2018年11月15日号
次回12月3日更新予定

artscapeレビュー

写真に関するレビュー/プレビュー

中藤毅彦「White Noise」

会期:2018/09/14~2018/10/13

ZEN FOTO GALLERY[東京都]

中藤毅彦は東京ビジュアルアーツ写真学科在籍中に、森山大道に師事している。その意味では生粋の「森山チルドレン」のひとりであり、これまで発表した作品においても、たびたびその影響を指摘されてきた。だが、今回東京・六本木のZEN FOTO GALLERYで開催した「White Noise」展の作品を見ると、彼もまた元田敬三と同様に、森山の路上スナップ写真の作法を取り込みつつ、独自の領域に踏み込もうとしているようだ。

「White Noise」は、2011年の東日本大震災以降に撮影した写真群を集成したシリーズである。ギャラリーの壁一面を埋め尽くす、モノクロームおよびカラー作品約50点のなかには、看板、ポスター、グラフィティなどの描写が目につく。中藤は明らかに、都市の表層を覆い尽くすそれらの視覚的記号に鋭敏に反応してシャッターを切っているのだ。そのような傾向は森山の写真にもあるのだが、中藤はかなり極端に画面のグラフィカルな要素を強化しているように見える。カラー写真を古い絵はがきの人工着色のような色味で出力しているのも、グラフィック志向の現われといえるだろう。また、あくまでも個の視点にこだわり、カメラを手に街を歩きつつ撮影する森山と比較して、中藤のビュー・ポイントは多層的であり、多様な方向に拡散していく。森山を起点とした日本の写真家たちの営みが、さまざまな形で枝分かれしつつ、収穫の時期を迎えつつあることがよくわかった。

展覧会に合わせて、ZEN FOTO GALLERYから同名の写真集も刊行された。川田喜久治の『地図』(1965年)や細江英公の『鎌鼬』(1969)などの写真集へのオマージュというべき、観音開きを多用した凝った造本が写真の内容とうまくマッチしている。

2018/09/27(木)(飯沢耕太郎)

森山大道「東京ブギウギ」

会期:2018/09/15~2018/09/30

NADiff a/p/a/r/t[東京都]

森山大道の新作『東京ブギウギ』(スーパーラボ、2018)は、2017年以降に新宿、渋谷、池袋、浅草、銀座などの路上で撮り下ろした、カラー写真のストリート・スナップをまとめて掲載した写真集である。森山のカラー作品を特徴づける「チャラチャラ」、「ペラペラ」のキッチュな事物のオンパレードで、平成最後の日々の東京の眺めが、B6判の小ぶりな写真集にぎっしりとパッケージされている。今年80歳を迎えるとはとても思えない、若々しい意欲あふれる写真集の造りを大いに楽しむことができた。

『東京ブギウギ』は通常版のほかに200部限定、オリジナルプリント付きの特別版も刊行されている。そのうちの100冊が、東京・恵比寿のNADiff a/p/a/r/tのギャラリー・スペースで展示・販売された。普通の展覧会のように、作品が全部最後まで壁に掛けられているのではなく、販売済みのものは「sold out」の貼り紙を残して撤去されてしまう。僕が見に行った時には、すでにかなりの数の作品が姿を消していた。どうやら、いかにも「森山っぽい」作品からどんどん売れていったようだ。どうしても残り滓を見せられているような気分にはなるが、これはこれで面白い試みなのではないかと思う。ただ、できれば売れた写真の画像をコピーして残していただけるとよかった。そうすれば、「森山っぽい」写真がどんなものなのかの検証もできただろう。

2018/09/26(水)(飯沢耕太郎)

元田敬三「御意見無用」

会期:2018/09/15~2018/10/08

MEM[東京都]

森山大道展が『東京ブギウギ』を展示していたNADiff a/p/a/r/tの階上にあるギャラリー、MEMでは、元田敬三の「御意見無用」展が開催されていた。ビジュアルアーツ専門学校大阪出身の元田は、森山に直接に教えを受けたわけではない。だが路上スナップ写真への徹底したこだわりを見ると、まさにその正統的な後継者のひとりといえる。それでも、彼の新作を今回あらためて見直して、その撮影のスタイルにかなりの違いがあることがわかった。

何をどのように撮るのかを定めず、白紙の状態で街を彷徨い歩き、目の前に出現した被写体に反応してシャッターを切る森山に対して、元田はある程度被写体の幅を限定しているように見える。今回のシリーズでいえば、「群衆の中であきらかに特異なオーラを放ち、独自の人生観を持っている人たち」に特化してシャッターを切っているのだ。またストロボを多用し、21ミリの広角レンズを使っているために、彼が撮影した人物たちは周囲の光景から浮き上がり、奇妙に歪んだ姿で写真に写りこんでいる。結果として、元田の写真群には、あたかも狙った獲物に飛びかかるような緊迫した雰囲気が漂うことになった。

人によっては、あまりにも強引すぎる撮影法に見えるかもしれないが、1990年代から自分のスタイルを貫き通してきたことによって、彼の写真に独特の凄みと風格が備わりつつあることは間違いない。そろそろ『青い水』(ワイズ出版、2001)以来の制作活動の積み上げを、1冊の写真集にまとめる時期がきているのではないだろうか。

2018/09/26(水)(飯沢耕太郎)

台湾写真表現の今〈Inside/Outside〉

会期:2018/09/14~2018/09/29

東京藝術大学大学美術館[東京都]

東京藝術大学と台北駐日経済文化代表処は、2013年から「文化交流の促進及び台湾文化に対する認識向上」を目的として、「台湾・日本芸術文化交流事業」を開始した。その第6回目にあたる今年は、同大学美術学部先端芸術表現科の教員たちと東方設計大学美術工芸系助理教授の邱奕堅(チュー・イチェン)の共同企画により、「1960年代以降の生まれで、あまり日本では紹介される事の少なかった8名の写真家」による「台湾写真表現の今〈Inside/Outside〉」展が開催された。出品作家は陳淑貞(チェン・スウチェン)、杜韻飛(ドゥ・ユンフェイ)、候淑姿(ホウ・ルル・シュウズ)、邱國峻(チュー・クォチュン)、吳政璋(ウー・チェンチァン)、許曉薇(シュウ・ショウウェイ)、楊欽盛(ヤン・チンシェン)、趙炳文(チャオ・ビンウェン)である。

1980年代以降の経済発展、およびアメリカ、ヨーロッパ、日本などに留学していた写真家たちが相次いで帰国したことで、台湾の現代写真は、それまでのサロニズムやドキュメンタリー中心の表現から大きく脱皮していった。8人の作品を見ると、今や、彼らの表現のあり方がまさにグローバルなものであり、日本の写真家たちと比較しても、技巧的、内容的に非常に洗練されたものになってきていることがわかる。特徴的なのは、チェックアウト後のラブホテルの部屋を撮影した陳淑貞、東南アジアから渡ってきた移民二世たちのポートレートをトーマス・ルフばりの大判プリントで提示した杜韻飛、道路拡張のため取り壊された家の“田”の字の形に残された部屋の断面にカメラを向ける楊欽盛、農村地域の奇妙な建物群をタイポロジー的に記録する趙炳文など、台湾社会の変質に鋭敏に反応して作品化しようとする傾向が強いことである。逆に日本の同世代の写真家たちの作品には、そのような社会意識の欠如が著しい。

そうを考えると、台湾の写真家たちの営みは、アジア写真の現在と未来について多くの示唆を与えてくれるのではないだろうか。本展のような、多チャンネルの「文化交流」の機会をもっと増やしていくべきだろう。

2018/09/25(火)(飯沢耕太郎)

石黒健治「HIROSHIMA 1965」

会期:2018/07/27~2018/09/30

Akio Nagasawa Gallery[東京都]

石黒健治は1965年3月から8月にかけて、原爆投下後20年を迎えた広島を訪れて写真を撮影した。『日本読書新聞』の連載記事「ヒロシマから広島へ」のための取材が目的だったが、はじめて広島に入ったとき、「なんだろう、これは」と思ったのだという。その「焦げたエアーに隙間なく包み込まれる感覚」は、撮影中ずっとつきまとうことになる。石黒は、そんな微かな違和感を手がかりにして、広島の街を歩き回り、シャッターを切り続けた。この時の写真と、その後何度か広島を訪れて撮影した写真をあわせて、1970年に深夜叢書社から「石黒健治作品集Ⅰ」として刊行されたのが、『広島 HIROSHIMA NOW』である。

今回のAkio Nagasawa Galleryでの展示は、当時のヴィンテージ・プリントを中心とするもので、新たに編集された写真集『HIROSHIMA 1965』(Akio Nagasawa Publishing)も同時に刊行された。あらためて石黒の広島の写真群を見直すと、それらがそれまでの報道写真的な取り組みとは、とはまったく違う解釈、視点で成立していることがわかる。戦後20年を経た広島は「日常の生活空間に復帰」しており、「原爆ドームも観光的なモニュメントに」なってしまっている。そんな広島の眺めを、石黒はあくまでも「焦げたエアー」という皮膚感覚、生理感覚を梃子として撮影していく。そのような「社会性」よりも「私性」に重心を置いた見方は、1960年代後半に形をとってくる「コンポラ写真」の先駆といえる。さらに言えば、石黒の「HIROSHIMA 1965」は、笹岡啓子の「PARK CITY」や藤岡亜弥の「川はゆく」など、より若い世代の広島の写真を予告するものでもあった。その先駆性を再評価すべきだろう。

©Kenji Ishiguro, Courtesy of Akio Nagasawa Gallery

2018/09/21(飯沢耕太郎)

文字の大きさ