の高まり、冬季オリンピック平昌大会の開催など、朝鮮半島の2つの国を巡る話題は、つねに新聞やTVのニュースを賑わせている。だが、よほど両国の国情に詳しい人でない限り、大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国の正確で具体的なイメージを持つのは、意外にむずかしいのではないだろうか。
菱田雄介は、その「近くて遠い」2つの国を、2009年から何度も訪れて撮影を続けた。本書『border | korea』には、そうやって撮影された両国の人々や風景の写真が100枚近く並んでいる。菱田の「戦略」はシンプルである。彼は北朝鮮と韓国で、似たようなシチェーションを選んで、同じような構図、同じような距離感でシャッターを切った。例えば、左右ページに対比的に置かれた最初の写真(表紙にも使用)は、一枚は平壌で一枚はソウルで撮影されたほぼ同年齢の少女たちのポートレートである。以下、赤ん坊、家族、学生、結婚式のカップル、警官、兵士、僧侶、赤ん坊を抱く女性などが、同じやり方で提示されている。ポートレートだけでなく、スナップ的な写真もある。金日成と金正日の大きな銅像の前の集会と光化門広場のデモ、南浦(北朝鮮)と仁川(韓国)の2つの海水浴場、板門店の国境を北朝鮮側と韓国側から写した写真などが対比されている。
読者はこれらの写真群を見て、さまざまな思いを抱くに違いない。2つの国の人々のたたずまいに共通性がある(同民族なのだから当然ではあるが)と思う人もあるだろうし、細部の微妙な差異に注目する人もいるだろう。菱田はあえて余分な先入観を与える解説をつけるのを避け、淡々と写真を提示することで、むしろ読者一人ひとりの「border」に対する意識を問い直そうとしている。『BESLAN』(新風舎、2006)、『2011』(VNC、2014)など、ドキュメンタリー写真の新たな可能性を模索してきた菱田の労作が、ようやく形になった。2017年を締めくくるいい仕事だと思う。

2017/12/25(飯沢耕太郎)

Place M 30周年記念写真展

会期:2017/12/18~2017/12/28

Place M[東京都]

1987年に瀬戸正人がPlace Mを東京・四谷にオープンしてから30年になるという。オープン当初から展示を見ているので、なんとも感慨深いものがある。Place Mのような、写真家たちがスペースを確保して展示活動を続ける自主運営ギャラリーを長く続けるのが、いかに大変なことかをよく知っているからだ。メンバーのモチベーションを維持して、クオリティの高い展示を続けていくために、特に中心的なメンバーにかかる負担はただ事ではない。その意味で、四谷から新宿への移転を経て、30年に渡って運営を担ってきた瀬戸正人に敬意を表したい。
今回は「30周年記念写真展」ということで、つねにPlace Mの顧問的な役割を果たしてきた森山大道をはじめとして、須田一政、沢渡朔、深瀬昌久、ロバート・フランク、ユージン・スミス、ジャン・ルイ・トルナート、張照堂ら、「当ギャラリーがコレクションしてきたオリジナルプリント」が展示されていた。それに加えて、浜浦しゅう、西岡広聡、小松透、佐藤充、奈良茉美など「当ギャラリーで展示した若手新人作家」の作品も並ぶ。ギャラリーを主宰する瀬戸正人の作品が数多く展示されているのはいうまでもない。
Place Mの特徴のひとつは、ギャラリーの運営だけでなく、年2回受講生を募集する写真ワークショップの「夜の写真学校」、レンタル暗室のTokyo Darkroomなどの活動なども積極的に展開していることである。写真制作を軸にした、有名無名の写真家たちの出会いの場としても機能しているわけで、それがエネルギーを枯渇させずにギャラリーが続いてきた要因ともいえる。展示にも、個々の生のリアリティに固執する彼らの志向性がよくあらわれていて見応えがあった。

2017/12/24(飯沢耕太郎)

石内都 肌理と写真

会期:2017/12/09~2018/03/04

横浜美術館[神奈川県]

石内都の写真はシリーズごとには何度も見たことがあるけど、まとめて見る機会はなかった。こうして初期から通して見て初めて「なるほど」と納得した。展示は横浜のアパートを撮ったシリーズから始まるが、しばらく見ていくと塗装のはげた壁や床を執拗なまでに撮っている写真に出くわし、ここでひとり合点したのだった。それは石内が、人であれ建物であれ年季の入ったものの表面に関心がある、というより、そのテクスチュアにフェティッシュな欲望を感じているんじゃないかということだ。例えば、はがれそうな塗装とかはがれそうな皮膚とか見ると、はがさずにはいられないような皮膚感覚。それが彼女の写真を貫く美学なのだと勝手に理解したのだった。大野一雄のしわくちゃの肌を撮った《1906 to the skin》も、女性の傷跡ばかり追った《Innocence》も、母の遺品を記録した《Mother’s》も、被爆者の衣類を写した《ひろしま》も、絹の着物を追った《絹の夢》も《幼き衣へ》も《阿波人形浄瑠璃》も、すべて皮膚および、皮膚に触れる衣のテクスチュア(テキスタイルと同じ語源)を印画紙に定着させたものにほかならない。そういえば、石内は多摩美の染織(テキスタイル)専攻だった。

2017/12/22(金)(村田真)

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無垢と経験の写真 日本の新進作家 vol. 14

会期:2017/12/02~2018/01/28

東京都写真美術館[東京都]

毎年開催されている東京都写真美術館の「日本の新進作家」のシリーズも14回目を迎えた。この「新進作家」という枠組みはいささか微妙で、すでにかなり知名度がある写真家が選出されることもあり、テーマ設定とフィットしない場合も多々あった。だが、今回は新鮮でバランスのとれた、かなりいいラインナップになった。「無垢と経験」というやや大きな間口のテーマにしたことが逆にうまくいったのではないだろうか。
吉野英理香、金山貴宏、片山真理、鈴木のぞみ、武田慎平という出品作家の顔ぶれを見ると、その作品の幅はかなり大きい。独特のリズム感を感じさせる日常スナップを撮影する吉野英理香と、義肢と共に生きるセルフポートレートと自作のオブジェとを組み合わせてインスタレーションした片山真理の作品は、ほとんど正反対のベクトルを備えているといってよい。統合失調症を発症した母親を撮り続ける金山貴宏、窓、鏡などに映し出される何気ない眺めを定着する鈴木のぞみ、東北・関東地方の汚染土壌に印画紙を埋めて、放射線の痕跡をトレースした武田慎平の作品も、まったくバラバラな方向を向いている。だが、現代社会のさまざまな「経験」の深み、奥行き、距離感を、それぞれが写真という媒体の特性を活かして表現しようとする、その切実さがきちんと伝わってきた。
ただ、このような独立した個展の集合のような展示の場合、写真作品相互の関係のあり方にはもう少し気配りが必要だったのではないだろうか。互いに干渉しあって、展示効果が相殺されてしまっているところもあった。

2017/12/20(飯沢耕太郎)

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TOP Collection アジェのインスピレーション ひきつがれる精神

会期:2017/12/02~2018/01/28

東京都写真美術館[東京都]

ウジェーヌ・アジェ(1857~1927)は不思議な写真家である。1890年代からパリとその周辺を大判カメラで隈なく撮影し、プリントして安い値段で売りさばくのを仕事にしていた彼は、生前はほとんど無名だった。だが、当時マン・レイの助手を務めていたベレニス・アボットが、アジェの死後に遺族と交渉して、そのネガとプリントの一部をアメリカに持ち帰り、精力的に彼の作品を紹介したことで一躍「近代写真の先駆者」として注目を集めるようになる。以後、その評価はさらに高まり、多くの展覧会が開催され、写真集が刊行されて、世界中の写真家たちに影響を与えるようになった。今回の展示は、東京都写真美術館が所蔵するアジェのヴィンテージ・プリント約40点、ベレニス・アボットがプリントしたポートフォリオ20点を中心にして、「アジェのインスピレーション」がどのように引き継がれてきたのかを検証するという、とても興味深い企画だった。
ジャン=ルイ・アンリ・ル・セック、シャルル・マルヴィルらの先駆者、同時代のアルフレッド・スティーグリッツの作品に加えて、アジェに有形無形の影響を受けたベレニス・アボット、ウォーカー・エヴァンズ、リー・フリードランダー、荒木経惟、森山大道、深瀬昌久、清野賀子の写真が並ぶ。アボットやエヴァンズやフリードランダーは当然というべきだが、荒木、森山、深瀬、清野といった日本の写真家たちの作品が、アジェの写真と共存して、それほど違和感なく目に馴染んでくるのがやや意外だった。それぞれの作風は相当にかけ離れているにもかかわらず、アジェを消失点として見直すと、鮮やかなパースペクティブが浮かび上がってくるのだ。それは逆にいえば、アジェの写真のなかにその後の写真家たちの表現の可能性が、すでに組み込まれていたということでもある。特に都市を撮影する時のアプローチにおいて、あらゆる事物を等価に位置づけていくアジェの方法論は、いまなお有効性を保っているのではないだろうか。

2017/12/20(飯沢耕太郎)

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