artscapeレビュー

福住廉のレビュー/プレビュー

LOVE展 アートにみる愛のかたち

会期:2013/04/26~2013/09/01

森美術館[東京都]

「愛」についての展覧会。草間彌生、オノ・ヨーコ、ジェフ・クーンズ、デミアン・ハーストから、ロダン、マグリット、ブランクーシ、キリコまで、文字どおり古今東西のアーティストによる200点あまりの作品が一挙に展示された。
あまりにも中庸なテーマだからだろうか、総花的な展観であることは間違いない。とはいえそうだとしても、その群生のなかからひときわ美しい花を自分の眼で選び出すことが、こうした展覧会の楽しみ方である。
注目したのは、3点。アデル・アビディーンの《愛を確実にする52の方法》は、作家本人がタイトルが示すテーマについてカメラに向かって語りかける映像作品。恋愛マニュアルの形式をシミュレートしながらも、内容に皮肉や冗談を交えることで、逆説的に真実味を増大させた。映像としては簡素であるが、その内容は思わず膝を打ったり、首肯したりするものばかりでおもしろい。視点が男性側に置かれているので、ややもすると女性側からの反発もなくはないのかもしれないが、機知に富んだ翻訳も手伝ってか、来場者の多くは性差にかかわらず共感を寄せていたようだ。
ローリー・シモンズの《LOVE DOLL》は、日本で購入したラブドールをニューヨークに持ち帰り、衣服を着用させてさまざまなシーンで写真を撮影した連作。デートを楽しんだり、家事に勤しんだり、終始一貫して人間として扱いながら愛情を注いでいる。ところが、その写真そのものが人工的に撮影されたことを自己言及的に表わしているので、結果として変態性や人工性が倍増した奇妙な写真になっているところがおもしろい。
変態的といえば、むしろ出光真子の《英雄チャン ママよ》の方が強烈である。溺愛してやまない息子が遠方で暮らすようになってから、自宅で撮影したビデオ映像を食卓で上映しながら日常生活を送る母親の生態を描いた映像作品だ。映像のなかの息子を愛おしく見つめ、甘い声で語りかける母親の姿は、フィクションとはいえ、なんともおぞましい。とても80年代のビデオ・アートとは思えないほどの強い映像だったが、裏を返せば、つまりそれだけこの問題が依然として現在も継続しているということなのだろう。
3点に共通しているのは、いずれも愛の裏側を的確に表現しているところ。ダークサイドをえぐり出すことのできるアートの力を存分に楽しめる展観である。

2013/06/08(土)(福住廉)

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立原真理子 展 戸とそと

会期:2013/06/03~2013/06/08

藍画廊[東京都]

会場の天井からいくつものアルミサッシがぶら下がっている。近づいてよく見ると、それらはいずれも網戸だった。さらに目を凝らすと、大小さまざまな網戸の網に色のついた糸を縫いこむことで、風景画を描いていることがわかった。とはいえ支持体である網戸の網自体が背景と融け合うほど見えにくく、しかもそこに縫いこまれた糸の線や色面でさえ明瞭ではないため、結果として非常に茫漠とした絵画になっている。あるいは、網戸というフィルターを通過して初めて立ち現われる風景という点に、室内に視点を定めがちな現代人の視線のありようが暗示されているのかもしれない。
いずれにせよ、大きく言えば、ゼロ年代の絵画に顕著な、はかなく、浮遊感のある性質を共有しているのだろう。けれども、立原による絵画がおもしろいのは、それらを既成の絵画という形式にのっとって表現するのではなく、その形式を含めて表現したからだ。絵画を描くには、内容より前に、形式からつくり変える必要があったのだ。
絵画を見ること、あるいは対象を見ること。この時代にふさわしい絵画は、おそらくこの基本的な身ぶりを根本的に再考することから生まれるに違いない。

2013/06/06(木)(福住廉)

梅佳代 展

会期:2013/04/13~2013/06/23

東京オペラシティ アートギャラリー[東京都]

凡庸な日常生活にひそむ奇跡的な瞬間。それらを目ざとくとらえるセンスとスピードこそ、梅佳代の真骨頂である。
旧作と新作を合わせた300点あまりの写真を集めた本展には、まさしくそのスピード感あるセンスがあふれていた。被写体当人ですら気がついていないミラクルの瞬間には文字どおり笑いを堪えることができないし、それらを発見した梅佳代の無邪気であるがゆえに冷酷な視線を写真の向こう側に想像すると、よりいっそう笑いが募る。大量の写真を一気に展示すると単調になりがちだが、抑揚のある展示構成によって、それを巧みに回避していた点もすばらしい。
しかし梅佳代の写真は、時としてそれらが笑いを狙っているように見えかねないことから、たんなる「おもしろ主義」として退けられることが多い。事実、小中学生を撮影したシリーズには、子どもたちが積極的にレンズの前でおどけているせいか、ひときわその印象が強い。政治的な抵抗も社会的な批評性も欠落させたまま、非生産的な笑いに現を抜かしたところで、そこにいったいどんな意味や思想があるというのか、というわけだ。
だが、こうした物言いに通底しているのは、自らは何もしないまま、その内なる欲望を写真家に一方的に投影する、ある意味で非常に無責任な態度だ。梅佳代の写真にある奇跡的瞬間が被写体と撮影者のあいだで生成しているように、そもそもあらゆる芸術は表現する者とそれらを受け取る者とのあいだのコミュニケーションである。だとすれば、批評の可能性もまた、送り手と受け手のあいだに内在するのであり、それが開花するかどうかは、受け手による積極的な解釈にかかっている。したがって、たとえ「おもしろ主義」であったとしても、そこに面白さ以外の価値を見出したいのであれば、当人がそうすればよいのである。梅佳代の写真に思想が欠落しているわけではない。それらに思想を読み取ろうとする批評的な働きかけが欠落しているのだ。
梅佳代の写真の最も大きな批評性とは、それらが私たちの視線を決定的に塗り替えてしまった点にあると思う。写真を見ながら会場内を歩いていると、監視員の座る椅子の下に用意された防災用のヘルメットでさえ、なにやら梅佳代の写真のなかから飛び出てきたアイテムのように見えてならない。何より本展を見終わった後、私たちは会場の外の日常的な風景のなかに奇跡的な瞬間を探して視線を隈なく走らせている自分に驚くはずだ。今までは不覚にも気が付かなかったけれど、世界にはおもしろい瞬間が満ち溢れているのかもしれない。梅佳代の写真を経験した私たちにとって、世界はそれまでとはまったく異なる風景として立ち現われるのである。
重要なのは、その視線をもってすれば、世界全体を塗り替えることができるかもしれないという可能性である。それを現実化しうるかどうかは問題ではない。そのような可能性のひろがりを肯定的に受け止めることができる実感があるかないか、焦点はその一点に尽きる。「おもしろ主義」として一蹴することは、もはやできまい。

2013/06/05(水)(福住廉)

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牧野邦夫─写実の精髄─展

会期:2013/04/14~2013/06/02

練馬区立美術館[東京都]

現在の「現代アート」には、圧倒的に「過剰」が足りない。画家・牧野邦夫(1925~1986)の絵画を見ると、思わずそんな嘆息を漏らしたくなる。情熱、技術、視線など、あらゆる点で行き過ぎているのだ。そのような常軌を逸した過剰性が、私たちの眼を釘付けにするのである。
本展で展示された、およそ120点あまりの作品の大半は、油彩による写実画。しかし、より正確に言えば、写実の技法を用いた幻想画というべきだろう。技法的には写実的に描きながらも、画面の随所に幻想的な主題が織り込まれており、そのことが絵画全体の性格を決定しているからだ。神話的な世界に投入した自画像や、建造物や植物にまったく脈絡なく挿入した人面などは、その幻想性を高める例証である。あるいは、こうも言えるかもしれない。牧野は写実に始まり、写実を極め、やがて写実を超えてしまったのだと。
そのように牧野を駆り立てたのは、いったい何だったのか。それは、おそらく現代美術の歴史に名を残す功名心などではなかった。なぜなら牧野の絵画にも言説にも表われているのは、あまりにも純粋なレンブラントへの憧憬ないしは衝動だからだ。それ以外は皆無であると断言してもいいほど、牧野はレンブラントに傾倒していた。この世にはいないレンブラントに手紙を書き、あまつさえその返信もレンブラントになりきって書いたという逸話は、その度を超えた情熱を如実に物語っている。
多くの近代美術家は、近代と伝統、ないしは西洋化と土俗土着の問題で思い悩んでいた。すなわち、近代芸術の理想と土着的な現実のあいだを縫合するには、あまりにも双方はかけ離れていたため、作品として結実させることが難しかったのである。西洋彫刻では筋骨隆々とした肉体が造形化されていたが、現実の風土においてはむしろ薄弱の身体でしかない。ところが、レンブラントしか見ていなかった牧野にとって、そうした問題に優先順位が置かれていたとは到底思えない。なぜなら、牧野が描く身体像はいずれも西欧人のような厚みがあり、そこには現実を必ずしも反映していないという後ろめたい影は微塵も見当たらないからだ。建物や風景を描いた絵画ですら、肉厚の身体のような量塊性がある。
この極端に偏った過剰性は、たしかに西欧芸術を崇拝する典型的な奴隷根性の現われだが、だからといって決して非難されるべきではない。しばしば引き合いに出される牧島如鳩もそうだったように、西欧だろうと土着だろうと、より徹底して、より過剰に、より大袈裟に表現したからこそ、あのような優れた絵画が生まれたのは否定できない事実だからだ。第一、どこかで過剰にならなければ、いったい何がおもしろいというのか。

2013/06/02(日)(福住廉)

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生誕120年 木村荘八 展

会期:2013/03/29~2013/05/19

東京ステーションギャラリー[東京都]

洋画家・木村荘八の回顧展。明治半ばの東京に生まれ、大正元年に画壇にデビューした後、岸田劉生や河野通勢、中川一政らと交流しながら、一貫して「東京」を描いてきた画業の変遷をまとめた。
注目したのは、挿絵と本画の関係性。よく知られているように、木村荘八は永井荷風の『墨東綺譚』(1937)の挿絵を手がけたが、それ以後も東京の都市風俗を描いたスケッチを数多く描き残している。佃島、神楽坂、浅草橋など、東京の各所を丹念に歩き、観察し、それらを絵と文で表現した画文は、いずれも味わい深い。無数の斜線を描き込んで陰や闇を表現することはもちろん、紙の表面にスクラッチを加えて白線を表現するなど、芸も細かい。描写された対象というより、それらを描いた当人の、生き生きとした躍動感が伝わってくるほどだ。
これらの画文は、いずれも手頃な大きさの紙に墨やインクで描かれており、なおかつ余白には関連する情報を記した文字が含まれているという点で、明らかに本画とは異なる挿絵である。むしろ今和次郎や吉田謙吉の「考現学」との親和性が高いとすら言える。
本画を中心に評価する価値基準からすれば、糊口をしのぐためにやむをえず手につけた周縁的な仕事に過ぎないのかもしれない。けれども、《牛肉店帳場》(1932)や《新宿駅》(1935)、あるいは《浅草の春》(1936)など、木村荘八の本画を改めて見なおしてみると、その絵画的な視線がいずれも都市風俗の現場に注がれていたことがわかる。挿絵と本画という制度上の違いはあるにせよ、木村荘八にとって描くべき対象は同一だったのだ。
晩年は自宅から望める風景をたびたび描いた。だが、そこには挿絵から溢れ出ていた躍動感はもはや見受けられない。その停滞が、老衰という生理現象にもとづいていたのか、それとも挿絵に注いでいた熱い視線と技術を本画に送り返すことができなかったからなのか、正確なところはわからない。ただ、いずれにせよ重要なのは、本画だろうが挿絵だろうが、木村荘八が都市風俗という主題を巧みに表現していたという点である。もしかしたら、本画と挿絵を無意識のうちに峻別してしまう、私たち自身の内なる制度こそ、相対化しなければならないのではないか。

2013/05/19(日)(福住廉)

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