2019年12月01日号
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artscapeレビュー

主戦場

2019年09月15日号

慰安婦問題を扱ったドキュメンタリー映画で、日系米国人のミキ・デザキ監督はこれがデビュー作となる。日韓米の3ヵ国にまたがる論客が、歴史修正主義者・保守主義者・ナショナリストの右派とリベラルの左派に分かれ、「20万人」という数字の根拠、「強制連行」「性奴隷」という言葉の妥当性、歴史教育のあり方などの論点をめぐり、主張や反証の応酬を繰り広げる。インタビュイーは約30人にのぼるが、論点の交通整理と映像編集の巧みさにより、両陣営が一堂に会する架空の討論会の聴衆として、白熱する論戦を目撃しているようなスリリングな知的興奮を味わう。

強く心に残る言葉がいくつも登場する。「慰安婦を表現した少女像の前に韓国国旗を持ってきた人がいたら、『国旗ではなく、運動のシンボルの蝶の旗を持ってきて』と言う。国と国の問題ではなく、人権と人権の問題だから」と語るユン・ミヒャン(韓国挺身隊問題対策協議会)。「沖縄のように信頼性の高い数字が出る場所以外は、検証のしようがないため、数という形では出さない」と言う渡辺美奈(アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」事務局長)。数字のインパクトや「分かりやすさ」が、意図に反して利用されてきたことへの警戒が滲む。「櫻井よしこの後継者」と言われた、元修正主義者の日砂恵ケネディは「ナショナリストには事実を認めてほしい。敵がいなくなって、自由になれた」と明かす。いずれも女性たちの言葉だ。

とりわけ後半から終盤にかけて、ナショナリストや修正主義者の詭弁に対して、左派・リベラルの陣営が冷静に検証し、論拠を一つひとつ切り崩し、背後に根づくレイシズムと女性差別を暴いていく展開はスリリングで爽快感さえ覚える。

「重い」テーマのはずなのに、見終えた後のこの軽やかな爽快さはなぜだろう。それは、(この映画の特徴/戦略のひとつでもあるのだが)あえて元慰安婦の証言を(ラストシーン以外)使用せず、人権と尊厳を蹂躙された生々しい傷と苦渋に満ちた言葉が出てこないことも起因する。だが、この意図的な「証言の封印」は、(修正主義者が言うように)「彼女たちの証言が二転三転し、信憑性に欠ける」からでは決してない。そうではなく、「言語化できないこと」「語りようのない苦痛」「共有不可能性」がまさにトラウマ体験の本質をなすことへの示唆もあるのではないか。

したがって本作における「当事者の証言の欠如」は、「歴史の空白地帯」ではなく、「空白でしか指し示しえない暴力の痕跡」こそを指し示す。そして、その深く穿たれた空洞を言葉で充填する代わりに、「慰安婦」という主題の周囲を旋回しながら、「レイシズムと女性差別とナショナリズム、そして植民地期の暴力の忘却」という日本の病巣の深淵を暴き出す。

公式サイト:http://shusenjo.jp

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