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artscapeレビュー

中野成樹+フランケンズ『Part of it all』

2021年09月15日号

会期:2021/07/18

えこてん 廃墟スタジオ、屋上スタジオ[東京都]

中野成樹+フランケンズ、略してナカフラ2年半ぶりの(東京ではなんと5年ぶりの!)公演が行なわれた。演出ノートによれば、しばらく公演がなかったのは中野が「鬱をわずらったり、複数のメンバーが育児に追われはじめたり、新型コロナがやってきたり、なかなかその機会が整」わなかったから、とのことで、そのような状況でも演劇をやるために今回の公演は「現状のメンバー全員が、 ①日常生活を維持しながら無理なく参加できる ②あるいは、積極的に不参加できる」という二つの指針に基づいて準備が進められてきたそうだ。日曜日1日のみ、午前午後1回ずつの2回公演。すべての役に複数の俳優が割り当てられているのも公演を「無理なく」行なうための構えだろう。

今回上演されたのはエドワード・オールビー『動物園物語』を原作に中野が誤意訳・演出を手がけた『Part of it all』。ナカフラはもともと「時代・文化風習等が現代日本と大きく異なる、いわゆる『翻訳劇』をとりあげ、『いまの自分たちの価値観と身体』で理解し体現する」ことを掲げ、「逐語訳にとらわれない翻訳、あらすじのみを死守する自由な構成、従来のイメージやマナーにとらわれぬ私たちの物語としての作品解釈、その方法・表現を『誤意訳』と名付け」て実践してきた。今回の『Part of it all』は会場となった廃墟スタジオでまずは第一部として「原作の紹介上演」が行なわれた後、同じ会場で第二部として「その誤意訳上演」、そして屋上へ移動しての第三部「+メンバーの日常」という三部構成での上演となった。手練ぞろいのナカフラ俳優陣による上演は期待に違わず抜群の面白さだった。



原作の『動物園物語』は男二人の会話劇。ピーター(洪雄大/福田毅)が公園のベンチで本を読んでいると見知らぬ男が「動物園へ行ってきたんです」と話しかけてくる。適当にあしらって会話を早く切り上げようとするピーターだったが男はしつこく話しかけてくる。ジェリー(田中佑弥/竹田英司)と名乗るその男はどうやら動物園で何かニュースになるようなことをしてきたらしい。出版社に勤め妻子もいるピーターと酷いアパートの一室に独り住むジェリー。不均衡な二人のあいだで交わされる会話は不穏さを増していき、やがて悲劇的な結末を迎える……のだが、今回の上演はおおよそ前半部のみ。不穏さが急激に高まっていく直前で上演は途絶し、第二部の誤意訳がはじまる。

第二部ではピーターが三人になっており(A:佐々木愛/北川麗、B:福田毅/洪雄大、C:新藤みなみ/[中野成樹])、どうやら彼女たちは会社の同僚らしい。休憩中だろうか、コーヒーや財布を手に心霊写真の話で盛り上がる三人。そこに缶酎ハイとコンビニのチキンを手にした男(=ジェリー、配役は第三部まで同じ)がやってくると、「一人、百円ずつもらっていいですか?」と言い出し──。ジェリーの不条理さは原作と同様だが、第二部では構図が三対一になったことでピーターの側にある数の優位とその感じの悪さが際立つ。Cのパートナーが電通に勤めているという設定は、数の優位が資本の力とも結びつき得ることを示唆するものだろう。金を払えばいいのだろうと言わんばかりの態度も鼻につく。

第三部は基本的には第二部と同じ内容なのだが(ただしピーターはA:石橋志保[佐々木愛、北川麗]、B:小泉まき[福田毅、洪雄大]、C:野島真理/斎藤淳子[新藤みなみ])、上演のシチュエーションが変わることでその見え方は再び大きく変わることになる。舞台は屋上。アウトドア用のテーブルや椅子、パラソルやビニールプールなどが置かれた空間で、ナカフラのメンバーとその子供たちが遊んでいる。そこにやってくるジェリーは子供たちに危害を加えかねない不穏さを孕んでいるように見え、ピーターたちはジェリーを子供たちに近づけないように立ち回る。ジェリーはいわゆる「無敵の人」のようでもあり、数では勝るピーターたちは、必ずしも優位な立場にあるわけではない。



ところで、今回の上演では一貫してピーターたちは白、ジェリーは赤の衣装を身にまとっていて、そのことが対立の構図をより鮮明に見せている。だが、上演の核は分断よりはむしろ「見えないもの」に想像を広げていくことにあるだろう。誤意訳で書き込まれた心霊写真(過去、死者)やお腹の子(未来)といったモチーフがそのことを示している。第二部では女性が、第三部では子供が登場し、舞台の上の人数とその多様性は増していく。それはつまり、それ以前には舞台上に彼女たちはいなかったということだ。だがそれでも、それ以前の上演の背後にも彼女たちは存在していたことは言うまでもない。演劇は、芸術は、社会と生活から切り離された営みではない。

動物園で何が起きたかをはじめ、ピーターと観客はジェリーの背景を十全に知ることができない。今回の上演は途中までなので、戯曲を読まなければ戯曲に書かれているはずのことすらすべてを知ることはできない。そこにあるのは全体の一部に過ぎず、しかしたしかに全体の一部ではある。そのことを改めてきちんと想像してみること。

屋上で上演される第三部には無言のまま舞台をゆっくりと通り過ぎる人物がいて、その衣装は鮮やかな青だ。赤と白の衣装は日本国旗を連想させるが、世界は紅白のなかで完結するわけではない。国旗は空にはためくものであり、日本の外側には海も広がっている。海の向こうにはまた別の国々もある。青空と街並みを背景に屋上で上演され、俳優たちの日常までもが垣間見える第三部は、私の見えないところにも世界は広がっているのだというごく当たり前のことを、しかし鮮やかに体感させてくれた。


公式サイト:http://frankens.net/
『Part of it all』中野成樹・野島真理インタビュー:http://frankens.net/part-of-it-all-interview/

2021/07/18(日)(山﨑健太)

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