2018年01月15日号
次回2月1日更新予定

artscapeレビュー

写真に関するレビュー/プレビュー

野村浩「もう一人の娘には、手と足の仕草に特徴がある。」

会期:2017/10/07~2017/10/22

POETIC SCAPE[東京都]

今年3月に同じ会場で個展を開催したばかりの野村浩が、矢継ぎ早に新シリーズを発表した。前回の「Doppelopment」の続編というべき作品で、ひとり娘の「はな」に双子の姉妹の「なな」がいたという設定をさらに膨らませている。前回は、牛腸茂雄の「こども」の写真を思わせるモノクロームの画面に、スナップショット的に二人の女の子を配するという趣向だったのだが、今回はカラー写真になり、写っているのはひとりだけだ。つまり、野村が生み出した「もうひとりの娘」がまさにひとり歩きし始め、自分の世界をつくり始めたという設定である。もともとこのシリーズは、野村自身が双子の片割れというところから発想したものだが、展開していくにつれて少しずつ現実感が増し、写真を使った物語作家としての野村の本領が充分に発揮されるようになってきている。娘の成長に合わせてさらに続けていけば、より豊かな内容になることが期待できそうだ。このシリーズのもうひとつの見所は、前回の牛腸茂雄と同様に、写真史的な文脈が巧みに導入されていることだ。今回の展示にはインスタント写真を使ったパートもあるのだが、そこではダイアン・アーバスのあの有名な双子の写真や、ロートレックの自分をモデルと画家に分裂させたセルフポートレートが引用されていた。考えてみれば、写真というメディウムそのものが「Doppelopment」(ドッペルゲンガーと写真の現像を意味するdevelopmentを組み合わせた野村の造語)の装置というべきものであり、被写体を増殖させる試みが絶えず繰り返されてきた。このシリーズは、個人史と写真史が結び合うかたちで発展していくのではないかと思う。ただ、あまりにも複雑な内容になっていくと、観客の負担も増えてくる。軽やかな「初心」を忘れることなく続けていってほしい。

2017/10/11(水)(飯沢耕太郎)

小松浩子「鏡と穴─彫刻と写真の界面 vol.4」

会期:2017/09/09~2017/10/14

gallery αM[東京都]

光田ゆりがキュレーションする連続展「鏡と穴──彫刻と写真の界面」の第4回目として開催された小松浩子のインスタレーションには、正直圧倒された。ギャラリーに向かう階段を降りる時から、定着液の饐えた匂いが漂っていて、ある程度予想はしていたのだが、会場の様子はその予想をはるかに超えていたのだ。ロール紙に引き伸ばされた大量のプリントが、壁に貼り巡らされ、床に置かれたり、丸めて立てたりしてある。壁と壁の間に張られた針金に吊るされているものもある。床には、文字通りびっしりと8×10インチサイズのプリントが敷き詰められ、観客はその上を土足で歩いて作品を見るようになっている。写真に写っているのは、小松が偏愛しているという資材置場の光景。さまざまなモノたちが乱雑に寄せ集められ、重なり合い、そのまま放置されている場所のたたずまいが、写真のインスタレーションで再現されているのだ。ギャラリーのスペース全体が、まさに資材置場と化していることに思わず笑ってしまった。小松の今回の展示のタイトルは「人格的自律処理」だそうだ。「人が死んだときに実行されることがら、例えば遺言執行や臓器提供などを、死者自身が行うことの可能性についての考えを含んで」いるのだという。とても興味深いコンセプトだが、そのことから推し量ると、今回の展示はモノそのものの「人格的自律処理」を小松が代行したということなのではないだろうか。ドイツのケルンや、マンハイムでの展覧会も含めて、このところの彼女の展示には吹っ切れた凄みを感じる。もっと大きなスペースで、思う存分暴れてほしいものだ。

2017/10/10(火)(飯沢耕太郎)

新・今日の作家展2017 キオクのかたち/キロクのかたち 笹岡啓子《PARK CITY》

会期:2017/09/22~2017/10/09

横浜市民ギャラリー[神奈川県]

「キオクのかたち/キロクのかたち」展のレビュー後編。
「語ること」の可能性を模索する前編の3組とは異なり、広島という歴史的な刻印を押された地に身を置き、「語ること」の不可能性もしくは飽和状態を見つめ直すことから出発しようとするのが笹岡啓子の写真作品《PARK CITY》である。笹岡は、夜間の平和記念公園や市街地、平和記念資料館の展示室をモノクロで撮影した写真集『PARK CITY』(2009)を刊行後、近年はカラープリントを発表している。この移行に見られるある種の断絶、もしくは「ヒロシマ」の表象をめぐる転回については、6月のThe Third Gallery Ayaでの個展レビューで考察した。
本展では、大判のカラープリントのあいだに小ぶりのモノクロプリントが点在し、さらにネガポジ反転された写真も加わり、視線と焦点を定めにくい分散的な展示方法が(あえて)採られた。長時間露光撮影により、観光客や通行人の姿が希薄な陽炎のように空中を漂い、「亡霊」の出現、もしくは「原爆の炸裂の瞬間に蒸発した人間」を否応なしに想起させるカラーの近作。そこでは、観光客で溢れる明るい現在の公園の中に、(炸裂の瞬間という記録不可能な)「過去」が召喚され、狂気に満ちたイメージが出現する。また、資料館の展示室で撮影した写真では、写真パネルや映像展示とそれを「見る」観客の姿に笹岡は執拗にカメラを向ける。大きく引き伸ばされた焼野原の写真をスマホで「撮影」する観客たち、入れ子状に増殖する「写真」の生産。リニューアルされた展示室で、円形の都市模型にプロジェクションされる原爆投下前/投下後のCG映像に魅入る観客たち。「映像」の「ヒロシマ」、「映像」でしかない「ヒロシマ」、その実体感の希薄さ。ネガポジ反転された写真群が、「失調」という感覚を増幅する。
そして、これらのカラー写真のあいだに置かれたモノクロ写真は、遠目にはほぼ真っ黒で、至近距離で目を凝らさないとよく見えない(闇に浮かぶ献灯の前で佇む後ろ姿や、人々が集う川辺の背後にうっすら浮かぶ原爆ドームのシルエットなど)。大判のカラープリントと小ぶりのモノクロプリントが隣り合って並ぶため、作品との「適切な距離」がうまく取れない。引きで見ようとするとモノクロの画面はほぼ真っ黒で判別できず、接近して見るとカラーのプリントは視界からはみ出してしまう。引きと接近の狭間を往還し、その都度焦点を合わせ直しながら、小さな疲労が次第に身体に溜まっていく。
「適切な距離感の把握」の失調、それは、きれいに整備された公園/写真や映像の実体のなさが浮遊する平和記念資料館内において、「ヒロシマ」を捉えようとする時の距離間隔の喪失でもある。笹岡の展示は、「広島」のなかにある「ヒロシマ」の見えづらさ、捉えどころのない距離感の失調感覚を、一枚の写真の中だけで完結させるのではなく、展示空間全体の体験へと拡張し、観客に体感させることに成功していた。
また、笹岡のカメラが、平和記念公園と資料館の双方において、外国人観光客の姿を多く捉えていることにも注目したい。「広島」が抽象的な概念ではなく、世界遺産登録やオバマ来訪といった外的要因によって外国人観光客が増加するなど、絶えず変化していく現実の生きた場所であり、また東館のリニューアルなど「展示」内容や形態がメディアの進歩とともに加算され更新されていく以上、「ヒロシマの表象」をめぐる笹岡の抵抗の試みもまた、何度でも編み直されていかねばならない。


笹岡啓子《PARK CITY》展示風景 Photo: Ken KATO

関連記事

笹岡啓子「PARK CITY」|高嶋慈:artscape レビュー

広島平和記念資料館(東館)常設展示|高嶋慈:artscape レビュー

2017/10/09(月)(高嶋慈)

『[記録集]はな子のいる風景 イメージを(ひっ)くりかえす』

発行所:武蔵野市立吉祥寺美術館

無名の撮影者たちの写真群をあらためて再構築して読み解いていく、そのような「ヴァナキュラー写真」への関心の高まりを受けて、武蔵野市立吉祥寺美術館から素晴らしい写真集が刊行された。『[記録集]はな子のいる風景 イメージを(ひっ)くりかえす』は、写真というメディウムを、新たな方向に大きく開いていく可能性を秘めたプロジェクトといえるだろう。「はな子」はいうまでもなく、1949年にタイ王室から上野動物園に寄贈され、54年に井の頭自然文化園に移ったアジアゾウである。まだ敗戦の痛手が残る厳しい社会状況のなかで、多くの人々の心を和らげて人気者になった「はな子」は、その後69歳という異例な長寿を保って2016年に亡くなった。今回の企画は、市民が撮影した「はな子」とともに写っている169枚の写真と、その撮影当日に執筆された飼育日誌とをつなぎ合わせ、「彼女・・の歩んだ道のりの一瞬一瞬、1日1日に光をあてたもの」である。写真集には1950年10月9日から2016年4月30日までの日付を持つスナップショットと、その日の飼育日記の記述が、同じページにレイアウトされている。さらに「撮影者と被写体にまつわるエピソード」、「撮影された当時の、印象に残るエピソード」、「あなたがこれまで失った大切なもの」という3つの質問に対して、写真の提供者が寄せた解答の一部が、別冊として挟み込まれていた。このような周到な編集によって浮かび上がってくるのは、「はな子」という、いつでもどこか哀しげな佇まいのアジア象のイメージを消失点とする、日々の記憶の遠近法とでもいうべき構図である。そこに記録された個々の物語は、互いに響き合い、結びつきあって、より大きな「日本人の戦後」の物語として再浮上してくる。その作業を遂行するために「ヴァナキュラー写真」がじつに効果的に、的確に使われていることに感銘を受けた。写真をただ複写して印刷するだけでなく、たたみ込むようにレイアウトしたり、重ね合わせたりした複雑なレイアウトも、とてもうまく機能している。松本篤(AHA!)の編集とともに、尾中俊介のデザインワークも特筆すべき出来栄えといえるだろう。このような試みを、この企画だけで終わらせるのはもったいない。全国各地には、「はな子」のような物語がたくさん埋もれているはずだ。それらにぜひ写真を通じて光をあてていってほしいものだ。なお、写真集の刊行に合わせて井の頭自然文化園彫刻館(9月9日~10月15日)とJR吉祥寺駅南北自由通路(8月21日~10月15日)で、写真展「はな子のいる風景」が開催された。

2017/10/08(日)(飯沢耕太郎)

6th EMON AWARD Exhibition 神林優展

会期:2017/10/03~2017/10/14

EMON PHOTO GALLERY[東京都]

神林優は1977年、長野県生まれ。2002年に多摩美術大学卒業後、2010~11年のニューヨーク滞在を経て、ユニークな写真作品をコンスタントに発表してきた。多摩美術大学時代に師事した萩原朔美や、その同世代の山崎博など、「コンセプチュアル・フォト」の系譜を受け継ぐ作風だが、厳密な方法論に基づくのではなく、より軽やかに日常の事象に目を向けて作品化していく。ただ、発想は豊かで技術的にも洗練されているものの、フィニッシュワークがやや小さくまとまってしまう印象があった。そのあたりが、今年2月に開催された6回目のEMON AWARDでも、準グランプリにあたる特別賞の受賞に留まった理由といえる。だが今回の「受賞者展」では、作品がより力強さを増してきているように感じた。神林にとってはひとつの転機となる個展になりそうだ。今回展示されたのは、スケートリンクのブレードの跡を撮影した「FIGURE」(1点)、折跡のある折り紙を開いて撮影した「FOLD」(25点)、カッティングシートを被写体にした「CUT」(2点)の3作品である。いずれも「本来的な行為の目的からは解き放たれてはいながらも、わたしたちのある目的のために為された運動によって残された跡」を被写体としている。偶然の積み重ねによって生じたフォルムであるにもかかわらず、そこにはある種の必然性が感じられる。それらの「運動によって残された跡」の静謐な美しさが、あまり押し付けがましくない繊細な手つきで、だが確信を持って捉えられているところに見所があり、とても好ましいイメージ群として成立していた。この方向を突き詰めていくと、さらに大きな可能性が開けてきそうだ。

2017/10/06(金)(飯沢耕太郎)

文字の大きさ