2017年12月15日号
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artscapeレビュー

西洋更紗 トワル・ド・ジュイ

2016年07月01日号

会期:2016/06/14~2016/07/31

Bunkamuraザ・ミュージアム[東京都]

「トワル・ド・ジュイ」とは、ジュイの布の意。フランス・ヴェルサイユ近郊の村、ジュイ=アン=ジョザスで作られた銅版プリントの綿布(更紗)のことで、人物を配した田園風景のモチーフで知られている。ドイツ出身のプリント技師、クリストフ=フィリップ・オーベルカンプ(1738 - 1815)がこの地に工場を設立したのは1760年。1843年に工場が閉鎖された後も現在にいたるまでオーベルカンプの工場で生み出された意匠のコピーや模倣品はつくられ続けている。この展覧会では、トワル・ド・ジュイ美術館が所蔵するオリジナルの西洋更紗の紹介を中心に、その歴史を辿る。
更紗とは、手描きもしくは捺染によって図柄を染めた綿布。17世紀後半にヨーロッパ各国の東インド会社がインド更紗を輸入するようになると、薄手、軽量で、鮮やかな色彩で染められ、洗濯も容易な更紗はヨーロッパでブームを起こした。しかし、更紗の輸入はヨーロッパの伝統的な毛織物産業にとって脅威であり、また貨幣の海外流出を意味したため、フランスでは1686年にインド更紗の製造・輸入・着用のいずれもが禁止された。ただ、じっさいには密輸が横行して実効性がなかったばかりか、禁止令は国内のプリント産業に大きな打撃を与えた。1759年に禁止令が解除されたとき、フランス国内にはすでにプリントの技術を持った者がいなくなってしまっていたために、スイスの工房から招かれた人物がオーベルカンプだった。彼は一時パリの工場で働いた後、ヴェルサイユ近郊のジュイ=アン=ジョザスにプリント工場を設立した。
一般的にトワル・ド・ジュイというと銅版プリントによる更紗を指すようだが、オーベルカンプが最初に行なったのは木版による多色プリント。彼は技術者としてばかりではなくマーケティングにも優れた人物で、工場では輸入されたインド更紗を模倣した豪奢な更紗を製造する一方で、色数が少ないプリントも製造し、意匠の点でも価格の点でも幅広い客層の好みを満足させる多様な布地を取り揃えていた。暗い背景に生い茂る草花をモチーフにした《グッド・ハーブス》と呼ばれる一連のプリントはとても良く売れ(この「グッド」には良く売れるデザインという意味も含まれていたそうだ)、多くの模倣品がつくられた。更紗の用途としては、大柄のものは壁掛けなどの室内装飾に、小柄のものは服に用いられた。マリー・アントワネットのワードローブには、トワル・ド・ジュイで仕立てられたドレスが含まれていたそうで、本展には、彼女のドレスの断片をブックカバーに用いたとされる本が出品されている。
オーベルカンプの工場は、1770年にはイギリスから銅版プリントの技術を、1790年代末には銅版ローラーによるプリント技術を導入した。銅版のサイズは約1メートル四方で木版よりもずっと大きく、プリントの大量生産に向いていた。また、木版よりもはるかに細かいデザインが可能になった。ただし木版と違ってプリントは単色。それゆえ、デザインによっては手作業で彩色されたり、木版が併用されたりもした。木版単独のプリントもつくられ続けた。銅版プリントの成功に大きな役割を果たし、「トワル・ド・ジュイ」の様式をつくりあげたのは画家ジャン=バティスト・ユエ(1745 - 1811)。オーベルカンプ自身は技術者・経営者であり、デザイナーではなかったが、経営の成功にとってデザインが重要であることをよく分かっていた。常にデザインに気を配り、1760年から1843年までに、3万点以上のモチーフが製造されたという。
展示はヨーロッパにおける田園モチーフの源泉である中世のタペストリーから始まり、インド更紗への熱狂の様相を経て、オーベルカンプの仕事に移る。またその後の世代への影響として、ウィリアム・モリスのプリント綿布や、ビアンキーニ=フェリエ社のためにラウル・デュフィがデザインしたテキスタイルが出品されている。技術的にもデザイン的にもインド更紗の模倣から始まったジュイの布が、ヨーロッパの銅版画の技術を応用し、中世からの伝統的なモチーフや古典主義の意匠を取り入れて変容してゆく歴史的過程を見ることができてとても興味深い。ジュイの布以外は、女子美術大学の旧カネボウコレクション、五島美術館や染司よしおか、文化学園服飾博物館、島根県立石見美術館のコレクションなどによって展示が構成されており、日本のミュージアムにおける西洋テキスタイルコレクションの厚みを感じる。[新川徳彦]

2016/06/14(火)(SYNK)

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