artscapeレビュー
五十嵐太郎のレビュー/プレビュー
SICF22 EXHIBITION部門グランプリアーティスト展/チャンジンウェン「記憶容器」
会期:2022/04/26(火)~2022/05/01(日)
スパイラルガーデン[東京都]
スパイラルでは、2000年から若手のクリエイターを対象としたアート・フェスティバル、SICFを開催しているが、第22回のグランプリ受賞者展を訪れ、トークを行なった。台湾生まれのチャンジンウェンは、多摩美術大学の博士課程に在籍し、岩絵具などを使い、和紙に集合住宅や室内をモチーフとした風景を描く作家である。圧巻なのは、スパイラル状のスロープがとりまく円形の吹き抜け空間に設置された巨大な絵画だろう。高さが3mを超える3枚の絵、というよりも、3つの直方体のヴォリュームがあり、それぞれの前面に絵が架けられている。その結果、上階から見下ろすと、まるで大きな建築の模型のようにも感じられるだろう。修了制作の1点と、この空間を意識した新作2点を加えて構成したものである。いずれも、ひたすら集合住宅の窓を反復しているが、生活感があらわれやすい建築の部位にも関わらず、人間をまったく描かないことによって、かえって都会の孤独感を強調している。タイミングを考えると、コロナ禍において人々が室内に閉じこもる風景のようだ。
チャンの故郷である台湾と東京で目撃した団地をモチーフにしており、一見似ているが、よく観察すると、判別できる。アジアの都市に多いのだが、盗難防止などを目的として、窓にグリル(格子)が入っている奥の作品が台湾の集合住宅だ。これは装飾的な効果も生むが、東京の方はそれがなくもっと平坦な印象が強い。細部の建築表現はリアルである。だが、全体としては、水平方向にも垂直方向にも異様なまでの長さによって、非現実的なものに変容されている。ほかにも今回の展示では、誰かが去った後のような室内画の旧作や、スパイラルの窓を描いた新作も発表していた。前者は窓の外の風景がほとんど見えない。彼女によれば、台湾はあらかじめ調度品が備えてあったり、前の居住者の痕跡が残っているのに対し、日本の賃貸住宅が空っぽの状態で引き渡されることに興味を抱いたという。人間不在の室内は、パースも微細に歪み、不安がかきたてられる。スパイラルを設計した槇文彦は、しばしば人が動く階段をデザインの見せ場とするが、後者の作品は、ファサードに反映されたエスプラナード(大階段)に沿って、段々になった開口を描きながらも、下の部分をカットし、やはり人間の気配を消している。建築写真では絶対にやらないフレーミングだろう。また窓のプロポーションも実物とはだいぶ変えており、チャンの絵画世界によって建築が再解釈されている。
公式サイト:https://www.sicf.jp/
2022/04/28(木)(五十嵐太郎)
藤原歌劇団「イル・カンピエッロ」
会期:2022/04/22~2022/04/24
テアトロ・ジーリオ・ショウワ[神奈川県]
神奈川県川崎市の新百合ヶ丘駅から徒歩で約5分、松田平田設計が手がけた昭和音楽大学の《テアトロ・ジーリオ・ショウワ》(2006)に足を運び(室内音響は永田音響が担当)、オペラを鑑賞した。ここは初めて訪れたホールだったが、とても良い空間だった。外観のファサードは特筆すべきことがないが、内部が昔のヨーロッパの劇場の雰囲気と似ている。歌手の声がダイレクトに伝わる約1,300席というこぢんまりとしたサイズ、そして本場の伝統を踏まえた馬蹄形による客席の配置は、上階の席であっても舞台との一体感が強い(ここまではっきりとした馬蹄形は日本に少ないように思われる)。前後左右の座席の並びも余裕がある。ニューヨークのメトロポリタン歌劇場や新国立劇場のオペラパレスは、全体のサイズが大き過ぎる一方、座席は窮屈だ。またエントランスの向かいに別棟としてカフェ・レストランを設置する組み合わせも効果的だろう。残念ながら、訪問時はコロナ禍のせいか休憩時間に閉まっていたが、もしここと劇場とあいだの屋外空間が使えるならば、気持ちが良い体験になるだろう。
さて、エルマンノ・ヴォルフ=フェッラーリ作曲のオペラ「イル・カンピエッロ」は、初めて聴く庶民喜劇だったが、出演者の歌も巧く、素晴らしかった。1936年に初演ということは、決して革新的ではなく、音楽史に名前が刻まれにくい作品である。しかし、ガスパリーナのへんてこな発音(方言を使いこなす近代喜劇の祖、原作者のカルロ・ゴルドーニによるもの)の歌など、コミカルかつ過剰なフェッラーリの曲が楽しい。物語はヴェネツィアの「小さい広場」(タイトルはこれを意味する)とそれを囲む街並みで展開されるのだが、舞台美術のスケール感と一致していたことも興味深い。したがって、確かに、これくらいのサイズの空間だと思い出しながら、物語の世界に没入することができた。そして郷愁あふれるラストの曲「さようなら、愛しのヴェネツィア」の歌詞も気に入った。生まれ育った広場を醜い場所とは言いたくない、大好きなものこそ、美しいものといったフレーズがある。以前、筆者が上梓した景観論『美しい都市・醜い都市 現代景観論』(中公新書ラクレ、2006)とも響きあう考え方だったからだ。
2022/04/24(日)(五十嵐太郎)
ウィリアム・ケントリッジ演出 オペラ「魔笛」
会期:2022/04/16~2022/04/24
新国立劇場[東京都]
モーツァルトのオペラ「魔笛」(1791)は、卒業論文でとりあげた18世紀の建築家ジャン・ジャック・ルクーがフリーメーソンの入会儀式の空間を構想し、ドローイングを描いていたので、個人的に強い関心をもつ作品である。ルクーは「魔笛」から影響を受けたのではなく、両作品の元ネタだった『セトスの生涯』(1731)という物語を読んでおり、いずれにも火や水の試練の場面が登場する。筆者はヨーロッパで二回、日本では勅使川原三郎が演出し、闇と光、リング群というシンプルな舞台美術に佐東利穂子らのダンスとナレーションを加えたものや、宮本亞門によるロール・プレイング・ゲーム的な世界観に変容させたものを観劇したことがあったが、今回は手描きアニメーションで知られるウィリアム・ケントリッジのバージョンということでチケットを購入した。はたしてアーティストや建築家が舞台美術を担当することはめずらしくないが、演出にまで関わるのはどういうことなのか。彼はほかにもいくつかのオペラを演出しているが、2005年の「魔笛」は最初の大規模なオペラ作品だった。
幕が上がると、手描きアニメの映像プロジェクションを多用し、想像していた以上にケントリッジらしい世界が展開されていた。さらにカメラの構造、遠近法、エジプトや古典主義の建築、かつて新古典主義のドイツ建築家カール・フリードリヒ・シンケルが「魔笛」のためにデザインした舞台美術(特に夜の女王の登場シーン)への参照、6層に及ぶレイヤーによる奥行きなどを駆使し、視覚的にとてもにぎやかである。こうした過剰な表現や西洋美術史の引用は、ピーター・グリーナウェイの映画を想起させるだろう。ともあれ、建築系にもおすすめのオペラだった。驚かされたのは、ピアノの追加である。オペラの演出では、曲そのものを改変できないが、曲と曲のあいだに新しい要素を挿入することは可能だ。もっとも、それは会話や演技だったり、ナレーションだったりで、通常、音楽はあまり加えないはずである。だが、ケントリッジの演出では、ピアノによる別の曲も追加されていた。これは専門的な演出家だと、逆にやらない、異分野だからこその大胆な演出ではないかと思えた。
2022/04/18(月)(五十嵐太郎)
鎌倉の建築、「山口勝弘展 『日記』(1945-1955)に見る」展ほか
[神奈川県]
一時は存続の危機にあった坂倉準三が設計した《神奈川県立近代美術館》(1951)は、保存されることになり(1966年に建設された新館は解体)、鎌倉文華館 鶴岡ミュージアムとして2019年にリニュアルオープンし、隣にカフェも併設された。展示ケースの傾いたガラス面もそのままであり、オリジナルを尊重した改修のように思われる。現在、NHKの大河ドラマ『鎌倉殿の13人』と連動する長期の展示が行なわれており、小さな空間に大勢の来場者を集めていた。歴史的な資料だけではなく、過去の大河ドラマの映像も参考にして、TVセットがつくられたという美術のエピソードは興味深いが、タレントの写真が並んだり、インタラクティブな体感展示が導入された会場は、以前の状態を知っていると、あのカマキンがこんな俗な雰囲気になるのか!? と戸惑う。しかし、やはり日本初の公立近代美術館である建築を保存できたことは良かった。大河ドラマ館としては来年1月までの使用である。壊されず、残っていれば、また違う使われ方もするだろう。
同じく鶴岡八幡宮の境内に位置する近くの《鎌倉国宝館》(1928)は、器用に様式を使いこなす岡田信一郎が設計しており、外壁に校倉風のデザインをとりいれた和風だが、関東大震災直後の1928年に建設されたこともあり、鉄筋コンクリート造だ。正面は、現状の法規では許可されないであろう、すごい急階段である。ただ、入館してすぐの常設展示「鎌倉の仏像」は、仏像群をしっかりと配置した構成だ。天井を見上げて驚いたのは、寄棟屋根の姿からはまったく想像がつかない、採光のパターンである。外観からは気づかれないよう、屋根の中央部を削り、光をとりいれる筋を走らせ、うまく工夫していた(グーグル・アースで確認できる)。
さて、神奈川県立近代美術館 鎌倉別館の「山口勝弘展 『日記』(1945-1955)に見る」展は、ていねいに記録された日記から戦後まもない日本美術界の状況を切りとるものだった。科研による調査の成果でもあるようだが、考えてみると、オリジナルのカマキンが誕生した頃を振り返る企画なのだ。改めて、アメリカが啓蒙を目的に設置したCIE図書館が果たした役割や、美術、デザイン、音楽、ダンスなど、分野を横断する交流が盛んだったことがうかがえる。当時、山口が清家清や丹下健三とコラボレーションした展覧会も行なわれていたが、後者の空間構成がカッコいい。
山口勝弘展 『日記』(1945-1955)に見る
会期:2022/02/12(土)~2022/04/17(日)
会場:神奈川県立近代美術館 鎌倉別館
(神奈川県鎌倉市雪ノ下2-8-1)
2022/04/11(月)(五十嵐太郎)
徳島市と神山町の建築
[徳島県]
徳島市の中心部では、いくつかの建築をまわったが、あまり知られていない近代の《三河家住宅》(1928)が抜群に面白い。ドイツに留学した医者が、現地で同郷の木内豊次郎と知り合い、帰国後につくった家である。鉄筋コンクリート造の住宅としてかなり早い事例だが、古典主義の独特な解釈、表現主義風のモチーフ、ガーゴイルなどさまざまな要素を組み合わせ、しかも日本ではめずらしいグロッタ風のでかい岩屋まで付いて、きわめて個性的な造形だった。同市では、他にも列柱とアーチを反復する《旧第一勧業銀行徳島支店》(1929)、安藤忠雄らしい《WITHビル》(1985)、西山卯三によるやや大味の《あわぎんホール(徳島県郷土文化会館)》(1971)などがある。また川辺の空間が整備されており、鈴木禎次による《国際東船場113ビル》(1932)のリノベーションもうまく接続していた。見るべき現代建築は少ないように思われたが、むしろ市内から自動車で約40分ほどの距離にある山間部の神山町に2010年代から新しいタイプのプロジェクトが次々と登場している。
以前、名古屋で中華を食べていたら、後の席にいるサラリーマンが話題にしていたのが聞こえてきた。そのくらい、すでに神山町の試みは有名だろう。アーティストのレジデンスを契機に街づくりが動きだし、IT系の企業のサテライト・オフィスが設置され、都会からの新規の移住者も増えている。長屋の一角を改修した《ブルーベアオフィス神山》(2010)、元裁縫工場の《神山バレー・サテライトオフィス・コンプレックス》(2012)、民家を改造した《えんがわオフィス》(2013)、宿泊施設の《WEEK神山》(2015)など、若手のバスアーキテクツ(後にBUSと改名)が設計に関わり、彼らの活動は第15回 ヴェネチア・ビエンナーレ 国際建築展(2016)の日本館でも紹介された。BUS以外の建築もあり、例えば、神山町のあす環境デザイン共同企業体による《神山町大埜地の集合住宅》(2021)は、移住者の受け入れを行なう。なお、地産の食材を使うレストランのかま屋(2017)は、しだれ桜でも知られる神山町の花見のシーズンだったとはいえ、事前予約がなければ入店できないほど混んでいたが、確かにランチは美味かった。
2022/04/03(日)(五十嵐太郎)