artscapeレビュー
主戦場
2019年07月15日号
東京のミニシアターでは立ち見が出ると聞いて、仙台駅の隣にあるチネ・ラヴィータで、ミキ・デザキ監督の映画『主戦場』を鑑賞した。もっとも、こちらは残念ながら空席が多く、拍子抜けだった。本来ならば、自国の問題として日本人がこうしたドキュメンタリーを制作しているべきだとも思ったが、監督が日系アメリカ人の留学生だったからこそ、実現できたプロジェクトなのかもしれない。すなわち、後で上映中止を訴え、裁判をおこした「歴史修正主義者」たちは油断して、いつものように調子のいいことをカメラの前でえんえんと演説し、その様子が映像に記録できたのである。一方、逆側の語りは、慎重に歴史の言葉を選ぶ人が多いように思われた。
映画内でとりあげられる内容は、慰安婦をめぐる議論の基本的な知識をテンポのいいスピード感で得ることができる、入門編的なものだ。筆者が実際に訪れたソウルやサンフランシスコの慰安婦像も紹介されていた。どちらの言い分を信じるかは、実際に鑑賞した観客の判断に任せるとして、やはりドキュメンタリーが面白いのは、しゃべっている人間の顔や表情、そして身ぶりがよくわかることだろう。つまり、言葉の外部である。
印象に強く残ったのは、過去の発言や記録の細部を切り取り、突っ込みを行ない、「慰安婦」の定義のずらしを行なう「修正主義者」たちの笑顔である。また「韓国や中国が絶対に日本には追いつかない」という信条や、フェミニストの女性を侮辱する言葉を嬉々として語るのだ。彼らがおそらく何度もネタとして繰り返している差別的な内容は、滑稽ですらあるが、ネットにおける匿名の発言ではなく、国会議員やTVタレントのような人物が自信満々にしゃべっていることは深刻な事態だろう。
そしてラストに登場する大ボスの発言はあまりに無茶苦茶すぎて、これはパラレルワールドの住人ではないかと耳を疑った。もし、こうした思想が本当に現在の政治に影響を与えているとすれば、リアル・ホラー感すら漂う。映画の最後では、日本がアメリカの戦争に巻き込まれる可能性を警告していたが、G20直後のトランプの日米安保条約に関する発言で、よりいっそうきな臭くなっている。
公式サイト:http://www.shusenjo.jp/
2019/06/05(水)(五十嵐太郎)