2022年12月01日号
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artscapeレビュー

いいへんじ『器』

2022年07月01日号

会期:2022/06/08~2022/06/18

こまばアゴラ劇場[東京都]

「死にたみ」とともに生きるとは、あるいは「死にたみ」とともにある人とともに生きるとはどういうことか。いいへんじ『器』(作・演出:中島梓織)は擬人化された「死にたみ」の存在を通して、「死にたみ」とともにあることになんとか折り合いをつけようとする作品だ。なお、公式のウェブショップでは戯曲も販売されている。以下では作品の結末にも触れているので、興味を持たれた方は先に戯曲を読んでいただく方がいいかもしれない。

冒頭、ピエロのような服(衣装:カワグチコウ)を着た人物が「みんなー! おれっちの声、聞こえるー?」と観客に向かって大声で語りかける。すぐさま「聞こえてないよねー? おっけおっけー!」と言う、もうすぐ生まれるところらしいその人物(?)こそがこの作品に登場する「死にたみ」のひとり・メラン(小澤南穂子)だ。



続く場面では就職し二人での新生活をはじめるカズキ(宮地洸成)とカナ(松浦みる)の引っ越しを友人のショウ(藤家矢麻刀)とその兄・ハル(竹内蓮)が手伝っている。ハルには「死にたみ」・ドンク(箕西祥樹)がついているが、ほかの人間には見えていないようだ。また別の場所ではカズキの高校の同級生・サキ(波多野伶奈)が配信をしていて、その側にも「死にたみ」・クラン(飯尾朋花)がいる。再び場面が転換すると新生活がスタートしていてカナコは出勤していくのだが、どうやらカズキは働いていない様子。夕方になって二度寝から目覚めたカズキは頼まれていた買い物のために訪れたスーパーでメランと出会い──。




アニメやゲームなどメディアミックスで展開する『妖怪ウォッチ』という作品がある。『妖怪ウォッチ』では世の中の困った問題や不思議な現象はすべて「妖怪のしわざ」だとされ、主人公たちは妖怪と友達になることでそれらの問題を解決していく。例えば子供がいたずらをするのもその子が悪いのではなく取り憑いた「妖怪のしわざ」なのだというわけだ。「死にたみ」を感じるのも当人に原因があるのではなく取り憑いた「死にたみ」のせいなのだ、という考えはそれ自体、当人や周囲の人間の気持ちを軽くし「問題解決」への第一歩となり得るものだろう。心理療法でいうところの認知療法の実践に近いところもあるかもしれない。

完治が難しいとされるうつ病では、「普通の」生活ができる程度に症状が改善した状態を寛解と呼ぶ。「持病」としてのうつ病とどう付き合っていくか。ドンクの機嫌の取り方を覚え、何とか日々を過ごしているハル。クランの言葉を聞かないふりでやり過ごそうとするサキ。そして何なのかわからないままに生まれたばかりのクランと暮らしはじめるカズキ。「死にたみ」との距離感は付き合いの長さによって三者三様だ。



「死にたみ」が俳優という生身の人間によって演じられるこの作品では、観客にとって「死にたみ」がそこに存在していること、そしてそれが取り憑いている当人とは別個の存在であることは最初から自明のことだ。だが、登場人物にとってはそうではない。メランがカズキのことをずっと見ていたと言うのに対し、カズキはメランの存在に気づいてなお、「それ」がなんなのかわからずメランの言葉を聞き取ることもできない。メランを「見つけた」カズキはなぜか就職活動に精を出しはじめるのだが、その行動はカズキが自らの抱える感情を見極められていないがゆえのものでもあるだろう(その点では、急に就職活動をはじめたカズキを心配するカナの方がまだカズキの状態に敏感であると言えるかもしれない)。状態が悪化し引きこもり、やがて「死にたい」とつぶやくようになってようやく、カズキはメランの言葉を理解できるようになる。それはつまり自分のなかに「死にたみ」があることを認めることだ。時を同じくしてメランは、自分たちが生まれたのは「このままじゃ死んじゃう」ことに「気づいてもらいたかった」からじゃないかという話を先輩であるところのドンクから聞いていた。当然といえば当然だが、カズキとメランの変化は連動しているのだ。そうしてカズキとメランはともに「生きる」ためのスタート地点に立つ。登場人物の微細な心の揺れを丁寧に掬い上げた俳優陣に拍手を送りたい。




ひとりの女性の脳内会議の様子を描いた『つまり』や自分のなかにある他人のイメージを具現化した『夏眠』『過眠』など、いいへんじには演劇的な仕掛けを巧く使って心の動きを視覚化した作品が多い。一方、作品ごとに描きたいことがあまりに明確であるがゆえか、メイン以外の登場人物に作品内で与えられた役割以上の広がりが感じられず、テーマや物語を描くためだけに存在しているように見えてしまうきらいもある。今回『器』と二本立てで上演された『薬をもらいにいく薬』では演劇的な仕掛けが控えめだったこともあり、特にその点が気になった。どの作品でも中心となるテーマや登場人物へのまなざしとそれを扱う手つきは繊細であるだけに「もっといけるはずだ」と思ってしまうのは高望みだろうか。


いいへんじ:https://ii-hen-ji.amebaownd.com/



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