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孤高の高野光正コレクションが語る ただいま やさしき明治

2022年07月01日号

会期:2022/05/21~2022/07/10

府中市美術館[東京都]

つい最近、平塚市美で「リアルのゆくえ」という同じタイトルなのに別内容の展覧会を見たばかり。この「ただいま やさしき明治」も2、3年前に府中市美でやってなかったっけ? と思って調べたら、「おかえり 美しき明治」(2019)という展覧会だった。紛らわしいなあ。でも平塚も府中も以前の展覧会がとてもよかったから、たとえ作品が同じでもまた見にいく気になる。でも逆に同じ展覧会だと思って見に行かない人もいるはず。果たして紛らわしいタイトルは損なのか得なのか。いやそんなことより、この「おかえり」から「ただいま」への変化はなんなんだ? フツーは「ただいま」「おかえり」の順だろう。強いていえば、「ただいま」は作品の側から、「おかえり」はそれを受け止めるわれわれから発せられるあいさつ。だからどっちでもいいといえばどっちでもいいのだが。「美しき」から「やさしき」に変わったのも微妙で、内容を見る限りどっちでもいい。

と、どっちでもいい話をしてる場合ではなく、前回と今回の決定的な違いを述べなければいけない。両展とも水彩画を軸に明治期の珍しい絵画を紹介する点では共通しているが、前回が府中市美をはじめ各地の美術館やプライベート・コレクションからかき集めてきたのに対し、今回は初公開の高野光正コレクションを中心に成り立っていること。高野コレクションは、明治期に訪日した英米の画家と、日本人の画家による水彩画を核とする。英米人の作品は母国に持ち帰られ、日本人の作品は外国人に購入されて海外に流出したもので、高野氏は主に英米の市場でそれらを買い集め、総数700点にも上るという。今回はそのうちの約半数が公開されている。

もう一つ異なっているのは、前回が府中市美独自の企画展だったのに対し、今回は京都からの巡回展を基本に数十点を加えている点だ。だから、前回もっとも驚いた笠木治郎吉の水彩画が今回もたくさん出ているなと思ってカタログを見比べてみたら、大半が異なっていた。笠木の絵は、猟師や花売り娘など明治期の人々を背景や小道具まで丹念に描き出した、ポップでメルヘンチックなイラストにも見紛うような水彩画。きっと外国人に人気があってよく売れたのだろう、似たような作品を繰り返し何点も描いていたのだ。たとえば猟師の絵は前回は3点、今回は5点あるが、重なっているのは府中市美の《帰猟》1点だけで、あとは背景やポーズが異なっている。同じく笠木作品で今回もっともインパクトがあったのは《新聞配達人》で、腰に鈴をつけて新聞の束を抱えた配達人が花咲く道を軽快に走り抜けていく様子を詳細に描いたもの。リアルといえばリアルな描写だが、現実感に乏しく、笠から覗く寄り目には思わず笑ってしまう。

外国人による水彩画も興味深い。幕末に来日し、高橋由一や小林清親に教えたチャールズ・ワーグマンをはじめ、アルフレッド・イースト、ジョン・ヴァーレー・ジュニア、アルフレッド・パーソンズ、ハリー・ハンフリー・ムーアら、想像以上に多くの英米人が来日して作品を残している。彼らに共通しているのは、富士山を別にしていわゆる名所や観光地より、身近な風景や生活風俗を描いていること。自然の風景なら世界中どこも大して代わり映えしないが、生活風俗にこそ彼我の違いが如実に現われるからだ。そして彼らから影響を受けた五姓田義松、五百城文哉、丸山晩霞、吉田博、大下藤次郎らの水彩画を中心とする近代化以前の風景画が並ぶ。

英米人および日本人が描いて海外に流出した水彩画は、おそらくここにある数十倍か数百倍はあるはず。その大半は失われたにしろ、まだまだ発掘される可能性は大きい。これらは忘れられた日本の近代絵画史の穴を埋める貴重なピースというだけでなく、近代化されていく明治時代の生活風俗や文化を知るための資料としても大いに役立つに違いない。

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