artscapeレビュー
村田真のレビュー/プレビュー
Under 35 廖震平
会期:2017/08/25~2017/09/13
BankART Studio NYK 1階ミニギャラリー[神奈川県]
35歳以下の若手作家に発表の機会を与えるU35シリーズの第2弾は、台湾出身の廖震平の個展。彼が描くのは一見ありふれた風景画のようだが、どこか変。例えば木が画面のちょうど中央に立っていたり、画面の枠に沿って四角い標識が描かれていたり、道路のフェンスが画面をニ分割していたり、不自然なほど幾何学的に構築されているのだ。そのため風景画なのに抽象画に見えてくる。というより具象とか抽象という分け方を無効にする絵画、といったほうがいいかもしれない。
1点だけ例を挙げると、巨大な木を描いた《有平面的樹》。右下から斜め上に幹が伸びているが、白くて丸い切り口が画面の中心に位置しているのがわかる。いったんそのことに気づくと、もうこの絵は風景も木も差しおいて、白い丸が主役に躍り出てくる。太い幹や暗い木陰や細かい枝葉は、白い丸を際立たせるための小道具にすぎないのではないかとすら思えてくるのだ。そもそも彼は風景を描いていない。風景を撮影してタブレットで拡大した画像を見ながら描いているのだ。その意味では「画像画」というべきか。だからなのか、彼の表象する風景からはなんの感動も伝わってこない。伝わってくるのは絵画を構築しようとする意志であり執念だ。そこに感動する。
2017/08/25(金)(村田真)
川俣正「工事中」再開
会期:2017/08/18~2017/09/24
アートフロントギャラリー+ヒルサイドテラス屋上[東京都]
川俣正の「工事中」をリアルタイムで知ってる人はもう50歳以上のはず。1984年、川俣は代官山のヒルサイドテラスで「工事中」と題するプロジェクトを行なった。アートフロントギャラリーの企画で、この建物の内外を材木で覆っていく計画だったが、テナントから実際に「工事中」に間違えられて客足が遠のくとクレームがつき、途中で断念。ところがこれを写真週刊誌がスクープして人が集まり始めたため、テナントは手のひらを返すように続けてほしいとお願いしたらしい。ともあれ、川俣はその直後ACCの奨学金で渡米し、3年後にはドクメンタ8に参加。その年に出版した初の作品集はドクメンタの出品作品を表紙に使い、タイトルを『工事中 KAWAMATA』とした。「工事中」は初期の川俣にとってエポックメーキングなプロジェクトだったのだ。
あれから33年、「工事中」を「再開」するという。なぜいま? と訝しく思うが、「再開」にいたるまでにはいくつかの伏線があった。まずひとつは「代官山インスタレーション」の終焉。これは1999年からヒルサイドテラスを中心とする代官山界隈を舞台に、隔年で開催されたサイトスペシフィックなインスタレーションの公募展。企画はやはりアートフロントギャラリーで、「工事中」に刺激されたであろうことは審査員のひとりに川俣が選ばれたことからもうかがえる。さらに川俣のように都市と切り結ぶアーティストを発掘したいとの思惑もあっただろう。だが、目標は達成されたとはいいがたく、そこそこ楽しめる作品はあったものの、とびきり優れた作品もアーティストも輩出することなく4年前に幕を閉じてしまう。きっと川俣は歯がゆく思ったに違いない。「自分ならこうするのに」と。
ふたつ目は、ヒルサイドテラスの前に架かる歩道橋がこの秋、撤去されることになったこと。それがなぜ「工事中」の再開につながるのかというと、今回は建物の内外ではなく屋上に材木を組んでいるのだが、屋上でやるのは上からの視点を想定しているということであり、件の歩道橋の上から眺めるために制作したということだ。こうして川俣のインスタレーションを見るためにみんな歩道橋に上り、歩道橋の存在も記憶に刻まれるというわけだ。
そしてもうひとつ、この夏、「東京インプログレス」の一環として6年前に南千住に建てられた汐入タワーが解体され、廃材が大量に出たこと。この廃材が代官山に運ばれ、インスタレーションの材料として使われることになった。こうしていくつかの偶然が重なり、たまたま2017年の夏に実現することになったわけだ。実際に歩道橋の上から見ると、こんもりと材木が盛り上がっている感じ。カチッとしたモダン建築にザラッとした大量の材木が積み重なっているさまは、なにか心をざわつかせる。もはや陳腐なたとえだが、津波で流された廃材が建物に引っかかっている光景を彷彿させないでもない。屋上に上がってみると、材木を組んだ内部は人が動けるくらいの空洞になっていて、重なった材木越しに代官山の風景を見ることができる。1階のギャラリーには84年の「工事中」の写真・資料も展示され、アートフロントの北川フラムさんも、写真家の安斎重男さんも、PHスタジオの池田修(現BankART代表)も当たり前だが若い。池田くんなんか体積が半分くらいしかない。
2017/08/18(金)(村田真)
藤田嗣治天井画 特別展示
会期:2017/08/11~2017/08/29
迎賓館赤坂離宮本館[東京都]
赤坂の迎賓館で藤田嗣治の天井画が公開されるというので見に行く。この情報を知ったのはもう予約が締め切られたあとなので、開門の朝10時前に正門前に駆けつけてみると、すでにかなりの人だかり。団体客のようだ。西門に移動し、セキュリティチェックで30分ほど待たされてようやく入場できた。迎賓館に入るのはもちろん、建物を見るのも初めてだ。思ったより大きいが、まるで西洋の宮殿のコピー。と思ったら、よく見ると屋根に鎧兜をまとった戦国武将の彫刻が載っていて、かなりキッチュだ。設計はジョサイア・コンドルに学んだ片山東熊。奈良博や京博の本館、東博の表慶館も彼の設計だ。館内に入ると、壁や柱には触れないようにとのお達しで、築100年以上たつのに壁は不自然に真っ白。数百年の歴史をもつ西洋の宮殿に比べれば青二才といった趣で、ホンモノなのにフェイク感が漂っている。
藤田の天井画は、1935年に銀座の洋菓子屋コロンバンの天井を飾るために描かれたもので、計6点ある。戦時中は戦火を逃れるために運び出されて保管されていたが、1975年に迎賓館に寄贈されたという。今回は本館の3室に分散され、いずれも天井ではなく白い仮設壁に掛けられている。大きさは各150号くらいだろうか、のちの《アッツ島玉砕》よりひとまわり小さい。主題は田園で2、3人の人物や天使が戯れるという甘美な、というより陳腐なもの。いずれにせよパリ時代の乳白色の裸婦に比べれば明らかに精彩を欠いており、60年を超す画業のなかでも最悪の作例だと思う。もしこのあと藤田が戦争画を描かなかったら、20年代にパリで狂い咲いたものの、帰国後はパッとしない陳腐な画家としてフェイドアウトしていたかもしれない。おそらく藤田もそれを自覚し、危機感を抱いていたはずで、だからこそ戦争画に活路を見出したのではないか。館内には小磯良平の作品も2点あって、それぞれ美術と音楽を主題にしたもの。小磯は戦争画だろうがバレリーナだろうが、なにを描かせても似たようなタッチで同じような完成度で仕上げてくる。藤田とはえらい違いだ。
2017/08/17(木)(村田真)
第11回 shiseido art egg:菅亮平展〈インスタレーション〉
会期:2017/07/28~2017/08/20
資生堂ギャラリー[東京都]
ギャラリーを入った正面のいちばん大きな壁面に、真っ白くて作品のない(でもベンチはある)展示室を右へ左へ正面へと次々通過していく映像《エンドレス・ホワイトキューブ》が映し出されている。映像内の展示室は実物ではないし、ミニチュアかとも思ったがそうでもなさそうだし、たぶん資生堂ギャラリー(の大きいほう)をモデルにCGで作成したものだろう。対面の壁には縦横それぞれ70-80個ずつ正方形のマス目が書かれた4枚の《マップ》が掛けられている。なにかと思ってよく見ると、各マスの天地左右のいずれかの辺またはすべての辺に切れ目があり、これを出入口と見立ててマス目を展示室と見なせば、超巨大美術館または無限美術館の(部分的な)平面図であることが理解できる。白くて正方形の展示室が無限に連なるホワイトキューブ地獄、といってもいい。映像作品はこの無限の展示室を巡っていたのだ。
奥のギャラリーには白いプリントが5枚。よく見ると画面内側にもうひとつ白い矩形が浮かび上がり、いや浮かび上がるというより、パースがかかっているので奥に引っ込んでいるように見え、ホワイトキューブの壁を表象したものであることがわかる。これを壁にうがたれたニッチ(壁龕)または陳列棚と見ることも可能だ。タイトルは個展名と同じく《イン・ザ・ウォール》。映像ともどもホワイトキューブの壁の向こうに延々と展示室が連なる幻想を誘発させる優品だ。
2017/08/16(水)(村田真)
美術館ワンダーランド2017 イロ・モノノ ハコニワ
会期:2017/07/08~2017/09/01
安曇野市豊科近代美術館[長野県]
再び安曇野へ行ったついでに、若手作家の企画展が開かれている豊科近代美術館に寄ってみた。美術館は一見ロマネスク風の瀟洒な建物に見えるが、中に入ってみると意外と安普請だったりする。1階は高田博厚と宮芳平の常設展示室で、2階が企画展示室。2階は中庭を囲むようにテラスがあり(ただし現在は立ち入り禁止)、テラスを囲むように展示室があり、展示室を囲むように回廊があり、回廊の外側にも展示室があるという入れ子状の構造で、外見ともどもヨーロッパの修道院を思い出させないでもない。ひとつだけ離れに大展示室があるほか、部屋は小さく分かれているため、今回のような個展の集合体としての企画展には向いているが、テーマ展には使いづらそうだ。
さて「美術館ワンダーランド」展は、80-90年代生まれの若手アーティスト6人による展示だが、どういう基準で選んだのか、カタログはつくってないようだし、会場にもチラシにも展覧会の趣旨を書いた文章は見かけなかったのでよくわからない。地方美術館の場合たいてい地元作家が選ばれるものだが、長野県出身は2人しか入ってないので特に優遇されてるわけではなさそうだ。そこでヒントを与えてくれるのが、サブタイトルの「イロ・モノノハコニワ」だが、漢字に返還すると「色・物の箱庭」となり、勝手に解釈すれば、色彩や物体の受け皿としての絵画・彫刻となろうか。これもなにか語っているようでなにも語っていないに等しい。ともあれ出品作家で知っているのは水戸部七絵と齋藤春佳のふたりだけで、作品もこのふたりが群を抜く。特に絵画と映像を出している齋藤は展示に工夫を凝らしていて、コーナーに台座を置いて0号の極小絵画を立て掛けたインスタレーションは、目立たないだけに心をくすぐられた。
2017/08/15(火)(村田真)