artscapeレビュー
菅野由美子展
2021年11月01日号
会期:2021/10/04~2021/10/30
ギャルリー東京ユマニテ[東京都]
菅野は15年ほど前から器を並べた静物画を描き続けているが、今回は少し趣を異にする。見た目はこれまでとほとんど変わらないが、違うのは器のヴァリエーションが増えたこと。これまでは自分の収集したお気に入りの器を並べて描いてきたが、今回は友人たちが愛用する器を描いたそうだ。本人いわく、「会いたい人にもなかなか会えない日々が続いたので、友人たちの器を描いてみたくなった」。といっても実物を見て描くのではなく、メールで愛用のカップの画像を送ってもらい、画面上に構成したのだという。
たとえば、案内状にも使われている《MUG_7》。複雑に入り組んだ棚が正方形の画面を大きく十文字に分けている。どこかエッシャーの位相空間を思わせるが、それは重要ではない。その棚の中央2列に計14個のマグカップを置き、右上と左下にティーポットを配する構図だ。これらのマグカップは友人たちから送られた画像を元にしたもの(ぼくの愛用していたマグカップもちゃっかり鎮座している)。実物ではなく画像を見て描くのは安易な気もするが、実はとても難しい。なぜなら、送られてくる画像の大半は斜め上から撮ったものだが、その角度は人それぞれ異なるし、光の方向も右から左から正面からとバラバラに違いない。それらを修正しつつひとつの画面に破綻なくまとめ上げなければならないからだ。
めんどくさそうな作業だし、そもそも他人の選んだ器を描くのだから気が進まないと思いきや、意外にも菅野は楽しかったという。なぜならこれらのカップを描いているとき、それぞれの所有者のことを思い、心のなかで会話したからだそうだ。それはおそらくカップだから可能だったのではないか。言葉を発するのも、カップから飲むのも同じ人の口だから。コロナ禍で人に会えないから友人たちのカップを描いたら、会話が成り立ってしまったという小さな奇跡。静物画が、ただの静物画ではなくなるかもしれない。
2021/10/04(月)(村田真)