artscapeレビュー
藤原歌劇団「イル・カンピエッロ」
2022年05月15日号
会期:2022/04/22~2022/04/24
テアトロ・ジーリオ・ショウワ[神奈川県]
神奈川県川崎市の新百合ヶ丘駅から徒歩で約5分、松田平田設計が手がけた昭和音楽大学の《テアトロ・ジーリオ・ショウワ》(2006)に足を運び(室内音響は永田音響が担当)、オペラを鑑賞した。ここは初めて訪れたホールだったが、とても良い空間だった。外観のファサードは特筆すべきことがないが、内部が昔のヨーロッパの劇場の雰囲気と似ている。歌手の声がダイレクトに伝わる約1,300席というこぢんまりとしたサイズ、そして本場の伝統を踏まえた馬蹄形による客席の配置は、上階の席であっても舞台との一体感が強い(ここまではっきりとした馬蹄形は日本に少ないように思われる)。前後左右の座席の並びも余裕がある。ニューヨークのメトロポリタン歌劇場や新国立劇場のオペラパレスは、全体のサイズが大き過ぎる一方、座席は窮屈だ。またエントランスの向かいに別棟としてカフェ・レストランを設置する組み合わせも効果的だろう。残念ながら、訪問時はコロナ禍のせいか休憩時間に閉まっていたが、もしここと劇場とあいだの屋外空間が使えるならば、気持ちが良い体験になるだろう。
さて、エルマンノ・ヴォルフ=フェッラーリ作曲のオペラ「イル・カンピエッロ」は、初めて聴く庶民喜劇だったが、出演者の歌も巧く、素晴らしかった。1936年に初演ということは、決して革新的ではなく、音楽史に名前が刻まれにくい作品である。しかし、ガスパリーナのへんてこな発音(方言を使いこなす近代喜劇の祖、原作者のカルロ・ゴルドーニによるもの)の歌など、コミカルかつ過剰なフェッラーリの曲が楽しい。物語はヴェネツィアの「小さい広場」(タイトルはこれを意味する)とそれを囲む街並みで展開されるのだが、舞台美術のスケール感と一致していたことも興味深い。したがって、確かに、これくらいのサイズの空間だと思い出しながら、物語の世界に没入することができた。そして郷愁あふれるラストの曲「さようなら、愛しのヴェネツィア」の歌詞も気に入った。生まれ育った広場を醜い場所とは言いたくない、大好きなものこそ、美しいものといったフレーズがある。以前、筆者が上梓した景観論『美しい都市・醜い都市 現代景観論』(中公新書ラクレ、2006)とも響きあう考え方だったからだ。
2022/04/24(日)(五十嵐太郎)