2018年04月15日号
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artscapeレビュー

2016年07月01日号のレビュー/プレビュー

ライアン・マッギンレー BODY LOUD!

会期:2016/04/16~2016/07/10

東京オペラシティ アートギャラリー[東京都]

写真家のライアン・マッギンレー(1977-)の個展。日本の美術館では初めての個展で、初期作から最新作まで、およそ50点の作品が展示された。
広大な大自然の中のヌード。マッギンレーの作品の醍醐味は、牧歌的で平和的な自然環境のなかで精神を解放したように自由を謳歌する若者たちの、のびやかな感性を味わえる点にある。寓話的といえば寓話的だが、隠された意味を解読しようとしても、あまり意味はない。それより何より、鮮やかな色彩で映し出された自然と肉体の美しさのほうが際立っているからだ。主体的な解釈を要求する批評の水準は後景に退き、世界をあるがままに受容する受動性が前景化しているのである。
そのような性質の写真が現代写真の一角を占める、ひとつの主要な傾向であることは否定しない。しかし展覧会の全体を振り返ったとき、いささか物足りない印象を覚えたことも否定できない事実である。それは、ひとつには展示された作品が思いのほか少なかったことに由来するのだろう。だが、その一方で、もしかしたらそのような欠乏感こそが、マッギンレーの写真の本質の現われとも言えるのではないか。
例えば、たびたび比較の対象として言及されるヴォルフガング・ティルマンスの写真の真骨頂は、そのインスタレーションにおける絶妙な空間配置にある。2004年に同館で催されたティルマンスの個展がいまなお鮮烈な印象を残しているように、大小さまざまな写真を有機的に配置することで、平面でありながら独特の立体感を醸し出し、一つひとつは断片でありながら、総体的には奥行きのあるひとつの世界を出現させるのだ。写真集とはまったく異なる、展覧会という空間表現に長けた写真家であるとも言えよう。
それに対してマッギンレーの写真インスタレーションは徹底して平面的である。500枚のポートレイトを構成した《イヤーブック》の場合、30メートルの壁面を埋め尽くした500人のヌード像はたしかに壮観ではあるが、単調といえば単調で、ティルマンスのような美しいリズム感は望むべくもない。こう言ってよければ、まるでモニター上のサムネイルをわざわざ拡大したかのように見えるので、鑑賞の視線が耐えられず、たちまち飽きてしまうのだ。事実、マッギンレーの写真は、写真集は別として、少なくとも展覧会よりスマートフォンやタブレットで鑑賞するほうが、ふさわしいように思う。
しかし、ここにあるのは写真とメディアの形式的な関係性という問題だけではない。写真をいかなるメディアで鑑賞者に届けるかという問題は、必然的に、写真と現実の関係性をどのように考えるかという根本的な問題に結びついているからだ。ティルマンスがインスタレーションという形式を採用したのは、おそらく、そうすることで現実社会のなかに写真を介入させるためだった。写真の内容ではなく形式によって現実社会と接合していると言ってもいい。一方、マッギンレーは同じ形式によりながらも、あくまでも写真を平面のなかに限定したのは、インスタレーションの技術が未熟だからではなく、むしろ彼は写真を現実社会から切り離された自律的な世界として考えているからではないか。ティルマンスが写真によって現実に接近しているとすれば、マッギンレーは逆に現実から遠ざかっている。あの、反イリュージョンとも言いうる、じつに平面的な写真は、現実社会との隔たりを示す記号であり、だからこそ鑑賞者はマッギンレーが写し出した牧歌的で神秘的な世界を思う存分堪能できるのである。
マッギンレーの写真に覚える欠乏感を埋めるものがあるとすれば、それはむしろ絵画なのかもしれない。なぜなら、それは写真でありながら、同時に、徹底して平面であることを自己言及的に表明する点において20世紀以降の現代絵画と近接しており、自然の中のヌードを写し出している点において、裸体画の伝統に位置づけることができるからだ。マッギンレーは、実はカメラによって絵画を描いているのではないか。

2016/05/20(金)(福住廉)

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1945年±5年 激動と復興の時代 時代を生きぬいた作品

会期:2016/05/21~2016/07/03

兵庫県立美術館[兵庫県]

最近の芸能人の不倫騒動や、東京都知事の辞任問題を見て感じるのは、とにかく白黒をはっきりつけたがる、相手に少しでも落ち度があれば徹底的に叩いても構わないという、硬直した風潮である。現実はもっと複雑で、世の中の事象の多くはグレーのグラデーションではないかと思うのだが(悪質な犯罪は除く)。それは過去を振り返る場合も同様で、ステレオタイプな印象で判断すると、本質を見失いかねない。1940年~50年の日本の美術をテーマにした本展を見て感じたのはそういうことだ。例えば、太平洋戦争初期の1942年には、まだお洒落な洋装の女性を描いた油彩画が発表されていた。戦後に国家を断罪する作品を描いた美術家が、戦中は大東亜共栄圏を賛美する作品を手掛けていた。戦争画を描いた画家のなかには、満州のロシア人地区など海外の珍しい風景をスケッチしたいがために従軍した者が少なからずいた。それは研究者にとっては既知の事実かもしれないが、少なくとも筆者には初耳の新事実であった。もちろん当時は国家総動員体制で、思想統制・報道統制が敷かれており、戦況の悪化とともに国民は耐乏生活を強いられ、戦地・銃後を問わず多くの人が亡くなった。それは紛れもない事実だが、一方で別の事実があることも知っておかなければ、人は知らず知らずのうちに偏見に絡め取られてしまうだろう。近代日本史上最大の激動期を、白か黒かではなくグラデーションとして提示した点に本展の価値はある。

2016/05/21(土)(小吹隆文)

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あゝ新宿 スペクタクルとしての都市

会期:2016/05/28~2016/08/07

早稲田大学坪内博士記念演劇博物館[東京都]

おもに60年代の新宿の芸術文化を振り返った企画展。演劇をはじめ美術、映画、文学、建築、テレビ、雑誌などから当時の熱気を浮き彫りにしている。フェンスやトタンなどを組み合わせた動線に沿って、写真やポスター、映像などの資料群が展示された。
展示で強調されていたのは、空間と人の密接な関係性。当時の新宿には、大島渚、唐十郎、寺山修司、土方巽、三島由紀夫、山下洋輔、横尾忠則ら、多士済々の芸術家が行き交っていたが、彼らの活動は新宿の中の特定の場所と結びついていた。紀伊國屋書店やアートシアター新宿文化、蠍座、風月堂、DIG、新宿ピットイン、花園神社、そして新宿西口広場。新宿の熱源に引き寄せられた若者たちは、そうしたトポスを転々と渡り歩きながら、さまざまな芸術文化を目撃し、あるいは体験することで、結果的に新宿の発熱に加担していたのであろう。
今日、そのような発熱の循環を担保するトポスは見失われている。それらが新宿にないわけではないが、それぞれのジャンルは自立しており、かつてのように、さまざまなジャンルを越境するエネルギーは、もはや望むべくもない。それは、いったいなぜなのか。
学生運動やベトナム反戦運動の高まりに手を焼いた警察当局が、新宿西口広場の意味性を「広場」から「通路」に強引に読み替えることで、実質的に集会を禁止したことは、よく知られている。すなわち、ここは「通路」であるから人が滞留することは許されない。よって、速やかに移動せよ、というわけだ。熱源の坩堝としての新宿は、かくして分断され、拡散され、霧消してしまったのだ。
しかし、空間と人の関係性を希薄化したのは、警察権力による工作だけに由来するわけではあるまい。当時、芥正彦をはじめ唐十郎、寺山修司らは街頭演劇を盛んに仕掛けていたが、それらの記録写真を見ると、そこで印象的なのは、その突発的な路上パフォーマンスを取り囲む、おびただしい野次馬たちである。彼らは訝しさと好奇心が入り混じった視線で、ある程度の距離感を保ちながら、不意に遭遇したパフォーマンスを目撃している。むろん、彼らは劇場の観客のように指定された座席で静かに演目を見守る鑑賞者の身ぶりとは程遠い。だが、距離を隔てながらも、そのパフォーマンスを目撃しているという点で、彼らは街頭演劇の「鑑賞者」となっていたのではないか。寺山修司の言い方を借りて言い換えれば、人はあらかじめ鑑賞者であるわけではなく、未知の表現文化に遭遇することで、鑑賞者と「なる」のである。
今日の都市文化に熱を感じられない理由のひとつは、私たち自身が鑑賞者に「なる」努力を放棄してしまっていることにある。本展で取り上げられていたような若者文化が、いまや正統な文化史として歴史化されていることを念頭に置けば、今後の私たちが取り組まなければならないのは、かつての新宿文化をノスタルジックに崇めることでは、断じてない。それは、現在の新宿で繰り広げられている、有象無象の表現文化を目撃する鑑賞者となることである(本展とは直接的に関係するわけではないが、リアルタイムの事例を挙げるとすれば、バケツをドラムに、塩ビ管をディジュリドゥにしながら新宿の路上などで演奏しているバケツドラマーMASAを見よ!)。歴史が生まれるのは、そこからだ。

2016/05/30(月)(福住廉)

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ライゾマティクス グラフィックデザインの死角

会期:2016/05/26~2016/07/09

京都dddギャラリー[京都府]

最新のデジタル技術を駆使してさまざまなクリエーションを手掛けるプロダクション、ライゾマティクスが、グラフィックデザインをテーマにした展覧会を開催。田中一光、福田繁雄、永井一正、横尾忠則のポスター約3000点を解析し、「配色」「構成」「感性」の3項目でそれぞれの特徴を数値化。そして、これまでのグラフィックデザインが見逃してきた領域(=死角)を見つけ出し、新たな創造の可能性を提案した。解析結果を見ると、例えば「配色」では、田中一光は白に顕著な特徴が見られるのに対し、福田と永井は黒がキーカラーだが、ほかの色との関係が対照的だ。そして横尾はほかの3人とはまったく異なる特性を持つ。こうした知見は過去にも批評家の言葉で主観的に示されていたかもしれないが、客観的な数値をもとに3Dヴィジュアルイメージ等で示されると、やはり新鮮な驚きを禁じ得ない。その一方、発見した「死角」を基に制作した4点のポスターは、いまいち魅力に欠けていた。少なくとも現時点では、人間の創造力がコンピューターを上回っているようだ。

2016/05/31(火)(小吹隆文)

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中島千波とおもちゃシリーズ 画家のひみつ

会期:2016/05/31~2016/07/10

渋谷区立松濤美術館[東京都]

現代日本画壇事情には疎いが、それでも中島千波といえば桜の絵を代表とする花鳥、人物、風景の画家として著名であることは知っている。多岐にわたる制作活動の中で、中島千波が生涯描き続けたいと語っているのが、本展で特集されている「おもちゃシリーズ」だ。描かれているのは「おもちゃ」といってもトイではなくて、陶製や木製の動物たちの置物──いわゆる民芸品で、メキシコの陶製・木製の動物をはじめてとして、ペルーやフランス、ベルギー、インド、日本など、産地はさまざま。「おもちゃシリーズ」では、だいたい前景にいくつかのおもちゃと花が組み合わされ、背景に窓が描かれている。最初におもちゃを描いた作品は1972年の《桜んぼと鳩》(本展には出品されていない)。そこにはその後のシリーズの原型がすでにある。銅版画家・浜口陽三のサクランボの作品のようなものを日本画にしたらどうなのだろうというところから始まったという。窓は「結界」で、デュシャンやマグリットの影響。初期の作品に描かれている窓の外にただよう雲や、割れたワイングラスや壊れたテーブルの脚は社会の不安を表し、平和の象徴である鳩と対比している。しかし、近年描いているおもちゃシリーズはメルヘンの世界だという。じっさい出展作品の大部分は純粋に楽しく見ることができるものばかりだ。地階展示室は、主に2008年に高島屋美術部創設100年を記念して開催された展覧会のために描かれたもの。2階展示室は、初期作品と近年の作品とが並ぶ。これは本人が語っていたことだが、おもちゃシリーズは売れないのだそうだ。これは意外だった。やはり桜の画家としてのイメージが強いのだろうか。2008年の展覧会出品作品は大部分が手元に戻ってきて、半分は自宅に、半分はおぶせミュージアム・中島千波館(長野県)に寄贈し、それゆえ今回まとまって出品することができたのだという。
本展では、おもちゃシリーズの作品とモチーフになったおもちゃ、花のデッサンが合わせて展示されている。とくに地階展示室ではおもちゃが露出展示されており、ディテールを間近で見ることができる。花はそれぞれの旬にデッサン、着彩されたもの。どの作品に用いるかは関係なく描きためられたもののなかからモチーフが選ばれるという。おもちゃはほとんどの場合デッサンを経ることなく、実物を見ながら直接描いているとのこと。作品と見比べると、色や模様はデフォルメされることもあるようだ。このようにふだん見ることができない創作のプロセスを見せているがゆえに、展覧会のサブタイトルは「画家のひみつ」なのだ。
モチーフに用いられたおもちゃのなかでも、メキシコ・トナラの陶製の動物、オアハカの木製の動物たちはとても魅力的。画のモチーフになったもの以外にも画家はたくさんのおもちゃを所有しているそう。いつの日か、中島千波コレクション展を見てみたい。[新川徳彦]


展示風景

★──中島千波『おもちゃ図鑑』(求龍堂、2014)8~9頁

2016/06/02(木)(SYNK)

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