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Vincent Zonca, Lichens. Pour une résistance minimale

2021年10月15日号

発行所:Le Pommier(Paris)

発行日:2021/01/20

本書のタイトルにある「lichen」(仏語)とは、日本語における「地衣類」に相当する言葉である。これは、菌類と藻類が共生してできた複合生物のことであり、生物学的には前者の菌類に分類される。現在、地衣類は世界で約2万種あるとされており、なかには「……コケ(ゴケ)」という名称をもつものも多いのだが、厳密には蘚苔類(コケ植物)とは別物である。

この「地衣類」といういささか聞き慣れない言葉を表題にもつ本書は、フランスの出版社ル・ポミエの叢書「共生(Symbiose)」の一冊として今年(2021年)のはじめに刊行された。この叢書は、哲学者ミシェル・セール(1930-2019)の『自然契約』に着想を得たシリーズであり、まだ立ち上がったばかりではあるものの、今後のラインナップが大いに期待される。本書の著者ヴァンサン・ゾンカ(1987-)は、現在はブラジルのフランス大使館に勤務するかたわら、独立した作家・研究者としても執筆を行なっている(本書がはじめての著書である)

本書によると、地表における地衣類の割合は、およそ8%にもおよぶという。にもかかわらず、普段われわれがその存在に目をむけることは稀である。かれらはわれわれの世界の「周縁」にいるのであって、薬や食料、あるいは顔料として用いられるわずかな例外を除けば、何らかの有意な「目的」に転用されることもほとんどない。本書の副題にある「最小の抵抗にむけて(pour une résistance minimale)」という表現には複数の含意があるが、そのひとつが、もっぱら「開発」や「搾取」の発想に根ざしたグローバル資本主義への抵抗であることは注目されてよいだろう(pp. 274-276)。

しかし何よりも、地衣類の最大の特徴は、はじめにも述べたような菌類と藻類の共生関係にこそある。著者によると、生物学において「共生」という現象が厳密に定義されたのは1877年のことだというが、これはほかならぬ──共生体としての──地衣類の発見をきっかけとしていた(p. 222)。本書でもたびたび紹介されるように、以来この生物は科学者のみならず、「共生(symbiose)」──ないし「寄生(parasitisme)」──について考えるためのさまざまなきっかけを思想家たちに提供してきた。本書もまた、そうした過去の言説に立脚しつつ、「人新世」の時代における共生の問題をあらためて俎上に載せた、詩情豊かなエセーとして一読に値するものである。

本書が対象とする文化領域は多岐にわたる。過去、何らかのかたちで地衣類についての記述を残したカイヨワやバシュラールのような思想家をはじめ、ユゴーやユイスマンスといった作家、あるいはエドゥアルド・コーン(『森は考える』)やアナ・L・ツィン(『マツタケ』)のような人類学者の言説、さらには地衣類をテーマとする詩篇や美術作品の紹介も豊富である。著者ゾンカは、これまでフランス、スイス、フィンランド、日本をはじめとする世界各国の研究機関を訪問してきており、本書では自然科学を土台とした生物学的考察も疎かにされていない(著者が管理するInstagramのアカウントでは、フランス、ブラジルのものを中心とするさまざまな地衣類の写真を目にすることができる)。

なお、本書には『植物の生の哲学』(嶋崎正樹訳、勁草書房、2019)によって知られるようになった哲学者エマヌエーレ・コッチャ(1976-)が短い序文を寄せている。昨今、世界的に「植物の哲学」が活況を呈している様子は本邦でも知られるとおりだが(黒田昭信「他性の沈黙の声を聴く──植物哲学序説」『現代思想』2021年1月号、フロランス・ビュルガ『そもそも植物とは何か』田中裕子訳、河出書房新社、2021)、本書はそうした現代思想の流れにも棹さしつつ、植物ならぬ「地衣類」という小さくも大きな生命に光を当てた、いまだ数少ない領域横断的な試みである。

★──出版社の本著の著者紹介の項を参照。https://www.editions-lepommier.fr/lichens

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