2021年10月15日号
次回11月1日更新予定

artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

オノデラユキ「FROM Where」「TO Where」

オノデラユキが1991年に第一回キヤノン写真新世紀で優秀賞(南條史生選)を受賞し、93年に渡仏してから30年近くになる。その間、パリを拠点としながら旺盛な創作活動を展開してきた。今回、東京・銀座のザ・ギンザスペースと同・新宿のYumiko Chiba Associatesで開催されたのは、彼女の過去と現在の作品世界をそれぞれ開示する個展である。

ザ・ギンザスペースでは、オノデラの初期の代表作「camera」3点と「古着のポートレート」15点が展示された。両シリーズとも、身近な事物に目を向けつつ、それらを写真という媒体を通過させることで異なった次元に移行させるオノデラの作風がよくあらわれている。特にクリスチャン・ボルタンスキーがインスタレーション作品に使用した「古着」を、不在の肉体を表象するように空中に浮かべた「古着のポートレート」のイメージ喚起力の強さは特筆すべきものがある。

Yumiko Chiba Associatesには「Darkside of the Moon」、「Muybridge’s Twist」の両シリーズを中心に新作が出品されていた。モノクロームで撮影されたスナップ写真をコラージュしたプリントをキャンバス地に貼り付け、絵具のドリッピングなどを加えて、130×390センチ(三連作のフルサイズ)の大作に仕上げている。ほかに展示されていた「Study for “Image à la sauvette」のタイトル中の「“Image à la sauvette”」(すり抜けていくイメージ)というのは、アンリ・カルティエ=ブレッソンの写真集『決定的瞬間(The Decisive Moment)』(1952)のフランス語版の題名であり、伝統的なスナップ写真の美学を換骨奪胎して、新たな画面構築の原理を探求しようという意図がうかがえる。オノデラが現在進行形の写真作家であることを、鮮やかに主張していた。なお、同時期にZEIT-FOTO kunitachiでも、オノデラの初期作品を中心とした“Everywhere Photographs”展が開催された(9月18日~10月24日)。

[© Yuki Onodera, Courtesy of Yumiko Chiba Associates]

「FROM Where」
会期:2020/09/08~2020/11/29
会場: ザ・ギンザスペース

「TO Where」
会期:2020/09/08~2020/10/10
会場:Yumiko Chiba Associates (viewing room shinjuku)

関連レビュー

オノデラユキ FROM Where|村田真:artscapeレビュー(2020年10月01日号)

2020/10/07(水)(飯沢耕太郎)

ゼラチンシルバーセッション参加作家によるファインプリント展

会期:2020/09/29~2020/11/01

JCIIフォトサロン[東京都]

写真家たちの使用機材が急速にデジタル化し始めてから20年あまりになる。フィルムや暗室作業にこだわりを持つ写真家にとっては、厳しい状況が続いてきたわけだが、その中でアナログ銀塩写真の可能性を広く伝えていきたいという動きも出てきた。2006年にスタートした「ゼラチンシルバーセッション」もそのひとつで、ほぼ毎年展覧会を開催し、カタログを刊行してきた。今回は、その中心メンバーとして活動してきた小林紀晴、嶋田篤人、瀧本幹也、百々俊二、中藤毅彦、西野壮平、広川泰士、村越としや、若木信吾の9名が作品を展示している。風景、スナップ、広告など、写真のジャンルはさまざまだが、長年鍛え上げてきた珠玉のプリントワークを見ることができた。

今回、たまたま全員がそうだったということもあるが、やはりアナログ銀塩写真の白眉といえるのはモノクローム(白黒写真)ではないだろうか。ただ、デジタルプリンターの精度が上がってきたこともあり、細部の描写や階調表現におけるアナログ銀塩写真の優位性を主張するのはむずかしくなってきている。むしろ、なぜアナログのモノクロームなのかという意味を、もう一度問い直すべき時期にきているといえるのではないだろうか。

今回の展示でいえば、西野壮平のカリグラフィを意識した水面の描写(「study of anchorage」)、村越としやの暗鬱な空気感の表現(「FUKUSHIMA」、「月に口笛」)、瀧本幹也の太陽光を「ミクロとマクロの狭間」で捉えようとする試み(「Between」)などに、モノクローム表現のさらなる可能性を追求しようとする意欲を感じた。「ゼラチンシルバーセッション」の活動も、新たな段階に達しつつあるように思える。

2020/10/01(木)(飯沢耕太郎)

生誕100年 石元泰博写真展 生命体としての都市

会期:2020/09/29~2020/11/23

東京都写真美術館2階展示室[東京都]

「生誕100年」ということで、東京都写真美術館、高知県立美術館、東京オペラシティアートギャラリーの3館共同企画として「石元泰博写真展」が開催される。その第一弾として、東京都写真美術館で「生命体としての都市」展がスタートした。

石元がドイツのバウハウスの流れをくむアメリカ・シカゴのインスティテュート・オブ・デザインで写真を学び、まずシカゴで写真家としてのキャリアを積んだことはよく知られている。その後1953年に来日後は、主に東京を拠点に写真を撮影するようになった。本展では、そのシカゴと東京という二つの都市で撮影された写真群を中心に、「桂離宮」、「色とかたち」、「刻(とき)」といった、多面的な広がりを持つ仕事が紹介されていた。あらためて驚かされたのは、常に新たな領域にチャレンジし、それまでのスタイルを更新していこうとする、石元の強烈な表現意欲である。特に今回の展示を見て、シカゴで身につけた「造形」的に画面をまとめてしまう写真のあり方に対して、写真家のコントロールを超えた偶発性を積極的に取り込んでいくことを、彼が生涯にわたって追求していったことがよくわかった。最晩年の作品「シブヤ、シブヤ」で、スクランブル交差点に屯する若者たちのTシャツの背中の文字をノーファインダーで執拗に描写していく姿に、石元の写真家としての姿勢が凝縮されているのではないだろうか。

なお同時期に、東京オペラシティアートギャラリーでは、「石元泰博写真展 伝統と近代」展が開催されている(2020年10月10日~12月20日)。初期作品をはじめとして、「日本の産業」、「周縁から」、「イスラム 空間と文様」、「両界曼荼羅」、「食物誌/包まれた食物」など、あまり展示されることのないシリーズを含む、500点近い大規模展である。これらの作品を含めて、既に評価が定まっていると思われがちな石元の写真世界には、まだ未知の可能性が潜んでいるのではないかと感じた。今回の「生誕100年」展をきっかけに、新たな石元像が浮かび上がってくることを期待したい。

2020/09/29(火)(飯沢耕太郎)

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TOPコレクション 琉球弧の写真

会期:2020/09/29~2020/11/23

東京都写真美術館3階展示室[東京都]

沖縄本島とその周辺の島々、すなわち琉球弧は日本の写真表現の場としてかなり特異な位置を占めている。琉球王国と日本との複雑で多くの問題を孕んだ関係、第二次世界大戦で島全体が戦場になり、戦後はアメリカの軍政下にあったという歴史・社会状況が、そこに大きな影を落としていることはいうまでもない。それに加えて、1969~73年に東松照明が沖縄を何度か訪れ、長期滞在したことによって、彼を受け入れるにせよ反発するにせよ、ウチナーンチュ(沖縄人)の写真家たちが大きな影響を受けたことも、見過ごすことのできないファクターといえる。今回、東京都写真美術館で開催された「TOPコレクション 琉球弧の写真」展には、戦後の沖縄写真の中心的な担い手たちである山田實(1918-2017)、比嘉康雄(1938-2000)、平良孝七(1939-1994)、伊志嶺隆(1945-1993)、平敷兼七(1948-2009)、比嘉豊光(1950-)、石川真生(1953-)の7名の作品、206点が展示されていた。

カメラ店を営みながら、戦後の沖縄の日常にカメラを向けていった山田實、写真集『生まれ島・沖縄』(東京写真専門学院、1972)で、復帰に向けて揺れ動く沖縄の現実を捉えた比嘉康雄、離島の厳しい現実に向き合った写真集『パイヌカジ』(1976)で第2回木村伊兵衛写真賞を受賞した平良孝七、6×6判のフォーマットで光と影にたゆたう南島の光景を捉えた伊志嶺隆、視線を低く保ち、人々の生に寄り添う写真を撮り続けた平敷兼七、ノーファインダーの手法によって、1970年代初頭の沖縄の現実を掴みとろうとした比嘉豊光、自らホステスとして黒人専用のバーで働きながら、沖縄の女たちを活写していった石川真生──それぞれ個性的ではあるが、ウチナーンチュとしての出自を共有する7人の写真家たちの仕事を一堂に会した展示は、とても見応えがあった。東京都写真美術館が、長い時間をかけて沖縄の写真家たちのコレクションを育てあげていった成果が、ようやく形になったといえる。ただ「沖縄写真」の持つ特有のトポスを総体的に捉え直すには、東松照明をはじめとする「本土」から来た写真家たちの仕事と並置することも不可欠になる。今後の課題となるのではないだろうか。

2020/09/29(火)(飯沢耕太郎)

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関本幸治「光をまげてやる」

会期:2020/09/09~2020/09/27

京都場KYOTOba[京都府]

京都国際写真祭の「KG+2020」の枠で、関本幸治の展覧会を見ることができた。なかなかユニークな写真を使った展示である。関本は1969年に神戸市に生まれ、1994年に愛知県立芸術大学大学院を修了後、96年に渡独して2003年までケルンに滞在した。帰国後は2009年に東京から横浜に移って制作活動を続けている。

一言でいえば、関本の作品は現代版の「活人画」(タブロー・ヴィヴァン)といえるだろう。「活人画」というのはそれらしい衣装を身につけ、メーキャップを施した演者が、静止して、物語の中の一場面のポーズをとる見世物である。関本は人間の代わりに人形を用いる。紙粘土などで、等身大よりもやや小さめの精巧な人形を制作し、衣装も自分で縫い、背景を描き、小道具を揃え、ジオラマ風の舞台をしつらえる。最終的には、それを写真撮影して作品として提示するのだ。今回は展示会場の京都場に、「正義の女神」を表象する「Lady Justice」を制作したセットが、写真作品とともにそのまま再現されていた。

テクニックは完璧であり、写真も実際の場面を撮影したのではないかと疑ってしまうほどの臨場感がある。とても面白い試みだと思うが、関本がなぜその場面に固執しているのかという理由づけが、うまく伝わってこないもどかしさも感じた。最終的に、一枚の写真に集約するのではなく、テキストと写真とを融合させて、複数の場面から成る長編の「物語」を編み上げるというのはどうだろうか。可能性を感じる仕事なので、さらなる展開を期待したい。

2020/09/24(木)(飯沢耕太郎)

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