2019年09月15日号
次回10月1日更新予定

artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

有元伸也「TIBET」

会期:2019/04/05~2019/04/27

ZEN FOTO GALLERY[東京都]

有元伸也のデビュー作は、1998年に第35回太陽賞を受賞し、翌年に写真集として刊行された『西蔵より肖像』(ビジュアルアーツ)である。今回のZEN FOTO GALLERYでの個展は、長く絶版となっていた写真集『西蔵より肖像』が、新装版の『TIBET』(ZEN FOTO GALLERY)として刊行されたのを受けたもので、同シリーズから19点が展示されていた。

会場でまず目につくのは、105×105センチという巨大なサイズに引き伸ばされた大判プリント3点である。手間がかかる銀塩プリントは、有元が講師を務めている東京ビジュアルアーツの暗室で制作されたという。ややアナクロ的な作業に見えなくもないが、その視覚効果は絶大で、大判プリントならではの、写真に写っている時空に体ごと連れ去られてしまうような感覚を味わうことができた。会場に並ぶプリントのなかには、あらためてネガを見直して選んだ未発表作が3点ほど含まれている。写真集『TIBET』に収録された作品数も、『西蔵より肖像』から20点ほど増えている。有元にとっては、まさに自分の写真家としての原点を確認する出版と展示だったはずだが、新たな要素を付け加えているところに強い意欲を感じた。

有元の話を聞くと、かつては対立的あるいは従属的な側面が強かった中国とチベットとの関係も、最近は少しずつ変わり始めているようだ。東京ビジュアルアーツには中国からの留学生も多く、彼らにとって、宗教や文化の伝統の厚みを持つチベットは、むしろ憧れの対象になっているのだという。だが、有元が1990年代に外国人の立ち入りがほとんどできなかった地域で撮影した写真群は、もはや再撮影は不可能な貴重な記録となっている。今回の展示は、そのことをあらためて確認するよい機会にもなった。

2019/04/10(水)(飯沢耕太郎)

魚返一真「檸檬のしずく」

会期:2019/04/05~2019/04/14

神保町画廊[東京都]

魚返(おがえり)一真は、1955年大分県生まれのベテラン写真家だが、一貫して「一般女性をモデルにして独自の妄想写真」を撮影・発表し続けてきた。「妄想写真」というのは魚返の造語で、エロチックな夢想を具現化した写真というような意味だ。モデルたちは、彼のカメラの前で着衣、あるいはヌードできわどいポーズをとる。むろん、そのような男性の性的な欲望に写真撮影を通じて応えようとする行為は、これまでずっとおこなわれてきたし、いまでも多くの写真家たちによって続けられている。だが、写真集に合わせて私家版で刊行された小ぶりな写真集『檸檬のしずく』に寄せたコメントで、詩人の阿部嘉昭が「魚返一真の写真を『チラリズム』を利用した好色写真とするだけでは足りないと、だれもがかんじているはずだ」書いているのは、その通りだと思う。魚返の作品には、たしかに「好色写真」の形式と作法に寄りかかりながらも、そこから逸脱していくような奇妙な魅力がある。

その理由のひとつは、魚返とモデルたちとの関係のつくり方にありそうだ。彼のモデルは「街でスカウトした女性やネットを通じて応募してくれた女性」だそうだが、魚返は自分の「妄想」を一方的に押し付けるのではなく、むしろ彼女たちのなかに潜んでいた「自分をこのように見せたい、見て欲しい」という密かな欲望を引き出してくる。撮影の仕方は懇切丁寧で、ある状況、ポーズに彼女たちを導いていくプロセスに一切の手抜きはない。「妄想」を追い求めていくのは、傍目で見るよりも根気が必要な作業のはずだが、その無償の情熱を長年にわたって保ち続けているのはそれだけでも凄いことだ。結果的に、彼の写真は生真面目さと品のよさを感じさせるものになった。このような「好色写真」は、ありそうであまりなかったものかもしれない。

2019/04/10(水)(飯沢耕太郎)

大西みつぐ「まちのひかり」

会期:2019/03/26~2019/04/15

ニコンプラザ新宿 THE GALLERY[東京都]

平成の終わりということで、その前の時代、昭和が話題になることも何かと多くなった。ただ、どちらかといえばその風潮は、古き良き時代を懐かしむ「ノスタルジー」の方向に傾きがちだ。大西みつぐの個展「まちのひかり」にも、そんなふうに受け取られても仕方のない要素がたっぷり詰まっている。大西は、これまでメイン・グラウンドとしてきた東京の下町だけでなく、沖縄から青森までいろいろな街を巡り歩き、昭和の匂いのする風物を採集してきた。壁には写真とともに、温度計、ブロマイド写真、雑誌記事などが展示され、棚の上に置かれた古いラジオからは昔懐かしい番組が聞こえてくる。

だが、写真を見ているうちに、そんないかにもノスタルジックなつくりは、確信犯的に仕組まれたものであることが見えてくる。大西は写真展に寄せた文章で、「ノスタルジー」は「決して後ろ向きの情感ではない」という映画評論家の川本三郎の言葉を引き、「近過去はいとも簡単に忘却の彼方に押し込められてよいというものではないはずだ。むしろ『今』を様々な角度から照らす材料にあふれている」と述べる。たしかに、ここに集められた「まちのひかり」の眺めには、彼自身の、むしろこのような光景こそ正しく、あるべき姿をしているという確信が、しっかりと刻みつけられているのではないだろうか。

出品作品のなかに一枚だけ、1994年に東京・人形町で撮影されたポジ・プリントが展示してあった。今回の写真展の「原点」であるという、いかにも職人らしいたたずまいの老人と、その作業場の眺めには、「日々の小さなドラマの集積」が宿っていると、彼はキャプションに記している。それはむろんこの写真だけでなく、今回展示されたすべての作品に通じることで、膨大な視覚、あるいは触覚的な情報を含む事物のディテールを目で追う愉しみを、心ゆくまで味わい尽くすことができた。

2019/04/08(月)(飯沢耕太郎)

兼子裕代「ガーデン・プロジェクト」

会期:2019/04/02~2019/04/20

Gallery Mestalla[東京都]

タイトルの「ガーデン・プロジェクト」とは、1992年に弁護士のキャスリン・スニードが、アメリカ・サンフランシスコ郡刑務所の第5庁舎に隣接する敷地で立ち上げた農場経営のNPOである。キャスリンは低所得者やマイノリティ・コミュニティの人々に職を与え、地域に貢献する目的で有機野菜や草花を育て、ホームレス・シェルターや高齢者施設に寄付する活動を始めた。カリフォルニア州オークランド在住の兼子裕代は、縁があって2016年から「ガーデン・プロジェクト」のスタッフとなる。同施設は「おそらく政治的な背景で」、2018年に閉鎖に追い込まれたという。

兼子が展覧会に寄せたコメントで認めているように、スタッフとして仕事をしながら撮影された写真群は、ドキュメンタリーの仕事としてはやや厚みを欠いているように見える。だが、6×6判のカメラで撮影され、柔らかい調子でプリントされたカラー写真には、そこで働く人々の姿だけでなく、「光や風、木々や花、そして土地から受ける自然のエネルギー」がしっかりと写り込んでいる。白人とアフリカン・アメリカン、中南米やアジア系の人々が混じり合って、自然を相手にして働くことで醸し出されてくる、不思議な安らぎに満ちた空気感の描写がこの作品の魅力といえるだろう。2017年に銀座ニコンサロンで開催された「APPEARANCE──歌う人」展でも感じたのだが、兼子のカメラワークは、被写体となる人たちの身振りの定着の仕方に特徴がある。瞬間ではなく、その前後の時間をも含み込んだ「途中」の動作を写しとめていることが、彼女の写真に余韻と深みを与えているのではないだろうか。

2019/04/04(木)(飯沢耕太郎)

大石芳野「戦禍の記憶」

会期:2019/03/23~2019/05/12

東京都写真美術館[東京都]

戦争をテーマとするドキュメンタリー写真家たちは、まさにその渦中にある人々や、彼らを取り巻く社会状況を撮影し続けてきた。だが、大石芳野のアプローチはそれとは違っている。彼女は「事後」に戦場となった場所を訪れ、その記憶を心と体に刻みつけた人々をカメラにおさめていく。ゆえに、彼女の写真には派手な戦闘場面もスクープもない。モノクロームの静謐な画面に写り込んでいるのは、沈黙の風景とこちらを静かに見つめる人々の姿だけだ。

今回、東京都写真美術館で開催された「戦禍の記憶」展には、1980年代以降にそうやって撮影され続けてきた写真約160点が、「メコンの嘆き」、「民族・宗派・宗教の対立」、「アジア・太平洋戦争の残像」の3部構成で展示されていた。例えば、南ベトナムで使用された枯葉剤の影響によって二重体児で生まれてきたベトとドクを、1982年から2009年まで何度も撮影した息の長いシリーズのように、大石の撮影のスタイルは、シャッターを押す前後の時間を写真に組み込んでいるところに特徴がある。写真だけでなく、その一枚一枚に付されたキャプションもじっくりと丁寧に練り上げて書かれており、地道な作業の積み重ねによって、「声なき人びとの、終わりなき戦争」の実態がしっかりと伝わってきた。ベトナムやカンボジアなどメコン川流域の住人たち、コソボやスーダンの難民キャンプに収容されていた人たち、ユダヤ人強制収容所からの生還者、旧日本軍「731部隊」の関係者、韓国人慰安婦、広島と長崎の原爆被災者、沖縄戦を生き延びた人々などの顔と証言は、そのまま20世紀の深い闇につながっているように感じる。

2019/04/03(水)(飯沢耕太郎)

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