2022年05月15日号
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artscapeレビュー

奈良原一高「宇宙への郷愁」

2021年11月01日号

会期:2021/09/13~2021/11/20

写大ギャラリー[東京都]

奈良原一高をはじめ、東松照明、川田喜久治、細江英公ら、VIVOの写真家たちには、「宇宙的感覚」とでもいうべきものが共通している。彼らの写真には、むろん現実世界の断片が写り込んでいるのだが、それとともに地上から遥かに離れた遠い場所を希求し、作品に取り込むような志向が見られるのだ。

それはなぜなのかと考えると、あの敗戦の日の、抜けるような青空の体験に行きつく。VIVOの写真家たちは、感受性が最も張り詰めた少年期にその日を迎え、共通体験として記憶に刻みつけた。現実世界のリアリティはその時にいったん失われ、宇宙的な「遠さ」の感覚に置き換えられる。それはVIVOの写真家たちだけではなく、たとえば詩人の谷川俊太郎、作家の大江健三郎、建築家の磯崎新など「戦後世代」の作り手に共通する志向と言ってもよい。

VIVOのメンバーのなかで、「宇宙的感覚」を作品のなかに最も広範囲に、長期にわたって取り入れていったのは、おそらく奈良原一高だろう。今回の写大ギャラリーの個展には、デビュー作である「無国籍地」(1954)から、最後の仕事になった「Double Vision」(2000-2002)まで、代表作50点が出品されていた。それらのほとんどすべてに、遥かに遠い場所への憧れが脈打っているように感じる。

その傾向は、彼が写真家として高く評価され、生涯の締めくくりに向かおうとしていた1990年代以降に、より強まっているように見えるのが興味深い。胸椎腫瘍で入院・手術後に制作された「インナー・フラワー(単純X線像)」(1991)、表参道、神宮前などの光景を近未来的にコラージュした「Vertical Horizon Tokyo(1991-1995)など、地上から浮遊するような感覚がより強まってきている。それらは「消滅した時間」(1970-1974)などのシリーズに、すでにくっきりと表われてきていたのだが、1990年代以降には、より切実なテーマとして意識されるようになったのではないだろうか。

2021/09/29(水)(飯沢耕太郎)

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