artscapeレビュー
野口里佳「海底」
2017年10月15日号
会期:2017/09/09~2017/10/07
タカ・イシイギャラリー 東京[東京都]
昨年、12年間在住したベルリンから、沖縄に移って制作活動を再開した野口里佳の新作展である。水中で撮影された「海底」のシリーズを見て、野口が1996年に第5回写真新世紀展でグランプリを受賞した「潜ル人」を思い出した。潜水夫をテーマとするこの作品で、彼女は重力のくびきから離れた「異世界」の光景を出現させたのだが、その初心が今回のシリーズにもずっと継続していることが興味深い。野口にとって、写真とは現実世界のあり方を変換させる装置であり続けてきたということだ。太陽の届かない「海底」をライトで照らしながら作業するダイバーの姿は、あたかも宇宙人のようであり、その変換の振幅は相当大きなものになっていた。
ところが、同じ会場に展示されていた2枚組の「Cucumber」や「Mallorca」では、その変換の幅はかなり小さい。「Cucumber」では「21 August 2017」と「22 August 2017」、つまり1日のあいだに伸びたキュウリの蔓を撮影しており、「Mallorca」では海面の微妙な光の変化を捉えている。それでも、2枚の写真のわずかな違いに、野口が奇跡的な「不思議な力」を見出していることがはっきりと伝わってくる。宇宙大の遥かな距離から、日常の微妙な差異まで、彼女の写真の世界は、マクロコスモスとミクロコスモスのあいだを往還する自由さを手に入れつつある。沖縄での次の成果がとても楽しみだ。
2017/09/21(木)(飯沢耕太郎)