artscapeレビュー

写真に関するレビュー/プレビュー

藤原更「Neuma」

会期:2012/03/10~2012/04/09

エモン・フォトギャラリー[東京都]

藤原更は愛知県出身で、現在パリを拠点として写真作品を発表しているアーティストだ。今回の東京での初個展で、初めて彼女の作品を見たのだが、なかなか不思議な味わいのものだった。
大判のインスタントカメラのフィルムで、蓮の茎や葉、水面などを撮影した画像をスキャンして大きく引き伸ばしている。あえて、期限切れのフィルムを使っているので、画像は漂白されたようなあえかな色味になり、画面の周囲にはインスタント写真特有の滲みや掠れができている。その手触り感のある画面は、一見、パソコンで加工したように見えるのだが、実際にはまったく操作していないのだそうだ。被写体が二重三重に重なり合っているので、あたかも薄膜をそっと積み重ねたような微かなブレが生じ、その微妙なたたずまいの画像が眼に快く浸透してくる。のびやかで芳醇な表現意欲を感じさせるいい作品だ。
タイトルの「Neuma」というのは、中世のグレゴリオ聖歌などで使用された、波のうねりのように上下する記譜記号だという。たしかに、藤原の作品を見ていると、音楽が発想の基本になっているのではないかと思う。それも気持ちが浮き立つような、華麗に弾ける音の連なりではなく、どちらかといえば沈鬱でメランコリックな響きの「Neuma」ただ、もしかすると彼女のなかにはもっと別の音楽も流れているのではないかという気もしないでもない。機会があれば、別のシリーズも見てみたいと思う。

《Neuma》2010, Lambda Print

2012/04/04(水)(飯沢耕太郎)

小原一真『RESET - BEYOND FUKUSHIMA(福島の彼方に)』

発行所:Lars Müller Publishers

発行日:2012年3月10日

1985年、岩手県生まれの小原一真は、東日本大震災の3日後に勤めていた会社を辞め、被災地に入ることを決意した。それから1年以上、大津波の現場だけではなく、復興へ向かって立ち上がる人々、新たに誕生した生命、元気に校庭を走り回る子どもたちなどを、粘り強く、つぶさに撮影し続けてきた。圧巻は自ら2011年8月に作業員と一緒に送迎バスで福島第一原子力発電所の免震重要棟に入り込み、隠し撮りで撮影した一連の写真だろう。報道関係者の立ち入りが厳しく規制されているなかでの彼の行為に対しては、問題視されても仕方がないところがある。だが、いつの時代でも「これを撮らなければならない」という写真家の強い思いは最大限に尊重されるべきではないだろうか。原発の作業員たちの気魄のこもったポートレートとインタビューも含めて、震災後、ここまで被写体に肉迫した写真とテキストはほかにはなかったと思う。
その小原の写真集『RESET BEYOND FUKUSHIMA 福島の彼方に』は、スイスのLars Müller Publishersから刊行された。このことについては、やや忸怩たる思いがある。おそらく小原は日本の出版社から写真集を出す可能性も模索したはずだ。だが、結果的にそれは実現できなかった。逆に国際的な評価の広がりという点においては、これでよかったともいえる。それでも、日本の写真界がこのような仕事をきちんと引き受けることができなかったというのはやはり残念だ。写真集は英語と日本語のバイリンガルで丁寧につくられているので、日本の多くの読者にもうまく届くことを望みたいものだ。

URL=http://resetbeyondfukushima.com/

2012/04/01(日)(飯沢耕太郎)

MOTOKO「田園ドリーム」

会期:2012/03/28~2012/04/10

銀座ニコンサロン[東京都]

MOTOKOは2003年に刊行の『Day light』(ピエブックス)におさめた森の写真を撮影するために、初めて滋賀県を訪れた。琵琶湖の周辺の「里山の荒廃によって急速に失われていく日本の原風景」に強く魅せられた彼女は、2006年から取材・撮影し始めた。最初の頃は里山や棚田の風景、民間行事、祭りなど「ハレの日」の情景を中心に撮影していたのだが、次第に農家の暮らしに興味が移り、2008年から本格的にルポルタージュを開始する。その過程で、若手農家集団「コネファ」との協力関係ができて、展示やイベントを精力的にこなしてきた。現在は「田園ドリームプロジェクト」という名称で活動を展開している。
MOTOKOの写真は、まさに「日本の原風景」というべき琵琶湖の湖岸地域の自然、農業、祭事などを総合的にとらえており、気持ちよく目に飛び込んできて淀みがない。この地域の暮らしぶりを、明快なイメージでいきいきと浮かび上がらせているといえるだろう。ちょっと気になったのは、展示されている写真にキャプションがまったくなかったこと。むろん、写真家が被写体をどんな切り口で撮影しているのかを見せるのが眼目だから、余分なテキストを省くという選択はありえる。だが、たとえば祭りの演目、料理など生活の細部の情報は、観客にとって重要な意味をもつのではないかと思う。写真とテキストが一体化した展示を考えてもよかったのではないだろうか。

2012/03/30(金)(飯沢耕太郎)

任田進一 屹立する白

会期:2012/03/27~2012/04/19

くちばしニュートロン[京都府]

以前の作品では、煙の塊が空中で静止しているような不思議な情景を写真に収めていた任田進一。本展の新作は乳白色の雲のようなものを捉えており、前作以上に複雑な表情を見せてくれる。気象衛星から捉えた大気の様子とでもいえばよいのだろうか。一体どのような手法を用いたのだろうか。謎解きが本意ではないことは承知だが、あまりにも神秘的な図像なので、どうしても制作法を知りたくなってしまう。

2012/03/28(水)(小吹隆文)

清家冨夫「OVERLOOK」

会期:2012/03/02~2012/04/28

フォト・ギャラリー・インターナショナル[東京都]

清家冨夫は日本よりはむしろ欧米諸国で高い評価を得ている写真家。1980年代に発表した女性ポートレートのシリーズ「ZOE」を皮切りに、イギリス・ロンドンのハミルトンズ・ギャラリーやアメリカ・カーメルのウェストン・ギャラリーなどで個展を何度も開催してきた。その詩情あふれる、高級感を漂わせる作品にはファンも多い。日本人には珍しく、プリントで勝負できる写真家のひとりといえるだろう。
今回の新作は、これまでモノクローム・プリントで作品を発表してきた彼のイメージをくつがえす意欲作である。デジタル、カラー、インクジェット・プリントという新たなジャンルに踏み込もうとしている。タイトルが示すように、画面はやや高い場所から海辺を「見渡す」視点で統一されている。その3分の2は海面が占め、残りは砂浜だ。海は季節や天候の変化によって、金属的な輝きを発したり、シルクの布のように柔らかくうねったりしている。その海面と砂浜とのちょうど境界のあたりに、人や犬の姿がぽつりぽつりと見える。その距離の取り方が絶妙で、突き放しているわけでも感情移入しているわけでもない、とてもきれいなシルエットとして処理されているのが目に快い。カラーといってもよくコントロールされたモノトーンの画面なので、あまりうるさい感じはなく、いかにも清家の作品らしく静謐な雰囲気を保っている。完成度の高いシリーズとして成立しているのではないだろうか。
撮影地は清家がよく滞在しているイギリスのブライトン・ビーチだという。ハミルトンズ・ギャラリーから、限定1,000部で同名の写真集も刊行されている。

2012/03/28(水)(飯沢耕太郎)