artscapeレビュー

マンガと戦争展 6つの視点と3人の原画から

2015年09月15日号

会期:2015/06/06~2015/09/06

京都国際マンガミュージアム[京都府]

第二次世界大戦をテーマとしたマンガに焦点を当て、「原爆」「特攻」「満州」「沖縄」「戦中派の声」「マンガの役割」という6つのテーマを設定、それぞれ4つの象限にベクトル分けして計24作品を紹介する企画展。紹介作品は、「原爆」のテーマでは『はだしのゲン』(中沢啓治)、『夕凪の街』(こうの史代)、「特攻」では『ゼロの白鷹』(本宮ひろ志)、『積乱雲』(里中満智子)、「満洲」では『フイチン再見!』(村上もとか)、『のらくろ探検隊』(田河水泡)、「沖縄」では『ひめゆりたちの沖縄戦』(ほし☆さぶろう)、『cocoon』(今日マチ子)、「戦中派の声」では『総員玉砕せよ!』(水木しげる)、『紙の砦』(手塚治虫)など。また「マンガの役割」では、娯楽作品に加え、学習マンガや『戦争論』(小林よしのり)など政治的主張を担った作品も紹介。戦争の描写に関するページを拡大して複製パネルに展示するとともに、メインの紹介作品以外の作品も掲載誌や単行本が資料として展示された。
同じテーマでも、「フィクション/ノンフィクション」「戦争体験世代による/戦後世代による」「戦場(男の子文化)/銃後(女の子文化)」「教育/娯楽」など複数のベクトルに分かれることで、マンガにおける戦争像の多面性を提示している。このベクトル化は、ともすれば壁面に頼って平面的になりがちな「マンガの展示」空間においてもうまく機能していた。上述の対立する二項がxとyの二軸で示され、4つの象限に分かれた座標空間を形成するのに合わせて、テーマ毎に分かれた空間は十字形に仕切られ、足元に描かれた矢印が各ベクトルの方向性へと誘導する(下図参照)。例えば、「特攻」のテーマでは、「戦場(男の子文化)/銃後(女の子文化)」と「戦争のためのドラマ/ドラマのための戦争」という二軸が設定され、特攻兵器・桜花と搭乗員たちの戦闘をメカニカルな描写とともに描いた『音速雷撃隊』(松本零士)は「戦場(男の子文化)×戦争のためのドラマ」の座標に位置づけられ、一方、特攻隊員となった恋人を三者三様の想いで見送る女性たちの恋愛を描いた『積乱雲』(里中満智子)は「銃後(女の子文化)」×ドラマのための戦争」の座標に位置づけられるなど、同じテーマでも作品どうしの差異や対比が興味深い。
立体的な展示空間の工夫とともに、内容面でも意外な発見があった。例えば、少女マンガにおける「難病もの」のひとつとして「原爆症」が描かれたことや、「原爆マンガ」の比重は広島が多く、長崎を扱ったものが少ないこと。また、文学や絵画に比べ、マンガにおける「シベリア抑留」の主題化は遅く、2008年に同人誌として発表された『凍りの掌』(おざわゆき)が初めてだったことなどだ。
いうまでもなくマンガは、ストーリーと画力で物語に感情移入させる強い力をもち、教科書で学ぶ以外の「戦争」について、世代間を超えて記憶を受け継がせる役割を担い得る。その際、マンガは、記憶の継承や戦争の非人道性の描写といった「正しい」役割だけでなく、メカニックへの偏愛、悲恋のドラマ、家族愛、自己犠牲、ナショナルな「物語」の形成、といった読者の興味や欲望を惹きつける要素を巧妙に含みながら、「戦争」イメージの可視化に寄与してきた。また、マンガの生産は商業ベースである以上、読者の興味や年齢層から遠いものは、題材化されにくい傾向もある(例えば、上述した「シベリア抑留」の主題化の少なさは、ドラマ性や画的な派手さに欠けると思われてきたことも一因ではないか)。本展は、「戦争」という切り口から、メディアとしてのマンガの受容が果たす社会的役割について考える機会となった。
また折しも、館内入り口付近では、実写化映画の公開に合わせて、『進撃の巨人』のプロモーションが派手に行われていた。ぜひ本展の続編として、「マンガと戦争展(イメージ・ファンタジー編)」の企画を期待したい。マンガのもつ親しみやすさやビジュアルの魅力は、「戦争を語ること」に対するタブーや忌避感を武装解除させる一面をもつ。だが同時に、物語のビジュアル化を通して感情に訴える力を本領とするマンガが、「戦争」という強い喚起力を持つ主題と結び付く時、メロドラマ、闘争本能、(異性・兵器の)フェティッシュ化といった様々な欲望を引き寄せる力を併せもつ。その延長線上に、『艦隊これくしょん』や『ヘタリア Axis Powers』など、兵器や軍国主義国家の「萌えキャラ」としての擬人化の流行現象も考えられるのではないか。つまり、ジェンダー的枠組みの強化によって、受容者層の欲望に巧妙に訴えかけながら(ミリタリー×美少女キャラ/美少年キャラ)、エクスキューズとしての無害化を装った「萌えキャラ」として愛でる嗜好が孕む危うさである。

2015/08/22(土)(高嶋慈)

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