2022年09月15日号
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artscapeレビュー

ウィリアム・ケントリッジ演出 オペラ「魔笛」

2022年05月15日号

会期:2022/04/16~2022/04/24

新国立劇場[東京都]

モーツァルトのオペラ「魔笛」(1791)は、卒業論文でとりあげた18世紀の建築家ジャン・ジャック・ルクーがフリーメーソンの入会儀式の空間を構想し、ドローイングを描いていたので、個人的に強い関心をもつ作品である。ルクーは「魔笛」から影響を受けたのではなく、両作品の元ネタだった『セトスの生涯』(1731)という物語を読んでおり、いずれにも火や水の試練の場面が登場する。筆者はヨーロッパで二回、日本では勅使川原三郎が演出し、闇と光、リング群というシンプルな舞台美術に佐東利穂子らのダンスとナレーションを加えたものや、宮本亞門によるロール・プレイング・ゲーム的な世界観に変容させたものを観劇したことがあったが、今回は手描きアニメーションで知られるウィリアム・ケントリッジのバージョンということでチケットを購入した。はたしてアーティストや建築家が舞台美術を担当することはめずらしくないが、演出にまで関わるのはどういうことなのか。彼はほかにもいくつかのオペラを演出しているが、2005年の「魔笛」は最初の大規模なオペラ作品だった。

幕が上がると、手描きアニメの映像プロジェクションを多用し、想像していた以上にケントリッジらしい世界が展開されていた。さらにカメラの構造、遠近法、エジプトや古典主義の建築、かつて新古典主義のドイツ建築家カール・フリードリヒ・シンケルが「魔笛」のためにデザインした舞台美術(特に夜の女王の登場シーン)への参照、6層に及ぶレイヤーによる奥行きなどを駆使し、視覚的にとてもにぎやかである。こうした過剰な表現や西洋美術史の引用は、ピーター・グリーナウェイの映画を想起させるだろう。ともあれ、建築系にもおすすめのオペラだった。驚かされたのは、ピアノの追加である。オペラの演出では、曲そのものを改変できないが、曲と曲のあいだに新しい要素を挿入することは可能だ。もっとも、それは会話や演技だったり、ナレーションだったりで、通常、音楽はあまり加えないはずである。だが、ケントリッジの演出では、ピアノによる別の曲も追加されていた。これは専門的な演出家だと、逆にやらない、異分野だからこその大胆な演出ではないかと思えた。



新国立劇場「魔笛」より [撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場]

2022/04/18(月)(五十嵐太郎)

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