artscapeレビュー
写真に関するレビュー/プレビュー
大辻清司フォトアーカイブ 写真家と同時代芸術の軌跡1940-1980
会期:2012/05/14~2012/06/23
武蔵野美術大学美術館[東京都]
写真家・大辻清司の回顧展。少年期のアルバムからオブジェの美学を追究した写真、そして「実験工房」や「具体」「暗黒舞踏」「人間と物質展」といった前衛芸術の現場を記録した写真、さらには雑誌『アサヒグラフ』における齋藤義重や北代省三、山口勝弘らとの共同制作まで、じつにさまざまな写真が一挙に展示された。大辻の人生の軌跡が、文字どおり写真と同伴していたことがよくわかる。瀧口修造が企画を手がけたことで知られている「タケミヤ画廊」で催された中村宏の個展を撮影した写真など、たいへん貴重な写真も多い(ちなみに「竹宮」だと早合点していたら、「竹見屋」だったことを初めて知った)。ネガフィルムをデジタル化したうえでiPadで自由に観覧させるなど、見せ方にも工夫が凝らされていた。大辻の写真には戦後美術史が焼きつけられていることを考えると、誰もが活用できるアーカイヴとしてぜひとも公開してほしい。
2012/06/20(水)(福住廉)
林ナツミ「本日の浮遊」
会期:2012/06/16~2012/07/29
MEM[東京都]
大ブレイクの予感を感じさせる写真展だった。6月16日に、僕と作者の林ナツミのトークイベントが開催されたのだが、雨模様にもかかわらずNADiff a/p/a/r/tIFの会場は超満員。林の写真への関心の高さを肌で感じることができた。彼女が「本日の浮遊」シリーズを、1年間の予定で自分のブログ「よわよわカメラウーマン日記」で公開しはじめたのは2011年1月1日だった。その「浮遊少女」のパフォーマンスは、特に海外で尻上がりに反響を呼び、台湾での写真展、写真集の刊行につながっていく。ブログやフェイスブックなど、これまでとはまったく違う回路で人気に火がついたというのは注目すべき現象だと思う。今回の個展の開催に続いて、7月には青幻舎から同名の写真集も刊行される予定だ。
林の写真の魅力は、撮影場所の設定から、実際の撮影、そしてプリントの選択、ブログへのアップに至るまでのプロセスを丁寧に、まったく手を抜かずにやっている所から来ているのだろう。1回の撮影で100回以上もジャンプすることもあるというから、体力がよく続くものだと感心してしまう。最初の頃は、まさに1日1枚のペースで発表していたのだが、あまりにも手間と時間がかかるので、自分のペースで制作することにして、現在は2011年6月の時点まで達しているのだという。なお、彼女はパフォーマンスに専念していて、シャッターを切っているのはパートナーの原久路である。「バルテュス絵画の考察」シリーズで、これまた内外の注目を集めている彼との共同作業も、「本日の浮遊」の大きな要素となっているのではないだろうか。まだ時間はかかりそうだが、ぜひ最後まで「浮遊」を全うし続けていってほしいものだ。
2012/06/16(土)(飯沢耕太郎)
植田正治「童暦・砂丘劇場」
会期:2012/06/05~2012/07/01
JCII PHOTO SALON[東京都]
植田正治が1971年に刊行した写真集『童暦』(中央公論社)は、僕にとっても忘れがたい写真集だ。当時『カメラ毎日』の編集部員だった山岸章二が企画・編集した「映像の現代」シリーズの第3巻として刊行されたこの写真集は、山陰地方を拠点に活動する「地方作家」であった植田の名前を、一躍全国に知らしめるものとなった。僕自身もこの写真集で彼の写真の面白さに開眼したひとりであり、何度見直しても驚きと感動を覚える。山陰の風土とそこに生きる人々の姿を、四季を通じて撮影したドキュメンタリーとしてももちろん優れた成果なのだが、それ以上に小さな子どもたちの存在のはかなさと輝きが、詩情とともに浮かび上がってくる、極めつきの名作と言えるだろう。
今回の展示では、ペンタックスカメラ博物館に旧蔵され、2010年に日本カメラ財団に移管された、その「童暦」シリーズの代表作を見ることができた。ただし、写真集の『童暦』に収録されたものとは微妙に構図が違う、別カットのプリントも含まれているのが興味深い。植田が、いったん作品を写真集として完成させた後でも、さらに試行錯誤を続けていったことがわかる。それに加えて、自宅近くの弓ケ浜や鳥取砂丘を「巨大なホリゾント」を持つ劇場に見立てて撮影した「砂丘劇場」のシリーズも、あわせて展示してあった。戦前の傑作「少女四態」(1939年)から1980年代の「砂丘モード」に至るまで、この日本には珍しい広々とした開放的な空間が、植田のインスピレーションを常に刺激し続け、魅力的な群像写真の連作として結実していったことが、そこにはよく表われていた。
来年(2013年)は、いよいよ植田正治の生誕100年の年だ。そろそろ、その写真家としての全体像をしっかりとかたちにしていかなければならない時期が来ているということである。
2012/06/15(金)(飯沢耕太郎)
佐藤志保、畠山雄豪、人見将の写真展「念力、滲透、輪郭」
会期:2012/06/13~2012/06/24
昨年7月に東川町国際写真フェスティバルの関連行事として開催されたリコーポートフォリオオーディション。鷹野隆大と一緒に僕も審査に参加したのだが、そのレベルの高さにびっくりさせられた。ポートフォリオを制作し、自分の作品をプレゼンテーションするということが、写真家たちの間にごく当たり前のルーティンとして定着しつつあるということだろう。そのときは北海道札幌在住の山本顕史がグランプリに選ばれ、昨年11~12月に東京・銀座のリコーフォトギャラリーRING CUBEで個展「ユキオト」が開催された。だが次点に残った佐藤志保、畠山雄豪、人見将の作品も甲乙つけがたく、あまりにも惜しいということで、今回その3人で「念力、滲透、輪郭」と題する展示を開催することになった。
佐藤志保の「念力」はダウジング、テレポーテーション、透視、幽体離脱などの超常現象をテーマにした作品。それぞれの状況をモデルに演じてもらい、とても気のきいたテキストを付して作品化している。4×5インチの大判カメラで撮影したプリントのクオリティが高く、脱力感のあるユーモアが独特の味わいを醸し出していた。畠山雄豪の「滲透」は、川の中に顔を覗かせる石を真上から撮影し、水と鉱物との「滲透」の状況を細やかに浮かび上がらせる。作品を床に並べて、その間を観客が縫うように歩き回れるように設定したインスタレーションがなかなかよかった。人見将の「輪郭」は、人体の影を定着したフォトグラム作品。さまざまなポーズをとるシルエットに、コラージュやドローイングで装飾的な要素を付け加え、軽やかな遊び心を発揮する作品に仕上げている。
3人とも、今後の活躍が大いに期待できる。オープニングの会場で、畠山から来年秋に山本顕史も含めた4人展を開催したいという抱負が述べられた。偶然の機会で出会った4人だが、おのおのの力が融合し、化学反応を起こすとさらに面白くなるのではないだろうか。
2012/06/13(水)(飯沢耕太郎)
やまもとひさよ写真展「大川さん」
会期:2012/06/11~2012/06/16
Port Gallery T[大阪府]
出品作品はすべてサービス判の紙焼き。安価なフォトフレームに収められた作品は、一部が破かれる、焼かれる、折り曲げて全体が見えないなど、ノーマルなものは1枚もない。ここでタイトルの「大川さん」が気になり始める。作家と大川さんは恋愛関係だったのか? いや、そもそも大川さんは実在するのだろうか? と。現実とフィクションの狭間を戯れるには、写真が最も適したメディアであろう。しかも、折り曲げたり焼いたりするのはデータでは不可能だ。本展は、紙焼き写真でしか実現しえない表現領域がまだまだあることを知らしめてくれた。
2012/06/11(月)(小吹隆文)