artscapeレビュー

ロラ・アリアス『MINEFIELD──記憶の地雷原』

2018年12月01日号

会期:2018/10/26~2018/10/28

京都芸術劇場 春秋座[京都府]

KYOTO EXPERIMENT 2013で上演された『憂鬱とデモ』では、母親の手記を元に、ドキュメントや演劇的仕掛けを織り交ぜ、個人の自伝的な語りからアルゼンチンという国家の現代史を再検証したロラ・アリアス。今回、KYOTO EXPERIMENT 2018で上演された本作では、1982年、領土をめぐってイギリスとアルゼンチンの間で勃発したフォークランド紛争/マルビナス戦争に従軍した6人の元兵士が出演者として登場し、多声的な語りの集積がユーモアを交えながら「戦争」の記憶を解体/再構築していく。

トライアスロンの選手、弁護士、養護教諭、ビートルズのトリビュートバンド活動、退役軍人のカウンセラー、警備員。彼らは冒頭、それぞれの格好で登場し、「現在」の職業や従事する活動について自己紹介する。次いで、入隊した経緯や生い立ち、軍での訓練や任務、戦場での過酷な経験が、写真や映像などドキュメントを交えつつ、基本的にイギリス側/アルゼンチン側に分かれたまま、英語/スペイン語で交互に語られ、シーンが「再現」されていく。海兵隊への憧れや、軍人の家系に生まれ自然な進路だったと語るイギリス人たち。一方、アルゼンチンでは抽選制の徴兵制度がしかれ、強制力や不条理さが滲む。開戦前の楽観的なお祭り騒ぎのなか、女装ショーを披露する者。愛国心や戦争への士気を高めようと煽るメディア。アルゼンチンの勝利を讃える歌を合唱する3人。一転して、戦場では想像を超える過酷な体験が待ち構えていた。撃沈され、大勢が死亡した軍艦。地雷原に足を踏み入れ、吹き飛んだ仲間の死体。物資が尽きた状況下での過酷な行軍。捕虜の虐殺。「引き金を引くためには憎しみが必要だった。だがいまはもうない」とある者は語る。だがそのためには、三十余年の時間が必要だった。



ロラ・アリアス『MINEFIELD──記憶の地雷原』2018 京都芸術劇場 春秋座
[撮影:松見拓也 提供:KYOTO EXPERIMENT事務局]

「ドキュメンタリー演劇」の例にもれず、ここで顕在化するのは、「当事者として語る出演者たち」と「演出家」という「二重の声」、「語る主体の二重性」という構造である。当事者たち個々の経験や記憶を「演出家」としてメタレベルで統合するアリアスは、「並置」や「対比」の構造により、兵士として置かれた状況の類似性/対照性を示し、戦争には勝者も敗者もないことを浮き彫りにしていく。だが、基本的には各陣営に分かれ、見えない壁に区切られたままの両者が初めて「対面」する場面が訪れる。退役後、PTSDに苦しみ、心理学を学んで退役軍人のセラピストになった者が聞き役となり、患者役と語る。「戦火を交えたイギリス人とアルゼンチン人が、過去の戦争=トラウマについて対面して語る」という極めて象徴的な場面だ(ただし、対話は一見成立しているが、戦争の呼称と同様、英語/スペイン語、それぞれの言語に分裂したままではある)。



ロラ・アリアス『MINEFIELD──記憶の地雷原』2018 京都芸術劇場 春秋座
[撮影:松見拓也 提供:KYOTO EXPERIMENT事務局]

また終盤では、イギリス人もアルゼンチン人も共に同じバンドのメンバーとしてステージに上り、戦争の愚かしさへの糾弾をシャウトで繰り出し、熱いロックを歌い上げる。「燃える人間を見たことがあるか」「何のために戦うのか」といった激しいシャウトのリフレイン。客席も一体となって引き込むようなクライマックスの熱気だが、一人だけバンドに加わらず、舞台袖から冷静に眺めていた「元グルカ兵」がいたことに注意しよう。ネパールの山岳民族から構成されるグルカ兵は、イギリス陸軍のなかでも異質な立ち位置であり、彼は退役後も民間警備会社に勤め、世界各地の紛争地を転々とする人生を送ってきた。民族や国籍の差異に加え、(フォークランド紛争/マルビナス戦争の終結後も)戦争産業に従事する移民労働者である彼は、何重にも他者性を帯びた存在として舞台上に存在する。彼が一人、(おそらく)母語で歌うエキゾティックな旋律の歌は、それゆえ、(たとえそれが「戦争反対」であれ)ひとつの大きな集団の声には包摂されない、異質な個人の声としてその傍らで響くのであり、そこにアリアスの演出家としての倫理性や繊細な眼差しを見てとることができる。



ロラ・アリアス『MINEFIELD──記憶の地雷原』2018 京都芸術劇場 春秋座
[撮影:松見拓也 提供:KYOTO EXPERIMENT事務局]

公式サイト:https://kyoto-ex.jp/2018/

2018/10/26(金)(高嶋慈)

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