artscapeレビュー
KATAGAMI Style──世界が恋した日本のデザイン
2012年05月01日号
会期:2012/04/06~2012/05/27
三菱一号館美術館[東京都]
「KATAGAMI」=「型紙」とは、小紋等の文様を染色する際に布に防染糊を置くために用いられる型である。柿渋で貼り合わせて耐水性を施した和紙に、小刀で微細な文様を切り出してつくられる。本展は、日本の型紙が19世紀後半の欧米の美術・工芸に与えた影響を、具体的な作品によって検証する非常に優れた展覧会である。
「型紙」が欧米のデザインに与えた影響は、1990年頃から指摘されてきた。研究の進展とともに明らかにされてきたのは、欧米の装飾工芸美術館や蒐集家のもとに型紙が大量に所蔵されているという事実であった。その物量からすると、これまでのジャポニスム研究の中心にあった浮世絵や輸出工芸よりも、型紙ははるかに広範な影響を与えてきたことが想像される。日本女子大学の馬渕明子教授らの研究グループが2006年から2007年にかけてパリで開催した「型紙とジャポニスム」展は、このような型紙の影響を明らかにする展覧会であったが、その後さらに3年間にわたって行なわれた最新の研究の成果が本展覧会である。
展示は大きく3部に分かれている。第1は型紙の歴史である。型紙、型染の見本帖、型染が施された裃などの着物、浮世絵に現われた型染の文様により、日本における型紙と型染の展開を追う。江戸時代、染めに用いられる型紙は紀州藩の専売品であり、そのほとんどが伊勢の白子・寺家地域でつくられていた。各地の染屋は型紙を伊勢商人から購入していたのである。また、注文主は染めの見本帖や仕立ての雛形など、さまざまオプションからデザインを選択できた。手工芸の時代にあっても各工程は高度に分業化、システム化されていたのである。
第2は欧米への影響である。英語圏においては、クリストファー・ドレッサーの著作『日本、その建築、美術と美術工芸』(1882)によりイギリスに型紙が紹介され、テキスタイル産業や、アーツ・アンド・クラフツ運動の作家たちにも影響を与えたことが指摘される。フランスのナンシーでは、装飾的なガラス、陶磁器、家具などの工芸品のデザイン・ソースとして型紙が利用された例などが示される。ドイツでは、工芸博物館、工芸学校において型紙が手本として利用されていた。ドイツ各地に多くの型紙コレクションがあるなかでも、ドレスデン工芸博物館には16,000枚もの型紙が収蔵されているという。工芸学校で学んだ人々が、これらの手本に影響を受けたであろうことは想像に難くない。本展が優れているのは、型紙の残存状況を地域ごとに調査し、状況証拠によって影響関係を示唆するばかりではなく、個々の作品とそのソースとなったであろう型紙とを対比して展示している点にある。ウィーン工房の作品には、型紙の写しといってもよいものが多数見られる。フランスのアール・ヌーボーのテキスタイルや家具には、型紙の手法が応用された文様や透かし彫りを見ることができる。手軽なデザイン・ソースとして用いられた例もあれば、他の様式とアレンジされ独自の解釈が加えられたデザインもあり、型紙の受容のされかたは多様であった(このような展示の背後には、作品に応用されたであろう型紙を一つひとつ同定してゆく地道な作業があることも指摘ししておきたい)。
大量の型紙がどのように海を渡り、コレクションを形成したのかについては、まだ十分に明らかになっていない。海外のコレクションにある型紙の多くは使用済みのものであることから、廃棄される型紙が多数輸出されたことが想像される。また、博物館には同時代の工芸品と比べて圧倒的に安い価格で納入されていたという 。型紙が欧米のデザインに与えた影響は大きかったとしても、殖産興業政策を推進した明治政府の意図とは裏腹に、日本にはほとんど利益をもたらさなかったのではないだろうか。文化を輸出するということと経済的な利益を得ることとは一致しないのである。
最後のコーナーでは現代デザインに型紙のモチーフが生かされている事例が紹介される。型紙が欧米のデザインに与えた影響を探る展覧会の主旨とは別に、型紙そのものの美しさや、型紙づくりの超絶技巧(会場ではビデオが上映されている)に感嘆する来場者も多いようだ。柿渋に染められた和紙に浮かび上がる日本の伝統的な文様は、力強く、美しい。19世紀末に型紙を目にした欧米の工芸家たちも、現代のわれわれと同じようにその美しさに魅せられたのかもしれない。
図録に掲載されている論文、調査資料も非常に充実している。今年見るべき展覧会のひとつだと思う。本展は、京都国立近代美術館(2012年7月7日~8月19日)、三重県立美術館(2012年8月28日~10月14日)に巡回する。[新川徳彦]
2012/04/12(木)(SYNK)