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URUSHIふしぎ物語─人と漆の12000年史─

2017年10月01日号

会期:2017/07/11~2017/09/03

国立歴史民俗博物館[千葉県]

植物としてのウルシから塗料としての漆、工芸品としての漆器、そしてその未来まで、12000年にわたる日本の漆の歴史を多様な視点から辿る展覧会。
展示は6章から構成されている。第一章は植物としてのウルシと栽培の歴史。日本のウルシの木は中国から移入されたもの。現在見つかっている日本最古のウルシ材は12,600年前のもので、これが展覧会タイトルの由来だ。第二章は漆の採取(漆掻き)と漆工用具、漆工製品。第三章は漆、漆器利用の社会史。すなわち第二章では供給が、第三章では需要の歴史が語られている。第四章はその希少性故に権力者の財力や美意識を象徴するものとして扱われた漆と漆器。第五章は漆器の流通や技術交流の歴史。第六章では明治の輸出工芸を含む近代以降の漆工芸と、これからの漆利用の可能性が紹介されている。これらの展示構成を見れば分かるとおり展示は単純な時系列ではない。また考古学、美術史学、文献史学、民俗学、植物学、分析化学など、それぞれの専門分野での諸研究を総合した、歴博ならではといえる学際的な研究の成果となっている。美術工芸の優品が、考古資料、歴史史料などとともに展示の文脈に応じて並列されているところも特徴だ。300頁におよぶ本展図録は、漆に関する基礎文献としても役立ちそうだ。
個人的に最も興味深く見たのは「漆はうごく」と題された第五章だ。ここで「うごく」とは遠隔地との流通、交易、技術交流を指している。17世紀後半以降、各藩が奨励した特産品生産のなかの代表的製品のひとつが漆器だった。これらの製品は江戸期には国内で流通し、幕末から明治期になると海外へも輸出されていった。時代をさかのぼると、鎌倉時代から室町時代には禅宗の伝播とともに唐物の漆器が輸入されている。漆器の流通はアジア内にとどまらない。16世紀末には渡来したポルトガル人宣教師たちが漆塗りのキリスト教祭具、櫃や箪笥などを求めた。南蛮漆器と呼ばれたこれらの製品は、器形はヨーロッパ風で、平蒔絵と螺鈿細工によってびっしりと文様がちりばめられている。漆器がグローバル商品であったことを物語るさらに興味深い例が漆塗りが施された革製の盾だ。オランダ東インド会社では、インドのベンガルで革製の盾を加工させ、これを日本に運んで漆で装飾させ、インドやヨーロッパに輸出していたという。もともとヨーロッパでは漆は産しなかったために、ヨーロッパ人たちは自分たちの好みにあう意匠の製品を中国や日本に発注していた。また(これは日本の文脈ではないのだが)ヨーロッパでは漆のような効果が得られる模造漆塗料が開発された。この塗料はジャパン(japan)、技法はジャパニング(japaning)と呼ばれ、ヨーロッパ製の家具の一部に日本製輸入漆器の一部を用い、他の部分をこの模造漆で仕上げることも行なわれていた。さらに「うごいた」のは製品だけではない。南蛮漆器が輸出された桃山期にはすでに東南アジア産の漆液が日本に輸入され、漆器生産に用いられていたというのである。
林野庁のデータによれば、平成27年の国産漆の生産量は1,182kg。国内消費量の97%は輸入品が占め、そのほとんどは中国産だ。輸入品を含む漆への全般的な需要減と国産品の高価格のために国産漆への需要は減少し、生産も縮小してきた。しかしここのところ需要が増大、生産量も平成26年に比べて17.8%増加している。需要増の要因は国宝および重要文化財の修復事業にある。文化庁は平成27年度から修復の上塗りと中塗りを日本産に、平成30年度から下地を含め100%日本産漆を使う方針を通達したのである。生産者にとって需要増は喜ばしいことだと思われるが、問題もある。漆の生産は急速に増やすことができない。ウルシの木から漆を採取できるようになるまで15年から20年かかり、なおかつ1本の木から採取できる量はわずか200ml。現在日本で主に行なわれている採取方法は殺し掻きと呼ばれ、この200mlほどを採取し終えたあとウルシの木は伐採されてしまう。漆の生産を増やすためにはウルシの木の植樹面積を増やし、恒常的に維持管理していく必要がある。供給にボトルネックがあるために国産漆の価格が高騰し、従来からの需要者の手に届かなくなるという問題も起きていると聞く。不足する供給を中国産の輸入で補うことになったら本末転倒ではないだろうか。他方で、本展でも示されていたように漆液輸入の歴史は古い。それにそもそも日本のウルシの木は中国から移入されたものだ。国産品なら質がよく、輸入品の質は低いという単純な話ではなく、品質には漆の採取方法や流通過程が複雑に影響しているようだ。その点、本展では明治以降の技術史が手薄な印象。漆の生産と利用をめぐる現況について、もう少し詳しく知りたいところだ。[新川徳彦]

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