artscapeレビュー

式場隆三郎:脳室反射鏡

2020年07月01日号

会期:2020/05/19~2020/07/26

広島市現代美術館[広島県]

この春、広島で見たい展覧会が3本あったが、コロナ禍で展覧会が延期になってしまい、ようやく2カ月遅れで見に行く次第。なかでもいちばん興味をそそったのがこの式場隆三郎(1898-1965)の展覧会だ。ご存じだろうか? 式場はゴッホや山下清を広く世に紹介した精神科医。ぼくはゴッホに憧れていた10代のころから気になっていた存在で、その後も山下清や二笑亭や草間彌生を知るたびにこの人の名前が出てくるのに、いったいどんな人物だったのか、その全体像を知らないまま、いや知る機会がないまま半世紀がすぎてしまっていた。

展覧会は、式場の青年時代を振り返る「芸術と医学」、美術と文学をめぐる仕事を紹介する「芸術と宿命」、民芸運動との関わりなどを中心とする「芸術と生活」の3部構成だが、式場の活動があまりに多岐にわたり、関心があっちこっち行ったり来たりするため、うまく整理しきれていない印象だ。逆に、ぐちゃぐちゃな脳内をそのまま反映させた展示と見れば納得もする。タイトルの「脳室反射鏡」は式場の著書から採ったものだが、彼の頭のなかではさまざまな関心事が乱反射していたに違いない。

「芸術と医学」では、新潟大学の医学生時代から傾倒した白樺派を紹介し、木喰仏の全国調査に協力したり、民芸運動に同伴したり、ゴッホの精神病理学的研究にも手を染めたりしていたことがわかる。芸術と狂気の関係を説き、アウトサイダーアートの道を開いたプリンツホルンの『精神病者はなにを創造したのか』や、ヤスパースの『ストリンドベリとヴァン・ゴッホ』などの蔵書もある。「狂人の絵」とか「病的絵画」とか「低能児」といった単語が出てきてドギマギする。

「芸術と宿命」では、精神病患者の絵を紹介したり、草間彌生のデビューを後押ししたり、劇団民藝の『炎の人 ヴァン・ゴッホの生涯』に関わったり、山下清のプロモーターを務めたりするが、圧巻なのは全国を巡回したゴッホの「複製画展」。そのポスターを見ると、大都市はもちろん、西条市、米子市、大垣市といった地方都市まで13会場におよぶ。そのうちの今治市でのゴッホ展が再現されていて、布を張った壁に額入りの複製画を掛け、手前にテーブルを並べただけのなんとも貧相なもの。戦後まもないころなので、本物の「ゴッホ展」など望むべくもなく、カラー印刷の画集も貴重品で、ほかにこれといった娯楽もない時代だったから、こうした複製画展の需要は高かったらしい。

最後の「芸術と生活」では、再び民藝運動との関わりを紹介したり、幻の奇想建築《二笑亭》の一部を再現するほか、『人妻の教養』『独身者の性生活』といった本を出したり、頭脳薬「シキバブレノン」を販売したり、ホテル経営に乗り出したり、かなりアヤしい裏の顔も見せている。こうして見ると、式場の関心は白樺派に始まり、民藝運動、ゴッホ、山下清、草間彌生、二笑亭と一貫して芸術と非芸術のきわどい境界線を歩んでいるのがわかるが、その反面、複製画展を巡回させたり、山下清をマスコミに売り出したり、大衆受けを狙って安売りする山師的な側面もあったようだ。式場にとってはゴッホと山下と草間の違いなど大したことではなかったのかもしれないが、だからといって忘れられていい人物ということではない。できればカタログをつくってほしかった。

2020/06/19(金)(村田真)

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