2020年01月15日号
次回2月3日更新予定

artscapeレビュー

五十嵐太郎のレビュー/プレビュー

《京都大学吉田寮》

[京都府]

存続をめぐって揺れ動いている京都大学の吉田寮の見学会に参加した。じつは筆者にとって初の訪問なのだが、東京大学の学部生のとき、2年間、駒場寮に住んでいた経験があるので、むしろ懐かしさを覚えるような感覚だった。もっとも、駒場寮は関東大震災後につくられた頑丈なRC造の3階建て、両側にS部屋とB部屋(おそらくSTUDYとBEDの略であり、かつては対で使われていた)が挟む中廊下であるのに対し、吉田寮はさらに古い築105年の木造2階建て、居室が南面する片廊下である。それゆえ、居住者が比較的簡単に増改築できるので、あちこちに独自の変形が起きていた。一方で駒場寮は、そうした増築は難しい代わりに、約24畳の各部屋の内部を、居住者が決めたルールによって、オープンなまま使ったり、ベニアで間仕切りを入れるなどしてカスタマイズしていた。なお、吉田寮は台風で中庭の大木が倒れたことで、屋根が部分的に壊れ、痛ましい姿だった。

筆者が駒場寮に暮らしていた1980年代半ばは、もう当初の定員を大幅に下回り、各部屋に2〜3人がいる状況で、部屋ごとに直接交渉してどこに住むかを決定していた。見学会での説明によれば、吉田寮はまず二段ベットがある大部屋に入り、そこでしばらく過ごしてから(適性がなければ、この段階で寮を出ていく)、どの部屋に暮らすかを決めるという。現在は留学生も多く、女性も住んでいるらしい。おそらく運用の方法は時代によって変化しているが、大学のキャンパス内に存在する有名な自治寮のシステムを詳細に比較すると興味深いだろう。駒場寮は大学によって廃寮扱いを受けてからも、長く存続し、ある時期からは電気の供給も絶たれた。そのときはまわりの建物からケーブルで電気を引っ張り、建物が解体してからも横にテント村を形成し、約半年は粘っていたが、約15年前に完全に撤退した。今後、吉田寮も大学から厳しい処置を受けると思われるが、駒場寮のときはあまり広がらなかった、まわりの支援の輪が拡大するかが存続の鍵になるだろう。

2018/09/16(日)(五十嵐太郎)

『カメラを止めるな!』

[全国]

話題になっている映画『カメラを止めるな!』をようやく鑑賞した。なるほど、低予算でも撮影できるジャンルはゾンビものだが、これもそのセオリーを正しく継承した傑作である。謎解きのストーリーではなく、ネタばれという類の作品ではないので、映画の構成を説明しておく。まず第一パートでは、C級と言ってもよいであろう下手なゾンビ映画を見せられる。その内容は、ゾンビ映画の撮影中に本物のゾンビが登場するというプロットだが、あきらかに不自然なシーンがところどころで発生し、なんとなく記憶に引っかかる。エンディングが流れたあと、第二パートが始まるのだが、それは第一パートのメイキングであり、不自然と思われたシーンが起きた原因が、じつは撮影現場のハプニングの連続であることが判明し、伏線がすべて回収され、笑いに転化してく。またカメラが上昇する俯瞰のショットだったエンディングは、ある種の感動的な場面として再定義される。

もっとも、この映画の最大のポイントは、「カメラを止めるな!」というタイトルが示すように、ゾンビ専門チャンネルのテレビで生中継されるワンカットの撮影であるという設定だ。それゆえ、現場で不具合が発生しても、絶対に撮影を中断できない。映画の映画である第一パートは、たとえ出来は悪くても、ワンカットゆえの独特の緊張感が持続する一方で、さらにメタ視点に立つ映画の映画の映画である第二パートでは、それがドタバタのコメディになっていく。何が起きてもカメラが執拗に追いかけること、そして全員の努力と協力によって作品を終了させることを通じて、映画的なカタルシスが醸成される。もとは舞台用の作品を翻案したという話だが、少なくとも「カメラを止めるな!」は映画というジャンルの本質に迫る面白さをもっている。なお、映画が終わったあと、エンドロールでは、第三パートというべき「本当の」メイキングが流れるのも楽しい。第二パートが偽のメイキングであり、もう一度、シーンの背景を異なる視点から再解釈できるからだ。

2018/09/15(土)(五十嵐太郎)

Eureka《Dragon Court Village》《Around the Corner Grain》

[埼玉県]

『卒計で考えたこと。そしていま』(彰国者)の第3弾を制作するために、埼玉県の浦和市にあるEurekaの事務所にて、稲垣淳哉のインタビューを行なう。古谷誠章による学部の設計課題ハイパースクールと同じ設定を、もう一度、違うデザインで行なったのが、卒計だったという。それにしても、学部の課題を繰り返すというのは珍しいだろう(筆者の知る限り、ほかには貝島桃代が学部課題を発展させたケースがある)。ちなみに、生徒それぞれの母校に異なる機能を付加するハイパースクールは、早稲田大の名物課題であり、建築新人戦でも毎年ファイナリストを送りだしているものだ。したがって、彼の場合、敷地は、ユニークな集合住宅《Dragon Court Village》を手がけた地元の愛知県、岡崎市である。なお、学部時代には古谷研のメンバーとして、新潟の月影小学校のリノベーションに関わり、卒論では日本各地で廃校になった学校のリノベーションの事例を研究したという。

その後、稲垣は大学院で、アジアの集落調査を行なうが、ほとんどの現場はすでに研究されていたことから、むしろ集落が現代化された状況に興味をもつ。その体験が地方都市の郊外にコミュニティの場をつくる《Dragon Court Village》につながった。インタビューの現場も、EurekaとMARU。architectureによる集合住宅《Around the Corner Grain》である。街の角地に大きなオープン・スペースをもうけ、その上にアクロバティックな構造によってヴォリュームが張り出す。また立体街路のような共有する外部階段が貫入し、外観からは戸数が判別しにくい7戸を凹凸パズルのように構成している。さらに可変な付属構築物を足していく。《Dragon Court Village》とも共通する部分もあるが、駐車スペースをそれほど必要とせず、狭い敷地でより複雑に住戸と階段が絡みあう点において、埼玉ならではの建築になっている。Eurekaは、現代におけるヴァナキュラー建築を追求しているのだ。

《Around the Corner Grain》外観


《Around the Corner Grain》模型


《Around the Corner Grain》外観


《Dragon Court Village》(愛知県)マルシェを開催している日の様子

2018/09/07(金)(五十嵐太郎)

建築学生ワークショップ伊勢2018 提案作品講評会

会期:2018/09/02

いせシティプラザ[三重県]

毎年、夏の参加を楽しみしているのが、平沼孝啓が率いるアートアンドアーキテクトフェスタ(AAF)が主催する建築学生ワークショップである。特徴は、建築という分野が抱える両極というべき歴史と構造だ。すなわち、毎回の敷地が、平城宮跡、竹生島、高野山、キトラ古墳、比叡山、伊勢神宮という歴史的な建造物がたつ聖地である(来年は出雲大社、今後は東大寺も予定)。と同時に、実際にモノをつくるワークショップはほかにも存在するが、構造家の佐藤淳や腰原幹雄らがクリティークに入るように、構造的な視点が重視されていることだ。筆者としても構造家から見ると、どのような解釈ができ、またどのように改善できるかといったコメントを聞くのは、とても勉強になる。また興味深いのは、学生が安全性に寄った守りのデザインを出すのに対し、構造家がもっとぎりぎり限界の攻めのデザインにできるはずだと煽ること。実際、それで講評の直前に倒壊した作品も目撃した。

さて、今回は伊勢神宮である。あいにく昨年の台風によって、せんぐう館が被害を受け、勾玉池周辺の敷地を使えず、パヴィリオンの設置場所は駐車場に変更された。いせシティプラザで開催された7月28日の中間講評では、どうなることかと心配したが、9月2日の最終講評では、これまで3年間参加したなかで、クオリティが高い完成作が並んでいた。例年通り、中間から大きく得点を伸ばし、逆転する作品が出るのも、楽しみのひとつである。今回は懸垂線で垂れるロープと同じ形状の構造材が混じりあう、5班のこれまでにないタイプの作品が一等だった。ほかには膜にのっている水量が減少することで形状が変化する2班、石の使い方に複層的な役割を与えながら、結界を形成した6班、鳥居のデザインを脱構築するポストモダン的な7班、版築に挑戦した8班などが印象に残った。会の最後に行なわれた神宮司廳の音羽悟からのあいさつは長かったけど、大変に面白く、これだけ建築に関心をもって、学生を熱く応援する人物が、伊勢神宮から出てきたことが今回の最大の成果ではないかと思う。

5班《届きそうで届かない》


2班《ケをハレ》


6班《サイクル》


7班《伝承によって伝わるもの》


2018/09/02(日)(五十嵐太郎)

ヤノベケンジ《サン・チャイルド》

福島市子どもの夢を育む施設こむこむ館[福島県]

ネットで炎上していたので、仙台に向かう途中、福島駅に寄って、公共施設「こむこむ」に設置されたヤノベケンジの《サン・チャイルド》を見てきた。あまりの騒動ゆえに、駅前の広場で誰でも見えてしまうような立ち方を想像すると、いささか拍子抜けするだろう。なぜなら、距離的には確かに駅の近くだったが、大きな駐車場を挟んで、かなり脇のほうに位置しており、お昼でも人通りがあまり少ない場所だからである。そもそも、筆者はもう数え切れないくらい福島駅を利用したが、こむこむという建物の存在を今回初めて知ったくらいだ。彫刻の立ち方について、正確に言うと、こむこむの敷地内というか、手前の列柱のあいだに挟まっている。つまり、あまり良い設置法ではない。したがって、たとえ正面を自動車で通り過ぎても、斜めからは見えづらく、正面を通る瞬間にだけ全貌が見える。もちろん、こむこむを使う使用者や、この前の道路を歩いて駅に行く人(あまり多くなさそうだが)は視界に入るはずだ。そして今回は、正確な場所に関係なく、福島に存在することが気に食わない人が(ネット上で?)多い。

ヤノベケンジは個人的な妄想をサブカルチャー×SF的に膨らまし、神話的な世界をつくるアーティストであり、チェルノブイリや第五福竜丸など、原子力を扱った作品を発表してきた。20世紀末は終末思想と共振するアイロニカルな表現も多かったが、311を受けた《サン・チャイルド》はかなりストレートな作品である。とはいえ、具象的な表現ゆえに、さまざまな批判を受けた。気持ち悪いという意見もあるが、キャラのデザインではなく、アートだから全員に好かれるものではないだろう。これまで筆者は、福島空港、東京、名古屋、茨木、高松などの各地で、《サン・チャイルド》が宗教なき大仏のように立つのを目撃したが(いずれも無料ゾーンだった)、問題になったことはなかった。が、今回は市長が設置を決めたことで政治化し、さらに原発をめぐるイデオロギーの闘争に巻き込まれた。これはいまや巨大な彫刻も、関係性のアートのように、地元との話し合いが必要だったことを意味する。いったん撤去が決まったが、これから対話の場が生まれることを期待したい。

ヤノベケンジ《サン・チャイルド》


こむこむの列柱の間に設置されている(左)、福島空港で展示された《サン・チャイルド》(福島現代美術ビエンナーレ2012)(右)

2018/08/21(火)(五十嵐太郎)

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