2020年07月01日号
次回7月15日更新予定

artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

Ryu Ika 写真展「いのちを授けるならば」

会期:2019/11/19~2019/12/07

コミュニケーションギャラリーふげん社[東京都]

このところ、各写真学校、大学の写真学科に中国人(香港、台湾を含む)の留学生の姿が目立つようになった。そのなかから、いくつかの写真コンペティションで受賞する者も出てきている。一昨年の第19回写真「1_WALL」でグランプリを受賞し、2019年7〜8月に受賞展「生きてそこにいて」(ガーディアン・ガーデン)を開催した田凱、第8回エモンアワードでグランプリを受賞し、昨年7〜8月に受賞展「Dyed my Hair Blond, Burnt Dark at sea」(エモン・フォトギャラリー)を開催したLILY SHUなどの動きを見ると、はっきりとひとつの流れがかたちをとり始めているように感じる。今年の第21回写真「1_WALL」でグランプリを受賞し、今回コミュニケーションギャラリーふげん社で個展を開催したRyu Ika(劉怡嘉)も、まさにその一翼を担うひとりといえる。

Ryuは1994年、中国・内モンゴルの生まれで現在武蔵野美術大学映像学科に在学中である。その作品世界は、異様なほどのテンションの高さに特徴があり、被写体となるモノも、人物も、風景も、暴力的とさえいえそうなエナジーによって充填されている。今回展示された新作「いのちを授けるならば」のシリーズも例外ではない。同シリーズは、友人が「自分の体を自分のものと感じていない。本当の自分は海から来ていて、波に乗ってバラバラになって海辺にたどり着く」と話してくれたことに想を得て制作された。海岸に漂着した木や貝やビニール袋を自分の体と同一視する友人とともに、彼女の誕生日に海辺に出かけ、裸で波や漂着物と戯れる様子を撮影している。そのクローズアップを含む、荒々しいタッチの写真群を壁に貼り巡らせ、その一部を赤いフィルターを装着したライトで照らし出していた。

内モンゴルの風物を、獲物に飛びかかるように撮影したこれまでの作品もそうなのだが、Ryuの写真には「世界はこのようにしか見えない」という強力な確信が宿っている。その身を切るような切実さは、同世代の日本人の写真家にはなかなか真似のできないものだ。これから先も、Ryuを含む日本在住の中国人写真家の仕事に注目していきたい。

2019/11/27(水)(飯沢耕太郎)

Unknown Image Series no.8 #1 山元彩香「organ」

会期:2019/11/01~2019/11/30

void +[東京都]

1983年、兵庫県生まれの山元彩香はこのところ急速に作品世界を深化させている。今回、カトウチカがキュレーションする「Unknown Image Series」の8回目として企画された本展でも、意欲的な作品を展示していた。山元はこれまでラトビア、エストニア、ロシア、ウクライナ、ルーマニアなどロシア・東欧圏の少女たちをモデルに撮影を続けてきた。言葉によるコミュニケーションがままならないので、身ぶりや表情で意思を伝えつつ、モデルとともに神話的といえそうな場面を創出していく。そのプロセスは、ときにやや強引に見えることもあったが、近作では「何を目指していくのか」という目標設定の共有が滑らかになり、写真に説得力が出てきた。それとともに、仮面、彫刻、写真、布などを積極的に画面に取り入れることで、シャーマニスティックな雰囲気を巧みに醸成している。

だが、今回のメインの展示は写真作品ではなく、《organ》と題する7分ほどの映像作品である。映像そのものの構造はいたってシンプルで、黒い木の箱の上に横たわる長い髪の少女を真横から撮影したものだ。手作りの白い衣装を身に纏った少女は、目を閉じ、手と脚を箱から垂らしてじっとしている。あたかも死者のような姿なのだが、彼女の胸が上下しているので、生きていることがわかる。さらに彼女は微かに何か子守唄のような旋律をハミングしている。山元がこの作品にどんな意味を込めたのかは定かではないが、楽器、あるいは臓器という意味を持つ「organ」をタイトルに使ったことから、あらゆるものを受け容れ、歌として吐き出していく少女の存在を、安らぎと緊張感が同居する印象深いイメージとして定着させようとしたのだろう。山元が本格的な映像作品を発表するのは初めてだと思うが、その試みはとてもうまくいっていた。アフリカのマラウイで撮影したという次の作品も楽しみだ。

2019/11/26(火)(飯沢耕太郎)

写真新世紀 2019

会期:2019/10/19~2019/11/17

東京都写真美術館地下1階展示室[東京都]

キヤノンが主催する「写真新世紀」は1991年のスタートだから、ずいぶん長く続いてきたものだ。当初は年4回開催されていたが、それが年2回になり、現在は年1回に落ち着いた。立ち上げから20年あまり審査員としてかかわった筆者にとっても、感慨深いものがある。その優秀賞、佳作入賞者の作品を展示してグランプリを決定する「写真新世紀展」にもほぼ毎年足を運んでいるのだが、このところかなり違和感を覚えていた。2015年から「静止画・動画を含むデジタル作品の応募」が可能となったことで、動画による映像作品が増え、また現代美術的なコンセプチュアルな発想の作品にスポットが当たることが多くなっていたからだ。ところが、今年の「写真新世紀展」では、「写真」をベースにした発想、手法、仕上げの作品の比率が上がってきている。いわば「先祖返り」といった趣の会場の雰囲気が興味深かった。

今年の審査員は椹木野衣(美術評論家)、サンドラ・フィリップス(SF MoMA名誉キュレーター)、瀧本幹也(写真家)、ポール・グラハム(写真家)、安村崇(写真家)、ユーリン・リー(台湾高雄市立美術館ディレクター)、リネケ・ダイクストラ(写真家)の7名である。優秀賞を受賞したのは、江口那津子「Dialogue」(ポール・グラハム選)、遠藤祐輔「Formerly Known As Photography」(安村崇選)、幸田大地「background」(瀧本幹也選)、小林寿「エリートなゴミ達へ」(サンドラ・フィリップス選)、田島顕「空を見ているものたち」(ユーリン・リー選)、中村智道「蟻のような」(リネケ・ダイクストラ選)、𠮷田多麻希「Sympathetic Resonance」(椹木野衣選)で、そのうち中村智道の作品がグランプリに選出された。

父親の死の前後の写真と、子供の頃に蟻の胴体をちぎって殺した記憶とを重ねあわせるように提示する中村の作品をはじめとして、身近な他者の生と死とを微視的に拡大し、重層的に組み上げていく写真のあり方は、日本の「私写真」の重要なファクターであり、1990年代から2000年代初頭にかけての「写真新世紀」の出品作品にもよく見られた。今回の優秀賞受賞者でいえば、アルツハイマー型認知症の母と歩いた街の記憶を辿る江口那津子や、亡くなった母親のポートレートの延長として、彼女が愛していた植物を撮影した幸田大地の作品もそうである。先ほど「先祖返り」という言い方をしたのはそのためだが、むろん当時と比較すれば写真家たちの表現意識はより高度なものとなり、厚みを増している。次年度の「写真新世紀展」がどうなるのか、この傾向が続いていくのかどうかが気になる。

2019/11/14(木)(飯沢耕太郎)

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川崎祐 写真展「光景」

会期:2019/11/13~2019/11/26

銀座ニコンサロン[東京都]

川崎祐は2017年の第17回写真「1_WALL」展でグランプリを受賞し、2018年にガーディアン・ガーデンで開催した個展「Scenes」で同年度の木村伊兵衛写真賞の最終候補に選出された。今回の銀座ニコンサロンでの個展「光景」は、滋賀県在住の家族(父、母、姉)とその周辺の環境と出来事を撮り続けてきた一連の作品の最終ヴァージョンというべきものであり、赤々舎から同名の写真集も刊行している(装丁・寄藤文平+岡田和奈佳)。

「みずうみのそば、数年前に改修されたばかりの駅を中点に見立てて描いた半径三キロメートルの想像上の円」のなかに見えてくるのは「いかにも地方近郊と呼ぶにふさわしい、ありふれていて、退屈な、日本のどこにでもありそうなとくべつここでなくてもいい風景」である、と川崎は写真展に寄せたテキストに記す。展示されているのは、たしかにその通りとしか言いようのない写真群なのだが、彼の視点の置き方、被写体の切り取り方は、けっしてありきたりというものではない。身近な家族を撮るときに、主観性と客観性のバランスをどのように保つのかというのはかなりの難題なのだが、川崎はぎりぎりのところで紋切り型になりそうな解釈を回避し、彼らの生の輪郭をじわじわと浮かび上がらせていく。彼が家族に対して抱いている違和感とシンパシーとがない交ぜになった感情は、多くの人たちが抱え込んでいるものであり、誰もが当事者として直面せざるをえない状況といえる。「日本のどこにでもありそうなとくべつここでなくてもいい風景」だからこそ、川崎の眼を借りてその場面に直接的に対峙しているような切実なリアリティを感じてしまうのだ。今回の展示では、シークエンス(連続場面)を効果的に使って、観客を写真の世界に引き込んでいく工夫も凝らされていた。

川崎は一橋大学大学院言語社会研究科修士課程でアメリカ文学を研究していた。そういう経歴を見ても、言葉に並々ならない執着を抱いているのではないだろうか。写真集には幼年時代からの記憶を辿って「かつて私が憎しみ、出ていったこの郊外の街と家」について綴った「小さな場所へ」と題する長文のエッセイがおさめられていた。次作はより言葉の比重を上げてもよさそうだ。なお、本展は12月5日〜12月18日に大阪ニコンサロンに巡回する。

2019/11/13(水)(飯沢耕太郎)

喜多村みか 写真展「TOPOS」

会期:2019/10/31~2019/11/12

Alt_Medium[東京都]

中学時代を長崎で過ごした喜多村みかは、数年前から「自分の痕跡を辿るように」その街を撮り始めた。その後、それまで縁がなかった広島にも足を運ぶようになる。ある年の8月6日と9日に、喜多村はTVの中継で長崎と広島の平和記念式典の様子を見ていて、その画面に向けてシャッターを切った。それをきっかけにして、新たな作品の構想がかたちをとっていった。「TOPOS」と題されたそのシリーズは、本年度の「VOCA展2019 現代美術の展望──新しい平面の作家たち」(上野の森美術館)に出品され、大原美術館賞を受賞する。今回の東京・高田馬場のAlt_Mediumでの展示は、その発展形である。

「TOPOS」、すなわち「連想や記憶を蓄えておける場所」(中村雄二郎)としての長崎と広島は、かなり特異な空間といえるだろう。いうまでもなく、原子爆弾の投下による被災という強烈なバイアスがかかった記憶がまつわりついているからだ。そのことを踏まえて写真を撮影し、選択し、構成していくためには、デリケートな手つきが必要になる。喜多村の今回の展示では、隅々にまで二つの土地の「TOPOS」についての配慮が感じられた。原爆ドーム、平和祈念像、「戦没学徒出身校」の石碑など、直接的に長崎や広島の悲劇的な状況につながる写真はしっかりと撮影されている。だがそれらの写真を、やや距離を置いて日常的なイメージのなかに紛れ込ませ、「遠くのどこか」の出来事として再構築していくプロセスが周到に準備されているので、むしろ「TOPOS」自体が本来備えている「連想や記憶」を喚起していく機能が無理なく引き出されてきていた。喜多村の写真の表現者としての資質が、まさに開花しつつあることがよくわかる、高度に練り上げられたいい展示だった。

なお、展覧会に合わせてAlt_Mediumから同名の小冊子が刊行されている。よくまとまってはいるが、もう一回り大きなサイズの写真集として見てみたい。

2019/11/12(火)(飯沢耕太郎)

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