artscapeレビュー

写真に関するレビュー/プレビュー

ルイジ・ギッリ「Works from the 1970s」

会期:2017/05/27~2017/06/24

タカ・イシイギャラリー東京[東京都]

著書『写真講義』(みすず書房、2014)の刊行によって、イタリア・スカンディーノ出身の写真家、ルイジ・ギッリ(Luigi Ghirri, 1943-1992)の名前も少しは知られるようになった。だが、依然として玄人好みの「知る人ぞ知る」の存在であることは間違いない。今回のタカ・イシイギャラリー東京での展示が、おそらく彼の仕事の、日本における最初の本格的な紹介といえるのではないだろうか。
「現実と見かけ(あるいは擬態)、実態と表象、在と不在、外界と内なる世界──こうした形而上の二元性をそれぞれ同じレベルで見つめ、その調和や多義性を探る」。展覧会の会場の紹介文にはこんなふうに書かれている。その通りで、間違いではない。だがギッリの写真は、この文章から想像されるような小難しく、哲学的、形而上学的な印象を与えるものではない。被写体はありふれた都市の日常から切り出されており、そのアプローチの仕方は軽やかで楽しげだ。彼の写真には、カメラを通じて世界を見つめることの幸福感がいつでも伴っている。今回の展示には、ポスターや写真など「現実になるイメージ」、またそれらを見つめる人々を撮影したものが多い。ギッリは写真と世界との関係のあり方を、さまざまな「眼差し」の表象物を通じて探求するのだが、そこには肩の力を抜いた柔軟な姿勢が貫かれている。見ているわれわれにも、その幸福感が伝染してくるようだ。
今回展示されている写真は、1970年代にプリントされたもので、小ぶりなだけでなく褪色もかなり進んでいる。だが、そのあえかな渋みを帯びた色調が、彼の作品世界にはむしろふさわしいように感じた。なお展覧会にあわせて、同ギャラリーから写真集『Luigi Ghirri』が刊行された。印刷された写真図版をページに貼り込んで、丁寧につくり込んでいる。

Luigi Ghirri, “Sassuolo” (Serie: Diaframma 11, 1/125 luce naturale), 1975, C-print,
image size: 15.5 x 19.2 cm © Eredi di Luigi Ghirri

2017/06/14(水)(飯沢耕太郎)

八木進「CINEMA PARFUM 子供のころ、映写室を愛したように」

会期:2017/06/09~2017/06/15

富士フイルムフォトサロン東京 スペース2[東京都]

2012年に設立された東京カメラ部は、インターネット上で展開されている写真専門の投稿サイトである。毎年、投稿作品の人気投票を行なって「10選」を選び、渋谷ヒカリエで展覧会を開催している。今回、富士フイルムフォトサロン東京で個展を開催した八木進の「CINEMA PARFUM」のシリーズは、2015年に46万点のなかから「10選」に選ばれた作品だという。つまり、SNSの仮想空間から生まれてきた写真表現を、写真展のかたちに落とし込むという、なかなか興味深い試みだった。
作品自体は、閉館が決まった「約40年前に父が建てた映画館」で、息子をモデルに撮影したフォト・ストーリーで、モノクロームの写真を中心にしっかりと組み上げられていた。映写室の独特の雰囲気がうまく活かされていて、銀塩プリントのクオリティも申し分ない。写真展としては上々の出来栄えなのだが、せっかくの東京カメラ部とフジフイルムの共同企画という意味合いはやや薄れてしまった。むしろ、SNSで見る写真のあり方を、展示にももっと積極的に取り込んでもよかったのではないだろうか。写真展の概念を壊すような展示を期待していたのだが、やや肩すかしだった。ただ、インターネットの空間から、八木のような「写真作家」が出現してくるということ自体はとても面白い。SNSの参加者と写真展の観客とのあいだの回路をどのように構築していくかが、今後の大きな課題になりそうだ。

2017/06/14(水)(飯沢耕太郎)

宇井眞紀子「アイヌ、100人のいま」

会期:2017/06/08~2017/06/14

キヤノンギャラリー銀座[東京都]

宇井眞紀子は1992年、偶然のきっかけから北海道・二風谷で仲間たちと共同生活をするアイヌ女性、アシリ・レラさんと知り合い、「子連れで」彼らの写真を撮影し始めた。それから20年以上かけて、アイヌ民族の人たちと付き合い、『アイヌときどき日本人』(社会評論社、2009)、『アイヌ、風の肖像』(新泉社、2011)などの写真集を刊行してきた。今回、キヤノンギャラリー銀座で開催された個展「アイヌ、100人のいま」の写真群も、2009年から撮り続けたという労作である。北海道だけでなく、関東周辺から九州までも足を伸ばし、丁寧にコミュニケーションをとりながらポートレートの撮影を続けている。クラウドファンディングによる出版の企画も同時に進められ、冬青社から同名の写真集が刊行された。
宇井の写真撮影は「どこで撮影したいか考えてください。服装も撮られたい服装でお願いします」と告げるところから始まるのだという。つまり、どのような写真になるのかという選択は、モデルとなる人たちにほぼ委ねられている。結果として、並んでいる写真はかなりバラバラな印象を与えるものになった。その「自然体」の雰囲気が、逆に今回の撮影プロジェクトにはふさわしいものだったのではないだろうか。同じアイヌ民族の血を引く人々といっても、彼らを取り巻く環境も、彼ら自身の「アイヌであること」へのこだわりも、大きく引き裂かれており、むしろその多様性こそが「アイヌ、100人のいま」の根幹であると思えるからだ。全体的にポジティブな、明るいトーンでまとめられた写真群には、「今一番言いたい事」というそれぞれのメッセージが添えられていた。それらもまた多種多様であり、写真と言葉とが絡み合いながら「100の物語」を織り上げている。アイヌの人たちを鏡にして、日本人のあり方を浮かび上がらせる、志の高さを感じさせるドキュメンタリーである。なお、展覧会は、キヤノンギャラリー大阪(7月13日~7月19日)、キヤノンギャラリー札幌(7月27日~8月9日)に巡回する。

2017/06/13(火)(飯沢耕太郎)

柴田敏雄「Bridge」

会期:2017/06/09~2017/07/10

Yoshiaki Inoue Gallery[大阪府]

山中のダムや斜面を削った法面など、自然と人工物が共存する風景を捉えた緻密な写真作品で知られる柴田敏雄。本展は、彼がベルギーの建築家ローラン・ネイから「自分が設計した橋を撮影してほしい」と依頼を受けて制作したカラー写真のシリーズを、関西で初めて紹介するものだ。彼の通常の作品とは若干テーマが異なるのかもしれないが、幾何学的な構図で橋の美と機能性を表現しており、見応えのある展覧会だった。撮影はキヤノンのデジタルカメラを用い、プリントも同社の大判プリントということで、技術的にも新たな挑戦だったようだ。作品のサイズは、写真としてはかなり大きな部類だが、解像度はまだまだ余裕があるのではないか。グルスキー並みの巨大サイズに引き延ばしたらどう見えるのだろうかと、勝手に妄想を膨らませてしまった。また別室ではモノクロの旧作も展示されており、新旧の作品を対比できるのも嬉しかった。

2017/06/12(月)(小吹隆文)

オープンスタジオ2017

会期:2017/06/09~2017/06/18

BankART Studio NYK[神奈川県]

BankARTの2、3階のほぼ全フロアをアーティストに貸し出すレジデンス・プログラム。今年は長期滞在アーティストも含めて計45組が参加、その成果発表が行なわれている。片岡純也+岩竹理恵は昨年もトボケた作品をつくってうならせてくれたが、今年も多彩な作品を見せてくれた。なかでも、浮世絵(春画)から使用済みの丸めたチリ紙の画像をピックアップして並べた作品が出色。なにが出てくるかわからないところが期待できる。
山田哲平はスピーカーを10台ほど下向きに吊り下げ、そこからたくさんの赤い糸を垂らし、中央に聴診器を置いている。中心に立って聴診器を胸に当てると、心臓の鼓動が増幅されてスピーカーから鳴り、赤い糸をリズミックに揺らす。赤い糸はまるで血流のようだ。これはよくできている。その隣の丸山純子は、コンビニ袋で花をつくったりプラスチックを溶かしたり石鹸を固めたり、いろいろやってきたが、最近は「の」の字型の渦巻きを紙にびっしり埋め尽くしていくドローイングを制作。なんだか草間彌生か真島直子に近づいてるようで怖い。
関川航平は壁いっぱいに文章を書いた紙を貼りつけていた。たしか、文字を書きながらその時々に思ったこと見たことなども書き連ねていく、というようなコンセプトだったと思う。単線的な文章=時間の進行を複線化する試みと理解したが、あまり読む気になれないし、読んでもおもしろくない。でもなにか表現することのためらいや恥じらいを感じさせる。陳亭君と鈴木紗也香はそれぞれ2階と3階にブースを借りて絵を描いていたが、画風こそ違えど、図らずも画中画のある室内風景をモチーフにしているところは同じ。どちらもアラサーと年齢も近く、各地でレジデンス経験を積んでいることも共通している。こんなことってあるんだ。

2017/06/09(金)(村田真)