artscapeレビュー

蔵真墨「香港 ひざし まなざし」

2021年11月01日号

会期:2021/10/07~2021/10/31

コミュニケーションギャラリーふげん社[東京都]

既に刊行されていた写真集『香港 ひざし まなざし』(ふげん社)にざっと目を通した時には、丁寧に撮られた、いいスナップショットの集積だと思ったのだが、それほど強い印象は受けなかった。だが展示を見て、蔵真墨がなぜ、いま香港の写真を発表したのかがしっかりと伝わってきた。18点に絞り込んだ写真の選択、配置もよく考えられており、プリントで写真を見ることの大事さをあらためて感じることができた。

蔵が最初に香港を訪れたのは1996年。その後、2012年、2019年の年末から2020年の1月にかけて、あわせてもひと月余りしか滞在していない。今回の展示では、その短い期間で、香港という特有の歴史を持つ場所にかかわり、撮影し、発表することの意味を考えざるを得なかったようだ。香港は近年、民主化デモで揺れ動き、コロナ禍もあってさらに困難な時期を迎えつつある。だが、蔵はあえてそのような社会的な事象ではなく、日常の場面にカメラを向けることで「難しい状況を生きている人たちに寄り添うことができないか」という思いを形にしようとした。被写体を柔らかに受け止めることができる6×6判のカメラ、モノクロームフィルムという選択を含めて、その意図はとてもうまく成就していると思う。

大事なのは、香港に身を寄せている蔵自身の存在を、写真にきちんと写し込もうとしていることだ。壁に映る樹の影、コンクリートの染み、地面に落ちた自分の影を写した写真などに、それがよく表われている。また、貨幣、お茶の葉など「香港にまつわるオブジェを使って制作した」フォトグラム作品も同時に見せることで、現地での体験を日本にまで持ち込み、熟成させようとしている。これも写真集ではうまく伝わってこなかったのだが、スナップショットとフォトグラム作品とが強く結びついてくることが、展示を見ていてよくわかった。

2021/10/16(土)(飯沢耕太郎)

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