2018年06月15日号
次回7月2日更新予定

artscapeレビュー

村田真のレビュー/プレビュー

末永史尚「サーチリザルト」

会期:2018/1/19~2018/2/18

Maki Fine Arts[東京都]

キャンバスに巨匠の絵が15-30個ほど描かれている。ピカソ、モンドリアン、ミロ、モランディ、ロスコ、フォンタナ、北斎らの作品だ。これはネットで画家の名前を検索したとき出てくる画像をそのままの配列で描いたもの。こうした検索システムがどうなってるのか知らないけど、たぶん検索件数が多いほど上位に登場するだろうから、ここに描かれているのはその画家の人気のある作品、いいかえれば代表作ということになる。ピカソでいえば、《鏡の前の少女》《3人の音楽家》《アヴィニョンの娘たち》などが上位に入っている(試みにいま「ピカソ」で画像検索したら、3番目に岡本太郎の絵が入って来た)。作品の配列も間隔も色彩も、なるべくネット上に表示されたまま忠実に再現しているというが、たとえばホイッスラーの写実絵画などは細部が簡略化されていて、そこがいいんだな。作品と作品のあいだは白く区切られているので、一見コマ割りマンガのようにも見える。これはおいしい。3週間ほど前に見た「ジェネリック・オブジェクト」が身近な物体を絵画化する試みだとすれば、今回の「サーチリザルト」は、デジタル化され実体を失った絵画を再び絵画化(=物体化)する試みといえる。

2018/02/09(村田真)

ルドン─秘密の花園

会期:2018/02/08~2018/05/20

三菱一号館美術館[東京都]

「秘密の花園」とはなにやら妖しげなサブタイトルだが、実際ルドンの妖しい世界を堪能できる展覧会だった。そもそもなぜ三菱一号館で「ルドン展」かというと、同館がルドンの巨大なパステル画《グラン・ブーケ》を所有しているからであり、これを入手するときから独自に「ルドン展」を構想していたという。その目玉が《グラン・ブーケ》を含むドムシー城の装飾画の再現なのだ。この装飾画はドムシー男爵の城館の食堂の4つの壁面を埋めるように制作された計16点の連作で、パターン化した植物モチーフをシックな色合いでまとめ、どこか日本の屏風や襖絵を思い出させる。

連作は1901年に完成したが、プライベートな城館に常設展示していたため長いあいだ日の目を見なかった。その後オルセー美術館が15点を所蔵し、作風も画材も異なる《グラン・ブーケ》のみ、2010年の開館年に三菱一号館が取得。しかしすぐに日本には運ばず、翌年パリで開かれた「ルドン展」に貸して世界初公開したという経緯がある。今回オルセーから15点を借りられたのは、こうした貸し借りの関係があるからだろう。ちなみにオルセー所蔵の15点は三菱一号館のもっとも広い部屋に並べられたが、《グラン・ブーケ》は壁にはめ込まれているため、別室での展示となった。しかしこの絵は壁に固定されている上スポットライトが当てられているため、まるでプロジェクターで投影した映像のように見える。イメージを見るにはそれでいいのかもしれないが、物質感が希薄で頼りなさげだ。

ところで、この連作と同じ部屋に《ドムシー男爵夫人の肖像》も出ているが、これがルドンらしからぬアカデミックな肖像画。どうしたルドン? 夫人の前で上がったか? それとも、画面の左半分が白っぽく輝いているように見えるけど、わけのわからないものを描いて夫人に叱られ、後で消したのか? などと想像力を喚起させる程度に冷血な表情をした夫人像なのだ。その他《キャリバンの眠り》《エジプトへの逃避》《若き日の仏陀》《神秘的な対話》《眼をとじて》《ステンドグラス》《蝶》など美しい作品が少なくない。所蔵先は三菱一号館とオルセー美術館のほか、MoMA、ボルドー美術館、岐阜県立美術館、京都国立近代美術館、ポーラ美術館など。日本もずいぶん持ってるなあ。

2018/02/07(村田真)

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黄金町夜曲 山田秀樹の黄金町

会期:2018/1/26~2018/2/17

MZアーツ[神奈川県]

間口の狭い店から肌もあらわな女性たちが客を呼び込んでいる。一見、昭和の歓楽街を撮った写真かと見まがうが、90年代後半以降、つまり平成時代に撮られたものだという。なぜ昭和の写真と思ったかといえば、被写体のヤサグレたたたずまいもさることながら、ブレボケが激しく、場所や人物が特定できないからだ。しかしこのことが逆に被写体となった黄金町の正体をあらわにしている。ブレやボケが激しいのはカメラのせいではなく、いわゆる撮り逃げ、つまり許可を得ずに勝手にレンズを向けたからであり、それはとりもなおさずこの時期の黄金町がヤクザの支配する無法地帯だったからにほかならない。だから彼ら彼女らの表情や店の内部は撮れなかったが、そのことがかえってその場の緊張感を伝え、臨場感を増している。写真のほか、山田自身の絵も出ていて、これがなかなか味わい深い。1軒1軒の店構え、店名を書いた看板、壁を伝う配管、電信柱などを、ちょっと滝田ゆうを彷彿させる暗いリアリズムで描いているのだ。

同時に出されたカタログ(山田の写真集であると同時に、黄金町の歴史を綴った記録集でもある)に寄せたMZアーツの仲原正治氏の解説によると、黄金町は江戸時代に横浜の入江を埋め立ててできた吉田新田の一画で、明治期に水運の発達により街が発達し、1930年には京浜急行の前身である湘南電鉄が黄金町駅を開設。ところが第2次大戦で焼け野原となり、戦後は京急の高架下が麻薬や拳銃の密売、売春の地として栄えてしまう。そして95年の阪神大震災を受けて、高架下から追い出された売春宿が周辺に急増。山田がレンズを向けたのはこれ以後だ。しかし2005年に一斉取り締まりが入り、建ち並ぶ売春宿を次々アーティストのスタジオに改装して、アートで街を再生しようという計画が始まる。08年には横浜トリエンナーレと同時開催で「黄金町バザール」がスタートし、現在にいたっている。

さて、ではいまの黄金町から売春の記憶が払拭され、アートの街として再生したかというと、コトはそう簡単ではない。地元の人たちの思惑とは裏腹に、記憶はそうやすやすと消せるもんではないし、また消すべきでもないだろう。むしろアートはそういう「悪い記憶」を糧に「悪い場所」で育まれることもあるからだ。その意味でこれらの写真は貴重な資料として残しておくべきだし、そのためのアーカイブを設けるべきだろう。

2018/02/06(村田真)

小沢剛 不完全─パラレルな美術史

会期:2018/1/6~2018/2/25

千葉市美術館[千葉県]

会場に入って最初に目に飛び込んでくるのが、白い綿の固まりから首を出す数十体の石膏像だ。マルス、ヴィーナス、ヘルメス、ブルータス、モリエール……仏頭まである。美大予備校に通ったことのある者にはおなじみの像で、白い綿から見え隠れするさまは雲上の神々といった趣だ。そう、極東の予備校生からすればこれらの石膏像は美術の神々だった。その向こうの壁には石膏デッサンが20点ほど並んでいる。青木繁や中澤弘光らのサインも入っているので、明治期に美術学校で描かれたものだとわかる。石膏デッサンは欧米ではとっくに廃れてしまったが、日本では明治以来100年以上の歴史があるわけで、もはや日本画と並ぶ伝統芸術といっていいかもしれない(いまでも受験に使われているのだろうか?)。しかしよく見ると、いまのデッサンとは違って背景を描かず、輪郭線が強調され、陰影の描き方が平坦に見える。これって19世紀後半のジャポニスムの時代に、ヨーロッパの画家が日本美術から学んだ描き方じゃなかったか? それが反転して日本に逆輸入されたってわけか。この石膏像とデッサンを合わせたインスタレーションのタイトルが、展覧会名にも使われている《不完全》というものだ。これは岡倉天心の『茶の本』のなかに繰り返し出てくる言葉らしいが(読んだことないけど)、それは完全ではないというネガティブな意味ではなく、完成に向かう可能性を秘めた状態を指す言葉だという。なるほど、西洋美術を目指しながら永遠に追いつくことのない日本美術を指すにはふさわしい言葉かもしれない。

以下、《金沢七不思議》も《す下降にンバンレパ兵神神兵パレンバンに降下す》も《帰って来たペインターF》も《油絵茶屋再現》も《醤油画資料館》も《なすび画廊》も、すべて日本が西洋美術(油彩画)を受容する過程で生じたズレや勘違いをユーモラスに表現したものばかり。たとえば《油絵茶屋再現》は、明治初期に油絵が導入されたとき、画家たちはそれをどこに飾り、どうやってお金にすればいいのか知らなかったため、見世物小屋よろしく小屋を建てて作品を飾り、お茶代を取ったという。それを可能な限り再現したものだ。《醤油画資料館》は、狩野派から草間彌生まで醤油で描いた日本美術を一堂に集めたもので、日本の象徴ともいえる醤油が油絵の代わりに画材として採用されていたらこうなっていただろうという「仮説」の資料館だ。《す下降にンバンレパ兵神神兵パレンバンに降下す》と《帰って来たペインターF》は、日本美術の特異点ともいうべき戦争画に焦点を当てた作品だし、《なすび画廊》は日本独自のガラパゴス現象である貸し画廊に切り込んだもの。いずれも日本美術の奇形的な部分を俎上に上げている。90年代にこうした傾向の作品が登場してきたとき、たしか「自虐的美術史観」と批判した人がいたが、笑いをもって自己を批評する態度は「自ギャグ的」というべきかもしれない。

2018/02/02(村田真)

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未来を担う美術家たち 20th DOMANI・明日展

会期:2018/1/13~2018/3/4

国立新美術館[東京都]

文化庁が続けている新進芸術家海外研修制度(かつて在外研修制度と称していたため「在研」と呼ばれる)の成果を発表する展覧会。在研はすでに半世紀の歴史があるが、展覧会は今年で20年。今回は1975-88年生まれで、ここ5年以内に研修経験を持った11人のアーティストが出品。中谷ミチコは粘土で人物や動物の彫刻をつくり、それを石膏で型取って雌型にし、そこに着色した樹脂を流し込んで固めた一見凹型レリーフながら表面は平らという、ユニークな彫刻を制作している。ドレスデン滞在を経て作品はより大きく、より複雑になった。今回は壁に掛けるのではなく材木を組んだ上に展示したため、裏側がどうなっているのかという好奇心にも答えてくれている。研修先にケニヤを選んだ西尾美也は、街ですれ違った通行人と衣服を交換して写真に撮るというプロジェクトを続けているが、今回はケニヤ人に東京に来てもらいその役を託した。その結果、パツパツの女性服を着た大きなケニヤ人と、ダブダブの革ジャンを羽織った小柄な日本人という対照的な構図ができあがった。そのほか、日本各地で発掘された陶片と、明治期に来日したエドワード・モースを結びつけるインスタレーションを発表した中村裕太や、戦前は体操選手としてベルリン五輪に出場し、戦後は尺八奏者として活躍した人物の生涯をフォトグラムによって表わした三宅砂織など、日本を相対化してみせた作品に興味深いものがあった。

いずれも仮設壁で仕切られた空間内で行儀正しく作品を見せているが、そうした展覧会の枠組みそのものを問おうとした作家もいる。雨宮庸介は、過去につくられた作品を見せる場なのに、なぜ「明日展」なのか、しかもイタリア語なのかと疑問を投げかけた。これは実際だれもが思うところで、文化庁の林洋子氏もカタログ内で、「なぜ『明日』なのか、なぜイタリア語なのかというツッコミを受けつつも(それは20年前のムードとしかいまでは答えようがない)」と告白している。そこで雨宮は完成作品を展示するのではなく、「人生で一番最後に作る作品の一部を決めるための練習や遂行をしている」状態を現出させるため、その場で制作することにしたという。会場で作業している人を見かけたら、たぶん雨宮本人だ。体よく収まった展示より説得力がある。

2018/01/29(村田真)

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