artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

中村千鶴子「断崖に響く」

会期:2023/05/23~2023/06/05

ニコンサロン[東京都]

中村千鶴子は岩手県久慈市出身の写真家。北海道大学卒業後、岩手県各地の公立学校、モスクワの日本人小学校などに教員として勤める。その後、写真を本格的に撮影し始め、東京綜合写真専門学校で学んで、同校を2020年に卒業した。いわば遅咲きの写真家といえるだろう。だが、このところの彼女の仕事を見ていると、筋の通った取り組みの姿勢が、少しずつ形をとりつつあるように思える。

今回のニコンサロンでの初個展では、故郷の久慈市にも近い岩手県田野畑村明戸地区にカメラを向けている。2011年の東日本大震災の傷跡は、まだ生々しく残っており、津波によって立ち枯れた樹木などが痛々しい姿を見せる。だが、一方では復興も進みつつあり、祭りの賑わいも戻ってきた。中村は、この地域の風物、人々に柔らかで温かみのある眼差しを向け、押し付けがましくない節度を保ってシャッターを切っていく。その中間距離からの視点が、一貫して保たれており、特に鹿踊や盆踊りなどを撮影した写真には、土地から立ち上がる空気感が見事に捉えられていた。

ライフワークとして、さらに続けていってほしい仕事だが、ほかの撮影プロジェクトも同時に進行しつつある。次の発表も楽しみにしたい。なお、展覧会に合わせて、蒼穹舎から同名の写真集が刊行された。


公式サイト:https://www.nikon-image.com/activity/exhibition/thegallery/events/2023/20230523_ns.html

2023/05/31(水)(飯沢耕太郎)

岡﨑ひなた「空蝉ミ種子万里ヲ見タ。」

会期:2023/05/23~2023/06/24

ガーディアン・ガーデン[東京都]

リクルートが主催する写真「1_WALL」は、昨年の第25回公募で終了することになった。前身の写真「ひとつぼ展」から数えると、30年という長きにわたって続いていたわけで、やはり同時期にスタートしたキヤノン「写真新世紀」もまた2021年に終了したことも含めて、感慨深いものがある。

その最終回の公募でグランプリを受賞した、岡﨑ひなたの展覧会が、ガーディアン・ガーデンで開催されている。2002年生まれ、20歳という若さでの受賞は最年少記録だという。それだけでなく、その作品世界のスケールの大きさ、将来性を考えると、まさにラストランナーにふさわしい受賞といえるだろう。

岡﨑が撮影しているのは、生まれ育った和歌山県田辺市中芳養 なかはやの村落とその周辺の地域である。海と山のあいだに位置するこの地域には、日本人にとっての原風景が広がっている。とはいえ、土地の恵みを収奪して資本化していく現代社会の営みは、もはやこの地域にも及びつつある。岡﨑は「獣、植物、人、魚、海、山」などを大胆かつ的確なカメラワークで捉えつつ、少しずつ姿を変えていく「変化と普遍の狭間」の状況をしっかりと写しとろうとしている。大小の写真を配置した今回の展示にも、彼女の才能の輝きがよくあらわれていた。

次は、ぜひ本作を写真集にまとめてほしい。ただその場合には、直観に頼るだけではなく、より統合的、構築的な視点が必要となるだろう。写真だけではなく、テキストをどのように編み上げていくかも大事になる。本展の、まさに「声明」を思わせるタイトルを見ても、岡﨑にはコトバを操る語り部としての資質もありそうだ。次の展開を期待したい。


公式サイト:http://rcc.recruit.co.jp/gg/exhibition/ph25-hinata-okazaki/ph25-hinata-okazaki.html

2023/05/23(火)(飯沢耕太郎)

深瀬昌久「眼差しと遊戯」

会期:2023/04/15~2023/05/21

MEM[東京都]

東京都写真美術館の「深瀬昌久 1961-1991 レトロスペクティブ」展に呼応するように、MEMで開催された「眼差しと遊戯」展を見て、あらためて写真家にとっての「ヴィンテージ・プリント」の意味について考えた。「ヴィンテージ・プリント」というのは、写真が撮影された時期とあまり間を置かずに、写真家本人(あるいは彼が委託したプリンター)によって制作された印画のことを言う。深瀬昌久アーカイブス所蔵の、深瀬の「鴉」「洋子」「サスケ」の3シリーズから抜粋したプリントによる本展には、「ヴィンテージ・プリント」のほかに、瀬戸正人による「モダン・プリント」もまた出品されていた。

そこに大きな違いがあるのかといえば、必ずしもそうとはいえない。瀬戸は深瀬のアシスタントを務めたこともあり、その写真印画の機微、特徴をよく把握しているからだ。だがそれでも、「ヴィンテージ・プリント」と「モダン・プリント」の間には、微妙な差異があるように思える。端的にいえば、「ヴィンテージ・プリント」の方がより生々しく、切迫した息遣いを感じさせる。それはいうまでもなく、写真家自身が自分のプリントをどのように仕上げていくのか、まだその方向性が定まらないまま試行錯誤している状況が、くっきりと刻みつけられているからだろう。そのプロセスは、不安定だが、決定的でもあり、より整理された「モダン・プリント」と比較すると、代替えがきかないスリリングな輝きを発している。「ヴィンテージ・プリント」を絶対視するつもりはない。だが、ひとりの作家の仕事の可能性を測るときには、やはり「ヴィンテージ・プリント」を基準にすべきではないだろうか。

貴重な未発表作品を含む30点の深瀬の作品を見ながら、そんなことを考えていた。


公式サイト:https://mem-inc.jp/2023/04/12/fukase/

関連レビュー

深瀬昌久 1961-1991 レトロスペクティブ|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2023年03月15日号)

2023/05/21(日)(飯沢耕太郎)

ときたま「ヱビス日記」

会期:2023/05/17~2023/05/25

COCO PHOTO SALON[東京都]

ときたまは、携帯電話をスマートフォンに変えたのをきっかけにして、2016年からスナップ写真を撮り始めた。撮りためた写真をまとめて、2020年に391ページの写真集『たね』(トキヲ)を出版する。今回刊行した『ヱビス日記』(トキヲ)は2冊目の写真集で、生まれ育って、現在も住んでいる東京・恵比寿界隈を中心に撮影した写真がおさめられている。その刊行記念展として開催された本展には、写真集からピックアップした19点を展示していた。

写真は4月から始まって3月まで、ひと月ごとに季節を追って並んでおり、その下には日々の出来事を「ツラツラ」と綴った日記の一部が付されている。写真の内容と日記の記述には直接のかかわりはないが、両者を照合していくと、彼女を取り巻く時代の空気感がまざまざと浮かび上がってくる。特定の被写体に限定せず、「全方位的に」カメラを向けていく態度を徹底することで、こんなものが、こんな風に見えてきたという、驚きや歓びがいきいきと伝わってきた。『たね』の写真と比較して、個々の写真のクオリティも確実に上がってきている。

ときたまの写真を見ていると、スマートフォンの登場によって、「認識のツール」としてのスナップ写真の可能性が、より大きく広がっていったことがよくわかる。身辺のモノやコトとの思いがけない出会い、そこから導き出される視覚的な経験を定着するのに、スマートフォンほど有効な手段はあまりないのではないだろうか。ただし、InstagramなどのSNSにアップするだけだと、大量の写真群に埋もれて拡散していくことになってしまう。それらを、写真集や写真展などの表現メディアとリンクしていく回路のあり方が、『たね』と『ヱビス日記』で明確に見えてきた。


公式サイト:https://coco-ps.jp/exhibition/2023/03/1086/

関連レビュー

ときたま写真展「たね」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2020年12月15日号)

2023/05/20(土)(飯沢耕太郎)

笠間悠貴企画展 小山貢弘「風景の再来 vol.2 芽吹きの方法」

会期:2023/05/14~2023/06/03

photographers’ gallery[東京都]

本展は笠間悠貴の企画による連続展「風景の再来」の第二弾として企画された。小山貢弘は日本大学文理学部ドイツ文学科卒業後に、東京綜合写真専門学校で学び、2008年以来グループ展などで作品を発表してきた。2021年には川崎市市民ミュージアムの企画で、池田葉子との共著の写真集『Trail』を刊行している。

小山はこれまで一貫して、あきるの市から川崎市に至る多摩川中流域の河川敷に4×5インチ判の大判カメラを向けてきた。そこでは、草や樹木が生い茂り、石ころや廃棄されたゴミなどと相まって、輪郭も構造も判然としない混沌とした眺めを見ることができる。小山はその光景の細部を緻密に辿りながら、写真のフレームの中におさめていく。微妙な光と影の移ろい、手前から奥にかけてのパースペクティブにも目を凝らして、とりとめのない、だが見飽きることのない画面を織り上げる。そうやってできあがった、さまざまな植物、モノ、土壌などの配置・構成は、とてもよく練り上げられており、そのフレームワークの達成度は比類ないものがある。

だが問題は、そのようにして得られた緻密かつ膨らみのある画像が、どこに向かおうとしているかだろう。写真作品としての美学的な完璧さを探求するのか、それとも現代社会の一側面を指し示す指標を提示するのか、あるいは多摩川の河川敷という地理的な条件にこだわっていくのか、そのあたりの道筋はまだはっきりとは見えない。「画面」としての完成度を梃子にして、次のステップに進むべき時期に来ているのではないだろうか。


公式サイト:https://pg-web.net/exhibition/fukeinosairai-vol-2/

2023/05/19(金)(飯沢耕太郎)